作戦開始

 行列は南からやってきた。〈帝国〉の兵士が先頭を行き、〈少年〉たちがつづいた。〈旧式〉の武器を担ぎ、顔に赤い覆いを着けている。だが千は大げさ、せいぜい二百だった。あとから追加で来るのかもしれない。

 沿道に並ぶ都の男女が罵声を浴びせる。石がちらほらと飛び交う。フェールは群衆に交じりながら思った。エクスでもそうだったが、人は大勢だと気が大きくなるらしい。一人では〈少年〉をいじめられない。そもそもそれほど憎んでいない。だが集まると、思ってもいないことまでできるようになる。いいことも、悪いことも。

 兵士が引き返してきた。〈少年〉たちに怒鳴る。

「市庁舎前の広場で待て。まずは飯を食わせてやる。その後、ある方から話がある。心して聞くように」

〈少年〉たちが消えると〈少女〉売りの組合がやってきた。巡礼者のような白い羊毛を着け、声も上げず、恥じるようにうつむきながら歩いている。待っていましたとばかりに野次が飛ぶ。人でなし。めいめい持ち寄った残飯を引っかける。建物の上階からも降ってくる。キャベツの屑や廃油で着物を汚し、それでもいっさい抵抗しない。そもそも〈少女〉売りが来ること自体おかしな話なのだが、やはり日頃の憂さを晴らせればそれでいいらしい。

「ネーゲルは、わざと昼間に行列させてるのかもな。いい加減だれか気づけ、って」

 イーファは答える代わりに肩にしなだれかかった。日々女らしくなる練習をしている。

「そろそろだぞ。覚悟はいいか」

「そういうしゃべり方をまず改めるんだ。乙女なんだから」

「口づけぐらい飽きるほどしてきたわ。くだらん噂を流したら絞め落とすぞ」

 檻つきの車が見えた。二頭の牛が引いている。白を着た〈少女〉たちが二十ほど、豚のようにぎゅうぎゅう詰めになっている。さっそく同情の声が上がる。〈少年〉は嫌われ者だが、〈少女〉はちがうらしい。ただたた哀れな、娼婦になるために生まれてきた女。車は延々とつづく。

 エミリアと聖ジニの修道女が通りに出た。群衆が湧く。神様が救いの手を差し伸べられたのだ。ネーゲルとの取り決めでは、解放できるのは行列のあいだのみ。

 フェールはイーファの手を取り、さりげなく通りに出た。行列とともに歩きながら様子をうかがう。

 エミリアは牛を引く〈少女〉売りに告げた。

「聖ジニから参りました。このような非道は神がお許しになりません。檻を開けなさい」

 うつむいたまま答えない。エミリアは語気荒く繰り返す。

 群衆から若い男が飛び出し、いきなり〈少女〉売りをぶん殴った。〈少女〉売りは起き上がり、卑屈に頭を下げながらのろのろと鍵束を繰った。南京錠を外す。大歓声。エミリアは車を追いながらがたつく木組みの扉を開けた。ほかの修道女たちもそれぞれ別の荷車に寄り、語りかけている。群衆が応援する。

 エミリアは荷車の脇を歩きながら、革の背嚢を外し、包みを取り出した。

「あなたのお名前をお聞かせいただけますか」

「いいえ、ご主人様」

「わたしをご覧なさい。飾りをつけておりませんね。ですが主は、そして友も、わたしを愛してくださいます。あなたも外されてはいかがですか」

「いいえ、ご主人様」

 エミリアは菓子を一つ取った。〈少女〉の唇に近づけ、そっと触れる。フェールは目を疑った。菓子で釣るなどどうかしている。

〈少女〉はかたくなに食べようとしない。エミリアはついにあきらめ、ほかの〈少女〉に語りかけた。

 群衆からドゥオレットが飛び出した。裾をたくして荷車に駆け寄る。

 エミリアを突き飛ばし、〈少女〉の腰をつかんだ。

 持ち上げ、荷車から下ろした。〈旧式〉の指輪を抜き取る。〈少女〉の顔に表情が蘇る。驚き、戸惑っている。エミリアも。

「わたしと来て。あんたたち、とんでもないところに行くんだよ」

「知ってます。でも、お金持ちと暮らせるんです。貧乏はいやです。指輪を返してください」

〈少女〉売りがちらちらと振り返る。明らかにうろたえている。だが手出しはできない。

〈少年〉二十人が加勢に駆けつけた。〈少女〉を檻から出す。ドゥオレットは次々と飾りを外していく。

 エミリアがドゥオレットに叫んだ。

「おやめなさい! 規則というものがあるのですよ」

「規則とはなんだ。どうして尼僧院長が止めるんだ。救いに来たんだろう?」

 エミリアは口ごもった。〈少年〉は〈少女〉に語りかける。群衆は感嘆の声を上げている。いい〈少年〉もいるんだな。アイラも別の檻でうれしそうに飾りを外している。修道女たちは困り果てたようにエミリアにわけをたずねている。

 ついに行列が止まった。フェールは〈少女〉売りの行列の先頭に向かった。親玉は一番前を歩くものだ。


 歩を緩め、近寄りながら横顔をうかがう。先頭の〈少女〉売りは顔をしかめながらうつむいている。爆発寸前だ。

 横に並び、思わず声を上げた。

「あんた、戦場に来てたやつだよな」

〈少女〉売りは横目をやり、ぎょっと目を見開いた。

「なんてこった」

「あれを止めてやる」

「なんで止める」

「なんでもいいだろう。止めてほしくないのか」

「いや。できるんならやってくれ。恩に着る」

 こっそり握手する。

「名前、なんだっけ」

「グイドだ。糞餓鬼にへこへこしてた哀れな男だ。売ったあれ、上玉だったろ? 生娘ってのも本当だぜ、旦那様」

 フェールは走って引き返した。〈少年〉たちに向かって叫ぶ。

「やめろ。飾りをつけて檻に戻せ」

 レイが叫び返した。

「黙って見てられるか。隊長は人でなしだ」

「こいつらを見捨てる代わりに、ネーゲルさんがおれたちに仕事をくれたんだぞ」

 群衆が口々に話す。大修道院長と〈少女〉売りになんの関係があるのか。

 フェールは長剣を抜いた。

「隊長の命令だ。逆らったら斬り殺す」

 バジャルドが進み出た。手のひらを向け、声を張り上げて言った。

「わかった。悪かった。命令に従うよ。やっぱりおれも、ネーゲルさんの仕事が欲しい」

〈少年〉たちはしぶしぶといった風情で〈少女〉たちに飾りをつけていく。群衆は嘆きの声を上げている。そばにいた〈少女〉売りがほっとしたような顔を向けてきた。ありがとうとうなずく。

 フェールはドゥオレットを乱暴に捕まえ、頬を張った。できるだけ優しく。

「よけいなことをしてくれたな。来い。おまえもネーゲルさんに引き渡す」

 抱きついてきた。

「いや。ごめんなさい。聖アンナに引き渡さないで。なんでも言うことを聞くから」

〈少女〉全員が檻の中に戻った。行列が動き出す。群衆は話しながらぞろぞろとついていく。聖アンナが〈少女〉を売っているってことか? おれはそんな噂を聞いたことがあるぞ。だいたいどうして売春なんかを許しているんだ。おかしな話だろう。

 フェールは通りの真ん中に立ち、行列を見送った。ひとまずこんなものだろう。次は市庁舎広場だ。

 生ごみだらけの通りに訳知りの者たちが残った。フェールは次の作戦を言いかけ、ドゥオレットの視線に気づいた。困惑したように眉尻を下げ、見上げている。左の頬を赤くしている。

 思わず近寄り、抱き締めた。

「悪かった。力を入れすぎた。痛かったか」

 ドゥオレットは柔らかくて心地いい。細い腰に弾力のある尻。揺すってあやす。

 飾りを外していた。

 ドゥオレットは股間に膝を入れ、離れた。

「それで、作戦はうまくいったのか。よくわからないが」

 フェールはうなずいた。息ができない。

 イーファが肩に腕をまわし、引き上げた。

「民を煽る練習にもなったな。もっともこの程度では、聖アンナの威信はちいとも揺るがんだろうが。さあ、次は〈少年〉たちだ。厩に行くぞ」

 目の前に僧服が立ちはだかった。フェールはどうにか顔を上げた。

 エミリアは信じられないといったふうに目を見開いていた。

「策略だったのですか。なぜ。なんのために」

「あんたには関係ない」

「実際に〈少女〉たちを見捨てることになるのですよ」

「あんたにおれを悪く言う資格はない。いつもあきらめてた。規則だとか言って」

「わたしにだけ話さなかった」

「言ったら反対した。どいてくれ。気絶する前に厩に行かないと」

「次の策も話さないおつもりですね」

「とにかく邪魔しないでくれ。あんたはもう、仲間でもなんでもない」

 イーファに引きずられながら脇を抜けた。急がないと〈少年〉たちの食事がはじまってしまう。

 エミリアが大声で叫んだ。

「冷たい人」

 ぎょっとし、痛みが一瞬遠のいた。

 振り向く。修道女たちが遠巻きにするなか、肩をいからせ、青の瞳でにらみつけている。

 マルガリーがおずおずと話しかけた。

「帰りましょう。ずっと寂しかったんですよ。今回も残念でしたけど、仕方がありません」

 マルガリーを押しのけた。ずかずかとやってくる。

 隣に並ぶと、額の上に巻いた頭巾をつかみ、ぐいと持ち上げた。まとめた髪とほつれ毛がのぞいた。

「好きなだけご覧ください。金の髪です。ほかに知りたいことはございますか」

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