飾りの力

 結局イーファが宿を取った。一人一泊二リブレ。金貨二枚。やはり顔だけで貴人とわかるのか、主人はイーファに平謝りした。ふっかけたんじゃありません。一見さんはその値段なんで。嘘じゃありません。それから息子に三階の客を追っ払えと命じた。

 フェールはどうしても気になり、主人にたずねた。

「〈旧式〉が泊まってもいいんですか。自分で言うのもおかしな話ですけど」

「もちろん禁止されてる」

「だったら、どうして泊めるんですか」

「だれを泊めるかはおれが決める。おまえらは金持ちだしな。おまえはこちらの姫君の下男かなにかなんだろう。おれはそう思う」

 やはり動いてみないとわからないことだらけだ。エミリアは聖アンナに向かった。今日は附属の尼僧院に泊まる。ネーゲルと話し、情況をうかがう。

 三階に上がり、アイラと二人で薄暗い寝室に入った。広々とした板張りで、大きな寝台と彫刻入りの調度があった。窓は半円状に張り出し、弧に沿って半円の座台が設けられている。卓には鉄の大きな燭台が乗り、すでに明かりを灯していた。

 フェールは背嚢と毛布を外し、床に寝転がって伸びをした。眠気が襲いかかってくる。

 アイラは靴を脱いで寝台に乗り、ぽんと跳ねた。ふかふかだ。

「布団、久しぶりね。今日は一緒に寝るんだよね?」

「レイと交代で番をする。ニーヴンでは坊さんにもたい、逮捕権があるらしいんだ。エミリアによると」

「お兄様を迷わせたくない。でも、エミリアさんは尼さんなのよ。仲良くしても」

「何度も言ってるだろう。好きじゃない。そばにいるのはいろいろ学べるからだ」

「王女様は?」

「もっと好きじゃない。あれは一生結婚できない。どう考えても」

 アイラは両膝を抱えて顔をうずめた。

「お兄様が遠くに行ってしまった。愛してくれてたのに」

 フェールは勢いをつけて上体を起こした。慰めの言葉をかけようとしたが、やめた。お兄様と結婚する。ずっとつづけてきた遊戯。毎夜抱き合い、愛をささやき、口づけを交わし、眠った。いま思えば、どうかしていた。だがアイラはまだ本気にしている。

 立ち上がり、扉に向かいながらさりげなく言った。

「もういい年なんだから、ひとりで寝ような。ドゥオレットと話してくる。家に帰さないと」

 扉を開けるやイーファと鉢合わせした。同時に叫んだ。少女のような悲鳴を聞き、フェールはぎょっとした。

「あんたもかわいらしい声を出せるんだな」

「あれのときはもっといい声を出すぞ。試してみるか」

 舌の先をのぞかせ、人差し指で下唇をなぞった。フェールは頭を振り、脇を抜けた。

 イーファは同じほうに避けた。フェールは反対側にまわりこんだ。イーファは通せんぼした。

 うんざりして言った。

「どうして下民に絡んでくる。おれが好きなのか」

「それはいかん。宮廷の雅も覚えろ。直接たずねたら興もなにもなかろう」

 無理やり脇を抜け、廊下を進んだ。イーファが言った。

「おい、わたしは一生を独り身で終えるのか。退屈だ。腕相撲をしよう」

 隣の部屋に入り、扉を閉めた。ドゥオレットは人形のように椅子にすわっていた。

 正面に立ち、首飾りを外した。すぐさま両手をつかみ、両膝を足で挟み込んだ。

 ドゥオレットは一度もがき、あきらめた。

「なにをするつもりかは知らないが、まず言っておく。つけたり外したりして遊ぶな」

「故郷に着いた。お別れだ」

 眉を持ち上げ、目を丸くした。唇が開いていく。

 しばらく待ったがなにも言わなかった。

「悪い兄さんは、林にいるのかな。山で仕事してるのかな。とにかく家まで送るよ。悪かった」

「一人目も、そうやって追い出したのか」

「いや、飾りを外したとたんに走って逃げた。女はどうして飾りをつけるんだろうな。こんな男に捕まるかもしれないのに。やっぱり稼ぐためか」

「ちがう。美しくなれるから」

「おれがおかしいのかな。あんたは暴れてるときのほうがよっぽどかわいい」

 ドゥオレットは力任せに手を引き寄せ、胸に押しつけた。唇を引き結び、にらみつける。目の端に涙がにじんでいる。まだ怒っているのか。

 言い放った。

「おまえは冷たい。なにがお別れだ」

「わかってる。兄さんはあんたを売った。でもいまごろは、気づいてるはずだ。おれも気づいた。きっとあんたに会いたがってる。謝りたいと思ってる。だから」

「だったらこれはなんだ。家に帰したければ手を離せ」

「もう顔面を殴られたくない」

「わたしは女らしくない」

「いや、かわいいよ。いろいろ知りたいと思った。でも聞かない。いやだろうから」

「買い物なども嫌いだ。甘いものも好きじゃない。男とべたべたするのもいやだ。口づけなどもってのほかだ」

 フェールはできるだけ優しく手を引き、立たせた。素直に立った。

「何度でも謝る。おれは、男としては最低なんだろうな。あんたは完全に嫌ってるし、エミリアは自分のことをなにひとつ話してくれない。髪の色すら知らない。イーファは目的があっておれを利用してるだけだ。なにが悪いのかは、よくわからないけど」

 ドゥオレットは飾りをひったくり、かぶった。

 ゆっくりと抱きつき、首筋に顔をうずめた。甘えるように見上げる。

「帰りたくないのか」

「はい、ご主人様。ご主人様といたい。ご主人様が好き」

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