待ち伏せ
日が傾きかけてきたころ、林に入った。赤松がまばらに生えている。林道の往来は多く、人や荷車とひっきりなしにすれちがった。反応はやはり同じだった。逃げ出す。避けて通る。気にしない。ひとつ世がわかったような気がし、少しばかり自信がついた。もっと動いて、もっと世を知ってやろう。
指笛が響き渡った。フェールは立ち止まり、見まわした。ミリアスの差し金か。
「警戒しろ。こっちからは手を出すな。いつもどおりにやれ」
前後に命令が伝わっていく。フェールは急いで背中の荷を外した。
「尼さんはおれから離れててくれ。王女様は好きにしていい」
「エミリアと呼んでください」
「尼さんは尼さんだ」
「先ほどのお返しですか」
両脇から男たちが駆け下りてきた。次々とやってくる。どれも武器を手にしている。色とりどりの刃。
先頭のレイが叫んだ。
「おれたちは強い。見逃して生きるか、全員死ぬかだ」
「皆殺しだ」
敵の〈少年〉たちが行列の左右に並び立った。レイは呼びかけつづける。
「全員死ぬぞ。武器を収めろ」
「皆殺しだ。一人残らず殺せ」
言うことを聞かない。〈少年〉どうしで喧嘩をしたことがないのか。乱戦になれば、結果は悲惨だ。死体だけでなく手足もごろごろ転がる。空振りした剣が地面を切り裂き、後ろにいる味方を両断することもある。もちろん自分の足や股ぐらも。
フェールは女四人に言った。
「行ってくる。だいじょうぶ、なんとか収める。経験があるんだ」
先頭に向かって駆ける。槍を持った〈少年〉が三人、レイと対峙している。こんなときは、とにかく敵に話しかける。たいていはなぜか返事をする。答える必要などないのに。
「ニーヴンはおまえらを追放したのか」
やや間があり、槍の〈少年〉が返事をした。
「いいや」
「教会が雇ったのか」
「とにかくおまえらの首を取る。おまえらに居場所はない。だからここで死ね」
「隊長はだれだ。おまえか。決闘で勝負をつけよう。生きて捕まえても教会は怒らないはずだ」
先頭に着いた。真ん中に立つ〈少年〉は背丈の倍ほどもある緑色の斧槍を持っていた。片側には斧刃、片側には恐ろしげな棘が上下に何本も生えている。こいつが隊長にちがいない。坊主頭で背が高い。
「約束は守る。決闘しろ。おれたちは強い。大勢死ぬぞ」
「おまえが負けたら全員おとなしく捕まるってのか。まさか」
フェールはしつこくつづけた。敵の〈少年〉がちらほらと武器を下ろしていく。ほっとしたような顔で。
「おれはフェールだ。名を名乗れ」
「バジャルドだ。おまえのことは、ネーゲルさんから聞いてる」
バジャルドの隣に立つ〈少年〉がささやいた。
「院長は殺せって言ってたぜ」
「もちろん殺す。でも」
フェールは剣の鞘を抜き払い、槍の間合いに入った。無理にでも決闘に引き込む。レイとお付きの二人が急いで離れた。
バジャルドはあわてた様子で言った。
「待て。決めたわけじゃない」
「腰抜けめ、ひとりじゃなにもできないのか。強いのはおまえじゃない。強いのはおまえの武器だ」
フュートの〈少年〉たちがいっせいに囃す。こうして何度も乱戦を避けてきた。
バジャルドはさすがに頭に来たのか、柄を両手で握り、穂先を下ろした。あの棘を騎士の鎧に引っかけ、馬上から引きずり下ろす。ふつうの斧槍なら。
フェールは右足を出してにじり、両腕を突き出した。切っ先をまっすぐ顔に向ける。バジャルドは柄を握る手に力を込めた。左足をゆっくりと引き、ようやく構えを見せた。
バジャルドは左に一歩移動した。フェールは腰を入れて穂先を打った。〈旧式〉の武器どうしがぶつかり、悲鳴のような音を立てた。槍が左に流れる。バジャルドは力任せに引き戻した。
あまり強くない。フェールは話しかけた。
「ニーヴンで暮らしたいんだ。受け入れてくれ。喧嘩はよそう」
「馬鹿言うな。ネーゲルさんが許さない」
「大人はどうしてる。ほかの〈少年〉たちはどうしてる。千は暮らしてるって聞いた」
「どうもこうも、なにも変わらない。みんないつもどおり、都で暮らしてる」
暗い目つき。現実を受け入れたやつの顔だ。
フェールは右足で踏み込んだ。腰のねじれを使い、右から強く打ちつける。
バジャルドはまともに受け止めた。つんざくような悲鳴。強く押し返してくる。穂先に近いほうで組んでいるのに互角だ。腕力はある。
ふと妙な感触に気づいた。斧槍の柄に目を落とし、理解した。油でぬるぬるだ。
フェールは組んだまま、さらに一歩踏み込んだ。刀身が柄をこすり、持ち手に近づく。さらに一歩。長剣の圧で斧槍が左側に傾いた。長剣の間合いに入った。
バジャルドは左に移動し、後ろに一歩引いた。攻撃の線が動き、逆棘が頭の後ろに入った。このままでは後頭部に突き刺さる。フェールは刃を合わせたまま、すかさず追いかけるように踏み出した。バジャルドは逃げるように後ろに引く。追うほうは慎重だが、逃げるほうはただ逃げればいい。いずれ刺さる。
フェールは長剣を寝かせ、斧槍ごと突き上げた。間一髪、逆棘が頭上を通り過ぎた。そして狙いどおり、長剣の刀身をくわえ込み、絡み合った。
「これでもう刺せないぞ。どうするつもりだ」
「おまえこそどうする。そのままじゃ踏み込めないぞ」
頭上で組んだまま機をうかがう。バジャルドも同じ。
わずかに槍を引いた。フェールはすかさず後退した。二歩、三歩と後ろ向きに駆ける。バジャルドはつんのめった。追いかけるように足を出さざるを得ない。二歩、三歩。フェールはぐるぐるとまわった。犬の散歩だ。こちらが犬、あちらが飼い主。ただし後ろ向きだが。
バジャルドは顔を歪め、力任せに斧槍を引き寄せた。来た。フェールは力を抜き、長剣を下ろした。
逆棘が外れ、バジャルドは勢いよくあとじさった。反動で斧槍が天を突く。フェールは左の腰に長剣を添え、踏み込んだ。一歩。長剣の間合いに入る。
斧槍が振ってきた。ただの柄だ。危険な斧刃ははるか後ろ。フェールはさらに間合いを詰めた。
柄が頭にぶち当たった。痛みを無視し、突き進む。短剣の間合い。
左から薙ぎ、刀身の平でバジャルドの右腕をぶん殴った。
胸ぐらをつかみ、刃を首に添える。バジャルドは両手をぱっと広げ、斧槍を落とした。
「降参する」
「武器を置けと部下に命令しろ」
「どうして、柄をつかまなかった」
「油まみれからだ。脇に挟んだら引き、逆棘を背に突き刺す。おまえの戦法だ。命令しろ」
「でも、みんな仕事を首になる」
「なんの仕事だ。大人を売るのか」
「そう。山でやるんだ。仕方がないんだ。生きるためだ」
「大人をばらしてるのか」
「おれはやってない。いやならやらなくていいんだ。代わりに肉屋がやるから」
フェールはバジャルドの目を見つめた。言葉よりも多くを語っている。日々自分に言い聞かせているのだろう。そのうち頭が狂ってしまうにちがいない。
「おまえはおれと来い。残りのやつらはしばらく林で暮らせ」
「でも、山に戻らないと」
「いいか、おまえは決闘で負けたんだ。おまえらはおれの人質になったんだ。観念して言うことを聞け。飯はそれなりに食わせてやる」
バジャルドの表情が和らいだ。人質ならば山に戻れなくても仕方がない。大人をばらしたくてもできない。
かすかにうなずいた。フェールは慎重を長剣を下ろした。
「ニーヴンで宿を取って、ネーゲルと話す。どんなやつだ」
「いい人だ」
「みんなそう言うんだな。〈少女〉売りで、殺しの依頼をして、大人をばらさせてるのに」
「ああ。でも、本当にいい人なんだ」
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