半分の希望

 フェールは〈少年〉たちを待たせ、村に向かった。楡の木の根元に銀貨を置いたままだった。

 イーファが幹に寄りかかり、巾着をもてあそんでいた。

 面を上げ、ひょいと放った。フェールは腹で受け取った。どっしりと重い。

「なにを興奮しておる。また悪を討つなどとぬかすつもりか」

「そうだ。狂った世を正してやる」

「なんのためにだ」

「わからない。とりあえず、エミリアのためだ。二度とあんな顔は見たくない。がっかりされたくない」

「わたしのためではなくか」

「ちがう。エミリアに嫌われたくない。それだけだ。馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、いまはそれでいいんだ。どうしてかっていうと、馬鹿だからだ」

 イーファは鼻を鳴らした。嘲りではない。単におもしろがっている。

 ぽんと胸をたたいた。

「それでよい。権力は恐怖を操り、希望を奪う。まわりがすべて敵に見えてくる。おまえはいまも目がくらんでおる。だが屈服は拒否した。ほかのだれの言でもなく、おのれの心に従って」

「そんな大層なもんじゃない。ただ、いやだと思ったからだ」

「先のあれは、祭りだ。日々おまえらを目にしては石を投げる、世の中そんな暇人ばかりだと思うか」

 フェールは目を落とし、考えた。赤い民の眼差しが蘇る。あの憎しみの波は本物だった。受けてみればわかる。

「半分は投げてくる」

「ならば半分は投げない。希望はあるな」

「考えてもはじまらない。だから、確かめてみる。一月経っても、まだ石を投げてくるのか」

「それとも飽きて放っておくか。そうだな。わかったら、そのときに対処すればよい」

 フェールは巾着を揺すった。銀貨の重み。もっと世を見、知りたい。なにかができるはずだ。

「このカネも返さないとな。世を正す善玉になるなら」

「そこはそれ。餞別だとでも思ってもらっておけ。さて、わたしは戦が終わったあと、オルダネーのディアミドと結婚する予定だった。あれは狂人だ。牢獄にこもり、民を使って科学の実験をしておる。婚約したのは七つのころ。父は戦のあと、しばらくオルダネーに身を潜めるつもりだった」

「やっぱりわざと捕まったんだな。どうしてだ」

「おまえはまだ阿呆だ。よけいなことを言って頭を乱したくない」

「どうしておれを選んだ」

「顔だ」

 フェールは頭を振った。とにかく考えるのはよそう。また恐怖に飲み込まれてしまう。

「ディアミドってやつも、いまごろはほっとしてるんじゃないか。狂人でも男とは結婚したくない」

 イーファは下唇を噛み、上目遣いで見つめた。胸の中が動いた。

「そんなふうに言うな。女なのだ、これでも」

 フェールは謝った。迷ったあと、手を取り、握った。イーファは抵抗しない。

 しばらく見つめ合い、気づいた。

「七つ?」

「そうだ。十二年前」

「そんなに前から、戦の勝敗が決まってたのか」

「さあ、どこを見ても世は複雑極まりないな。なぜおまえに捕まったか、わかってきたか」

「そうか。ディアミドを殺してほしくて」

「またはじまった。どうせ考えるのであれば、もっと大きく考えろ。いまは詳しくは言わんが、おまえとならできる。〈旧式〉の武器は強い。さらに世を学び、知恵をつければ、なにができるか」

「一月後には山賊になってるかもな。おれはあんたが思ってるより馬鹿だ」

「一月経てばわかる。だが悪いことはいかん。愛しの尼僧院長殿が去っていってしまうぞ」

 気配を感じ、振り返った。いつの間にかエミリアが立っていた。あわててイーファの手を離した。

「決断されましたね」

「愚か者だって気づいた」

「正しい心を持った愚か者でした。お仲間はどうされますか。お父様は」

「説得する。とにかくまちがってる。いや、それだけじゃだめだな。もっとましな説得の仕方、教えてくれるか」

 エミリアは微笑んだ。笑うと青の瞳に温もりが満ちる。ずっと笑っていてほしい。

 柔らかな胸が背に触れた。ドゥオレットは抱きつき、頬を寄せ、腹を愛撫しはじめた。

「ニーヴンに行く。ドゥオレットを家に帰さないと。それから、暮らしを立てる」

 イーファが肩をどついた。

「ようやくまともな策を思いついたな。そう、まずは生きる。大きな話はそれからだ」

 村のほうからアイラが駆けてきた。木陰の四人に気づき、立ち止まった。

 唇を尖らせ、子犬のように喉を鳴らした。

「まただ。お兄様のまわりは女の人だらけ。どうしてこうなっちゃったんだろう」

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