鎧の脱がし方
道で焚き火が燃えている。大人たちは酔いつぶれて寝た。フェールはとりあえず二班に分けた。番をつけずに眠れるはずがない。
〈少年〉たちは着の身着のまま、火を中心に地べたに横たわっている。旅用の布団などだれも持っていない。戦に出ても、毎晩立派な旅籠に泊まれた。酒に食い物、なんでもゲランが用意してくれた。カネさえ持っていればよかった。
フェールは見張りに立ちながら、浮き立つ気分をどうにか押さえつけていた。エミリアは〈少年〉から離れ、門のそばでアイラとドゥオレットと話をしている。堅物の尼さんを驚かせたことに満足していた。ミリアスを成敗したら、エミリアはきっと見直してくれる。笑いかけてくれるかもしれない。あの冷たい瞳にもぬくもりが宿るのだろうか。
無理やり顔を引き締める。〈旧式〉の剣で悪を正す。明日は最高の日になる。だいたい坊さんに負けるはずがない。ひざまずかせ、命乞いをさせてやろう。
〈少年〉のひとりが叫んだ。
「外じゃ寝れないよ。なんで修道院に泊まれないんだ」
そうだそうだと声が上がる。隣に立つヴァイスがぼそっと言った。
「馬鹿だな」
「いや。もう人のことは言えない。おれもおまえも馬鹿だ」
「あそこまで馬鹿じゃない。坊さんが死ぬとこを見たのに、まるで頭に入ってない。大人と一緒だよ、あれじゃ」
フェールは話を合わせることにした。あえて喧嘩することもない。
「まともに話せるのはおまえとレイくらいだもんな」
「でも、たしかに王女様の言うとおりだ。おれらは戦しか知らない。火の付け方も知らない。村の連中がさっき、薪をくれただろ。簡単に火をつけて、大きくして。百姓百姓って馬鹿にしてたけど」
「なんでこんな夜中に起きてたんだ」
「待ち構えてたんだよ。村の長みたいなやつが、大人たちを預かろう、っておれに言った。肉屋からカネをもらったんだ。だから断った。でも」
言葉を切った。槍を両手で握り、肩に柄を添え、ぐっと前にもたれかかった。根暗で、いつも考えごとをしていた。だがいまでは自分も同じ顔をしている。
「渡してしまえばいいんじゃないかな。おれはずっと、うんざりしてた。羊は肉になる。大人は死ぬまで生きるだけだ。だったら」
「とにかくだめだ。明日、親玉を殺す」
「そんなの向こうも、とっくにわかってることだろ。〈旧式〉の武器を振りまわして暴れるだろう、って。おれらを封じる策があるんだ」
また言葉を切った。槍に寄りかかりながら考えている。
「きっと、これがふつうなんだよ。おれらが知らなかっただけで、こういう世の中だったんだ。だから、生きてくんなら、慣れないと。武器を捨てておとなしくするべきだよ。そうしたら、エクスで働けるかもしれない」
イーファが遠くでわめいた。
「手を貸せ。鎧を外せ。このままでは眠れん」
レイが答えた。
「悪いけど下賤な血が流れてる。穢れた手で触れたら罰が当たる」
イーファは繰り返し叫ぶ。フェールは松明を手に、垣根を越え、畑に入った。
高貴な姿が闇から浮かび上がる。月明かりが銀の鎧を照らしている。
フェールを見るなり黙った。
「またおまえか。わたしに惚れたのか」
フェールは逆手で長剣を抜き、地面に突き刺した。〈旧式〉の刃はやすやすと畑に潜り込む。
ひねり、抜く。松明を穴に突き刺し、長剣を鞘に戻した。
「脱がしてやる。どうすればいいか教えてくれ」
「まずは肩だ。鎧下の紐を外せ」
フェールはイーファの右肩を上からのぞいた。肩の装甲の首側に穴があり、紐を通してくくりつけてある。
結び目をほどいた。紐は鎧下から延びている。こうしてぶら下げる格好で肩に乗せるものらしい。
イーファは腕を真横に持ち上げた。
「尾錠も外せ」
フェールは屈んで脇の下をのぞき込んだ。二の腕の内側に金の尾錠があった。肘側と脇の下側に一つずつ。青い革帯をたわめて尾錠から抜き、帯の穴に差した小さな鉄の棒を外した。
装甲が外れた。イーファは左の腕を持ち上げた。フェールは左側にまわった。
左も外し、地べたに置いた。次は腕。脇の下から手首までを守っている。手首側の革帯を二つ外すとぱかりと開いた。二の腕側には帯がなく、そのまま筒型をしていた。
ずるりと腕から引き抜く。左腕に取りかかる。はやく寝たい。
「次は草摺だ。右の革帯を外せ」
フェールは右手にまわった。股間を守る三角の装甲が四つぶら下がっている。短すぎる鉄の袴だ。腰のあたりの革帯を三つ外すと、鉄の戒めが緩んだ。左側の蝶番を軸にがばりと開く。
「急いで取るなよ。金具が引っかかったら面倒だ。後ろをつかんでいろ。静かに下ろす」
命令どおり慎重に下ろす。イーファは前側をつかんだまま、ゆっくりと腰を屈め、ゆっくりと尻を突き出していく。草摺の下には鎖の腰巻きをつけていた。鎧の継ぎ目を守るためなのだが、それより尻が気になる。日々馬に乗っているだけあり、たくましい。腰も太い。装甲に覆われた太腿も太い。ディアミドとかいう婚約者は寝床でどう取っ組み合うつもりなのだろう。
「次は腰巻き。背中に紐がある」
「それくらい一人でできるだろう。半分まわして前に持ってくればいいんだ」
「いいから外せ」
鎖の腰巻きは文字どおり、腰に巻きつけているだけだった。蝶結びをほどき、外す。
いきなり尻の割れ目がのぞいた。革の股引に横方向の切れ込みが入っている。フェールはぎょっとした。
「王女の尻の眺めはどうだ。褒美としては高すぎるな」
「どうして」
「切れ目を入れねば屈んだときに裂けてしまうだろう。次は胸だ」
目をそらしながら腰巻きを置いた。胸鎧も草摺と同じ要領だった。右側の革帯を外し、がばりと開く。油じみた、革紐だらけの鎧下があらわれた。色気もなにもない。ついでに胸もない。ずっと鎧で押さえつけてきたからだろう。
次は太腿。次は脛。高価な板金鎧が足元に転がっている。
ようやく終わった。イーファは大きく伸びをし、うめいた。松明のそばにごろりと寝転がり、頭の後ろで手を組んだ。もちろん礼はない。目も向けない。神妙な顔で夜空をじっと見上げている。聞きたいことは山ほどある。だがどうせ答えない。
フェールは長剣を拾い、背を向けた。イーファが声をかけた。
「どこに行く。わたしはここで寝る。おまえは一晩じゅう番をしろ」
「心配ない。高貴なあんたには蚊も寄ってこないよ」
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