"怪物"と恐れられた少女と、仲良くなるお話

ジャコめし

心優しい怪物ちゃんと、調査員くんが出会うお話


ある日、平和な村に、"怪物"が現れた。

岩のように大きくて、熊のような怪力を持つ生き物だ。

その怪物は人を喰らった。

突然山から降りてきたと思えば……村の中で大暴れしたらしい。

逃げ惑う村人を追い回し、一人ずつ捕まえたかと思えば………

頭からガブリと。胃に収めていったらしい。

次々と村人は食べられ、あわや全滅かと思っていたその時……

一人の勇敢な若者が怪物に反撃し、怪物に重傷を負わせた。

怪物は驚いて、山へと逃げ帰って行ったらしい………


***


「それで………この山にそいつが逃げ込んだってわけか。」


うっそうと広がる山を前にして………俺は、ぽつりと漏らした。

俺の名前はアルファ。いつもは魔物の調査員として働いている。魔物図鑑や魔法図鑑を作ってるのは、俺達みたいな人間のおかげってわけだ。

今回も……調査の依頼があって、この山にやって来たのだが。


「五年も前に化け物が逃げ込んだって……どうせ迷信に決まってるのにな。」


はぁとため息を吐きつつ、俺は山へと足を運ぶ。進路を妨害するように茂る植物の中を進むのは、気が滅入った。

数年前にこの近くの村で強力な魔物が出現したらしい。その魔物は、この山に逃げ込んだとか。それで俺が、この山に派遣されたわけだけど。


正直、本当にいるとは思えない。

目撃されたのはもう5年も前だ。きっと怪物の噂も嘘だろう。

でも、調査員として命令には従わないといけない。俺は渋々ながら、山の中を調べにいった。


「全く……まぁ、上層部の決定なら、俺は口出ししないけど……にしても、草がひどいな……足元に気をつけないとっ───」


目標地点まで、歩こうとしたところで───

突如、地面に着けたはずの片足が、浮いた。

驚いて下を見ると………


足元に、巨大な穴が空いていた。


「ッまずいっ…!?」


咄嗟に穴の縁を掴もうとするが───時すでに遅し。

完全にバランスを崩した俺は………穴の中へとまっ逆さまに落ちていく。


しばらくして、柔らかい土の上にボスンと落ちる。地面が柔らかかったおかげで、そこまで痛くはなかった。


しかし、やばい。こんな人気のない山に、深い穴があるということは……魔物が住んでいる穴かもしれない。

俺はすぐに身を起こして、周りを見渡した。

穴の中は、一切の光を押し潰したかのように真っ暗で……鼻先すら見えない。


がさり。


突如、足音のようなものが聴こえてきた。

それを聞いて、にわかに身体の緊張が増す。

間違いない。何者かが、いる。


「まいったな…こんなこと予定にないぞ、クソ………!」


俺は焦って、脱出口を探す。

最悪なことに、落ちてきた入り口は5メートルほど上にあった。梯子か何かがなければ届かないだろう。今すぐ出るなんて、まず不可能だ。

そうこうしてる内に…ますます足音が近づいてきた。

みし、みしり、と。気がつけば、足音はすぐ近くから聴こえてくる。


そこで俺は、今さらながら、自分がライトを持っていることに気がついた。これがあれば、奴の姿が見えるかもしれない。

俺はゆっくりと、腰からライトを取り出すと……

思いきってスイッチをオンにした!


「出てこい、化物……!姿を見せろ!」


漆黒の闇に、真っ白な光が切り込まれて。辺りが急速に明るくなっていく。

そして、俺の目の前に姿を現したのは───



───エメラルドのように美しい髪を持つ、小さな少女だった。

その頭には、牛のような立派な角が生えている。


「きゃああああっ!!まぶしいっ!なにっ!?だれぇっ!?」


彼女は突然、ものすごい悲鳴を上げた。

う、うるさ………!鼓膜が破れそうだ……!

ってか、どういう事なんだ!?どうしてほら穴の中に、小さな女の子が?それに角が生えているという事は、魔物か?

わけの分からない状況に脳が混乱する。俺は頭をフル回転させて、必死に状況を理解しようとした。

しかし、その時。


あの少女が……洞窟の奥で震えているのを目撃した。明らかに、こちらに怯えている様子で。


「…………ブルブル………に、人間さん……何しにきたのぉ……」


彼女は小さな岩に身を隠して、こちらの様子を伺っている。しかし明らかに岩のサイズが合っておらず、身体が半分以上出ているのが滑稽だった。

あれで隠れてるつもりなんだろうか?


(こんなに強そうな魔物なのに……ずいぶんと、臆病なんだな………)


彼女には、どうやら敵意は無いらしい。

それを知った俺は、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。


「………お前、魔物か?見た感じ、知能はあるみたいだが………」

「わぁっ!話しかけられた…人間さんに、話しかけられたぁ……!こ、こわいよぅ………」

「おい、話を聞けって。俺はお前の敵じゃない。………多分だけど。」

「………ほ、本当……?」

「あぁ、お前が攻撃してこない限りはな。だから、いい加減そこから出てこい。」


俺がそう言うと……そいつはおずおずと出てきた。

飼い主に怒られた犬みたいに、しょんぼりと頭を垂れながら。その姿は可愛いくも見えたが……俺よりも遥かに大きな身体と、恐ろしげな角が、恐ろしい魔物であることを思い知らせた。


***


それからしばらくその魔物と話をした。

魔物の名はどうやら、「ミノス」というらしい。

数年前まで人間の村で暮らしていたが、今はずっとこの洞穴で住んでいるとのこと。

どうしてそんな事を、と聞いてみると…彼女は少し悲しげな顔をして語り始めた。


「わたし、ずっと前はね……人間として、村のみんなと楽しく暮らしてたの。でもある日……わたしが本当は、魔物だって事が判明して………それで、村を追い出されちゃったの。」

「………まぁ、そりゃ魔物と一緒に暮らせだなんて無理だよな……お前には見た感じ、人間とほぼ同じ知能があるみたいだが。」


俺がそう言うと、彼女は弱々しく首をふった。


「村のみんなは、わたしが魔物ってだけでダメみたい………剣や槍で退治しようとしてきたんだよ。だから、逃げたフリしてここに隠れてるの。」

「お前、ずいぶんと強そうじゃないか。村の一般人くらいなら返り討ちにできそうだけど。」

「………そんなのヤだ。村の人とは仲良くしたいもん……」

「迫害されてもか?あっちはもうお前の事なんか仲間だと思ってないぞ。」

「………………」


俺が詰めると、ミノスは黙りこんでしまった。


彼女の話を聞いて……可愛そうだとは思った。だが同時に、当然の事だという気持ちも湧いてきた。

俺だって、いくら知性があるといっても、魔物と共に暮らすなんて嫌だ。いつ襲われるか分かったものじゃない。

そこまで迫害されてるのに、反撃しないミノスにも共感できない。図体の割には臆病な魔物だな。


っと、長く話し込んでしまった。そろそろ調査に戻らないと。


「じゃ………俺はそろそろ行くよ。せいぜい駆除されないようにな。」

「あっ…待って、もう行っちゃうの!?」

「あぁ。まぁ興味深い話は聞かせてもらったしな。」

「そ、そんな……寂しいよ……!」


出口に向かって歩いていると、ミノスが呼び止めてきた。

ちょっと可愛そうだが、構ってる時間はない。


「あ、そうだ……!わたし、この辺の魔物とかいっぱい知ってるよ!未発見の魔物とか、教えてあげられるからさ…!」

「………何?それは本当か?」


彼女のその発言に、俺は思わず振り返る。もし言ってることが本当なら、調査に役立つかもしれない。

仕方なく俺は彼女の話を聞いてやることにした。


「あっ………まだここにいてくれるんだねっ!あ、ありがとう…」

「言っとくが、無意味な雑談とかしたらすぐ帰るからな。」

「う、うん……分かった。それじゃ、話すね。」


その後………しばらく、この森に住む数々の魔物達について、教えてもらった。

奇妙な姿をした怪鳥や、人間の言葉を真似る魔物など………

聞けば聞くほど、図鑑に記録されてない情報がごろごろと出てくる。中には学会の常識が変わるほどの情報まであった。

ミノスはさぞ楽しそうに、魔物の事を語っていく。

彼女は興味深いことに、魔物と意志疎通ができているようだった。

彼女いわく……「いつもは凶暴かもしれないけど、優しく接してあげれば、魔物も心を開いてくれる」とのこと。

正直、ちゃんちゃらおかしい理屈だったが………彼女があまりにも熱心に語るものだから、ちょっと信じかけてしまった。

気がついたら、洞穴に夕日が差し込んできていて。さすがに遅くなってきたので、俺は帰る事にした。

ミノスが涙目になりながら「また来てね?じゃないとわたし、寂しくて死んじゃうから…」とすがりついてきて、振りきるのが大変だったが。


***


それから毎日、俺はミノスの元に通った。

俺が洞穴に来る度に、彼女は嬉しそうに駆け寄ってくる。

そして、魔物の事について語りだすのだ。


「森の奥に、大きなツノを持った兎がいてね。その子がとっても可愛いの!この前、一緒に遊んでもらったんだよ!」

「魔物が遊びを…?興味深いな。報告しておこう。」

「まぁ、ツノでめちゃくちゃ突かれたんだけどね……」

「いや警戒されてるだけじゃないか。全然遊んでないぞ、それ……」

「むっ、違うよ!あの子はホントにわたしと遊んでくれてたもん!」


どうも彼女は、現実を見ていない感じがした。現実を見ていないというか、曲解してるような………

真実こそが最も重要だと考えている俺にとっては、ちょっと相容れない考えだ。

でも………

ミノスはさぞ楽しそうに、語っていて。口出しするのはどうも憚られた。


「………それでね~あの子ったら、なかなか友達になってくれなくってさ~。」

「はいはい………」


今日もほとんど妄想の話が、延々と続く。

しかし不思議と───悪い心地じゃなかった。

いつも調査ばかりで疲れていたからかもしれない。


「まったく……お喋りな魔物だな。」


***


そうして、なんとなく彼女と一緒に過ごしていた毎日だったけど。


「アルファ、報告がある。あの山にいる魔物を───全て一掃することが決定した。」

「え………?」


それは、あまりにも突然な知らせだった。

上層部から、そんな報告が下ったのだ。

ど、どういう意味だ…?魔山の魔物を一掃するだって?

今まで調査をしてきたというのに、方針が逆じゃないか。


「な、なぜですか?」

「近隣にある村からの苦情だ。あの山で、『伝説の怪物』を見かけたという報告があってな。恐いから駆除してくれとのことだ。」


あのバカ………穴の外に出たのか。恐らく、俺に魔物の話をするために、新しい魔物を探しに行ったのだろう。

感情で行動するのもいい加減にしてくれよ……


「とにかく、アルファは今日からあの山は調査しなくていいぞ。他の場所の調査に当たってく……」

「駆除はいつ始まるんですか!?」

「いつって……今日の正午からもう始めるそうだが……どうかしたのか?」

「正午……もうすぐじゃないか……!」


時計を見れば、針はもう正午を指そうとしているところだった。

まずい、間に合うか…!?駆除隊がもうすぐ派遣されてしまう!

俺は早足に山へと走り出した。どこに行くんだアルファ、という声が背後から聞こえてきたが、構ってるヒマはない。


「せっかくの貴重な魔物なんだ……失うわけにはいくかよ……!」


***


山に辿り着くと………もう既に、黄色いロープで入り口が封鎖されているとこだった。

遅かったか……!だが、まだ間に合うはずだ!

俺は『立ち入り禁止』と書かれたロープを乗り越えて、山の中へと向かった。

俺が規則に逆らうのは………これが始めてだったかもしれない。


木々を掻き分け、洞穴を目指す。森の中では、既に捜査隊のライトがピカピカと光っていた。


(まずいな……全員、銃や剣で武装してやがる。ミノスは無事か?)


能天気な彼女のことだから、まだ捜査隊に気づいてすらいないかもしれない。もしも彼らと鉢合わせなんかしたら……すぐにやられてしまうだろう。


捜査隊に見つからないよう、慎重に進んでいると……遂に、いつもの洞穴を見つけることができた。

俺はかつ物音を立てないように手際よく、穴の中へと滑り込んだ。


「ミノス、無事か!?」

「ひぇっ!こ、こ、殺さないでぇっ!…………ってなんだ、アルファかぁ。ビックリしたぁ………」


穴の中には、いつも通りのデカイ怪物の姿があった。

ひとまず俺はホッと胸を撫で下ろす。

よく見れば、他の魔物達もみんな洞穴に集合している。前に言ってたツノが生えた兎も、端で縮こまっていた。


「さっきね、恐い人たちが急に山に来てね……わたし達を攻撃し始めたの。わたし、すっごく怖くって……みんなと一緒にここまで避難してきたの。」

「そうか……分かった。お前にしては合理的な判断をしたな。」

「お前にしてはって…ひどいよぉ。」


ひとまず、危機を逃れることはできたらしい。

だが、まだ危険な状況なのに変わりはない。天井からは調査隊の、ザクッザクッという足音が、絶えず聴こえてくる。この穴が見つかるのも時間の問題だ。

もしも見つかったら……もちろん"駆除"されてしまうだろう。あの鋭い剣や、銃を使われて。


いや…待てよ?


「なぁ、お前の強さならあの調査隊くらい倒せるんじゃないか?頼む、あいつらを蹴散らしてくれ。」

「………それはやだ。あの人たちは倒せない。」

「何でだよ!?いくら相手が武器を持っているからといって、どう考えてもお前の方が強いじゃないか───」


「もう人を傷つけるのは嫌なのっ!!!」


ミノスは突然、叫んだ。堪えきれなかった感情を、放出するように。


「………昔、村の人達から攻撃された時に……一回だけ、叩いちゃったことがあったの。それで、大ケガさせちゃって……っ!あの時のみんなの顔が、今でも夢に出てくるの。わたしに怯えきって、恐怖に染まった顔が………」


「だからあれ以来、誰一人傷つけないって決めたの。」


彼女は悲痛な表情で事情を話した。その目には、深い悲しみと慈悲の感情が籠っている。


なぜ闘わないのかはよく分かった。

だがしかし、今は理想論を振り回してる場合じゃない。


「そんな事言ってる場合か!命を奪うまではいかなくても、何人か気絶させるくらいはしないと、みんな駆除されて───」

「おい、ここだ!ここに妙な穴があるぞ!」


穴の外から、男の大声が聴こえてきて………その直後に、何人もの軍服を来た男達が滑り落ちてきた。

全員、剣先のついた銃を手にしている。


………まずい。いちばん最悪な想定が当たりやがった。


「お…おい、あの化物はなんだ…!?ツノが生えた女だと!?」


小太りな体型の男が、ミノスを指差して叫ぶ。あの人はたしか……俺の調査班の隊長だ。

彼は顔面を蒼白にして、ひきつった顔で彼女を見ている。


「隊長。あの魔物は恐らく……村人の報告にあった、"人喰らいの怪物"だと思われます。」

「何!?本当に存在したのか……田舎の村人どものホラ話だと思っていたがな。」


少し驚いた様子で隊長は呟いた。言葉の端々から、無意識に人を見下している言動がはみ出して、不快だった。

この人、権力を振りかざしてる感じがして苦手だったんだよな…

仕事は完璧にやるから、黙って従っていたのだが。

横にいた助手らしき小男が、彼に耳打ちした。


「隊長、人間の姿をした魔物は大変貴重です。この魔物を弱らせ、生け捕りにすれば………多額の報酬が期待できるでしょう。」

「ほう……それはいい案だな。ぜひ捕獲するとしよう。」

「なっ……ちょ、ちょっと待ってください!」


俺は思わず、二人に向かって叫んでしまった。

二人はぎょっとした目で、俺を不思議そうに見つめてくる。


「ど、どうしたんだアルファ。いつも静かな奴なのに……」

「この魔物はっ……その、何と言いますか………見逃すわけには、いかないでしょうか?」

「な、何だと!?」


突拍子もない俺の申し出に、隊長は目を丸くする。まぁそりゃそうだよな。

調査するはずの人間が、魔物を庇うなんておかしな話だ。

だけど。俺は


「彼女は魔物にしては理性が強いです。知能だって、我々ほどではないにしても、とても高くて………」

「───気でも変になったのか、アルファ。」

「………ッ!」


必死に言い訳する俺を……ぴしゃりとした声が、斬り込んできた。

彼の気迫に、俺は思わず口をつぐんでしまう。


「忘れたのかアルファ、調査隊が結成された理由を……」

「………いえ、そのような事は決してございません。」

「なら言ってみろ。調査隊の理念をな。」

「…………『全ての魔物を管理・統制し……人々に安心できる生活をもたらす』、でしたよね。」

「そうだ、その通りだ。調査隊は魔物を支配する人間なのだぞ。その一員であるお前が、魔物に情を移すなど……いつもの冷徹さはどうした?」


ぐうの音も出ない正論に、何も言えなくなってしまう。


そうだ……俺は魔物達を支配するための人間じゃないか。

今までだって、人間を邪魔する魔物はすべて"駆除"してきた。

それが例え、人間には無害な魔物でも。子供を持つ、親の魔物でも。俺は銃と剣で、容赦なく排除してきた。

今回だって、同じじゃないか───


「……すみません。魔物を庇うなんて、どうかしてました。」

「ア………アルファ!?そんな、ウソでしょ?ウソだよね!?」

「…………黙れ、怪物め。人の真似をするんじゃない。」

「ひっ…………」


背後でミノスが何か言っていたが、俺は無視して言い放つ。

彼女の顔が絶望と恐怖に歪む。それに対して俺は………自分でも驚くほど冷たい無表情で、彼女を睨んでいたのだった。


「そうだ、それでいい。ほら、私の銃を貸してやる。その怪物はお前が始末しろ。」


隊長は愉快そうな笑顔をたたえながら、猟銃を投げてきた。

俺はそれを拾いあげ……彼女に向かって、銃口を向ける。


「いや……や、やめてよアルファ……!わたし、信じてたのに……あなたのこと、友達だと思ってたのにっ……!」

「お前みたいな化物が…人間と仲間になれる訳がないだろ。分をわきまえろ。」


ミノスは泣きながら、悲痛な声で命乞いをする。

俺はその涙を………照準の中へと捉えた。


「お前がいくら知能を持ってたとしてもな、結局魔物ってことに変わりはないんだよ。人間と愛しあえるわけがない。」

「な、なんで……そんな事言うの…っ…ひぐっ……たくさん、魔物のお話したじゃない……」

「あんな退屈な話、聞く価値もなかったな。今にして思えば、どうして魔物なんかと普通に会話してたのか不思議だよ。」

「…………」

「そろそろお喋りは終わりだ……脳天を撃ち抜いてやるから、じっとしてろ。」


銃の引き金に、指をかける。

彼女の肩がびくりと震え、その瞳にはいよいよ恐怖しか映らなくなった。

しかし、その場から逃げ出そうとはしない。彼女は、自分の周りにいる魔物を、庇うようにして抱きしめていた。

いくら獣人とはいえ、頭を撃たれたら死ぬらしい。

それはいい───仕事が早く終わりそうだからな。


一つ、深い息を吐く。

そうして呼吸を整え、照準がブレないように固定しながら。


俺は一息に───引き金を、最奥まで引き抜いた。



ドォン!



鼓膜を震わすほどの、強烈な破裂音が鳴り響いて。

次の瞬間。床に、赤い飛沫が飛びちった。


「………ぎゃああああああっ!!!」

「た、隊長!?アルファ貴様、何のつもりだ!!」


俺の前には………"脚を撃たれ、のたうち回る隊長の姿"があった。


……ちょっとだけ、滑稽だと思ってしまった。


「な、何をするアルファ!お前は私の忠実な部下だっただろう……!?」

「なぜって……うーん……そうですね。強いて言うなら……」


「───村の人を見下すあなた達よりも……例え傷つけられてでも愛し続ける、ミノスの方がよっぽど人間らしいと思っただけですよ。」

「ア、アルファ………!」


ミノスは、信じていた村の人間に槍で突かれた。しかしそれでも、恨みの感情一つ抱かずに愛し続けたのだ。


それに対して俺たちは………彼女を、裏切ろうとしていた。

人間をひたむきに愛してくれていた、ミノスを。俺たちは無感情に、撃ち殺そうとしたのだ。


別に可哀想だとか、そんな陳腐な感情が湧いてきたわけじゃない。

だが、なぜだろうか……俺は。ミノスを撃つことが、できなかった。


これは……調査員クビになるな。


「貴様、許さんぞ……魔物に魂を売った貴様は、悪魔だ……!お前たち、アイツを撃ち殺せッ!」

「………ミノス。すぐにここから逃げるぞ!」

「え!?う、うん!」


俺は急いでミノスの肩に掴まり、体勢を整える。

ミノスは待ってましたと言わんばかりに、ゆっくりと走りだし…

やがて突進のような速度で、出口に向かって突撃し始めた!


「みんなどいてーっ!危ないよー!」

「う、うわああっ!避けろ!踏み潰されるぞ!」

「こ、こっちに来るなぁっ!」


あれだけ屈強だった兵士たちは……まるで蜘蛛の子を散らしたように、あたふたと道を開けてくれた。

おいおい、魔物に近づかれた程度で逃走するなんて。そっちだって調査員失格じゃないか。


「待てっ、アルファ!どこに行くんだ!?」

「そんなの、分かりませんよ!でも……もうここには戻ってこないと思います。みんなには、今までありがとうと伝えておいてください!それじゃ!」


遠く離れていく隊長に、俺は大きく手を振って別れを告げる。

真面目に勤めるはずだったのに……まさか上司を撃って退職するなんて、想像もしてなかった。


***


洞窟の入り口を過ぎて、どれくらい経つだろう。

あの後、俺はしばらくミノスの肩に揺られていた。森を抜けていないということは、まだそこまで遠くには移動していないのだろう。


「………ねぇ、アルファ。」

「………何だよ。」


突然、ぽそりと……ミノスが肩越しに話しかけてきた。


「どうして………わたしを助けてくれたの?アルファ、調査員だったのに……」

「どうしてって……そうだな。」


思い返せば、自分でも不思議だった。

ただの調査員が…なぜ、魔物と絆を結んだのか。


俺は少し考えて……こんな答えを思いついた。


「………魔物として興味があった、だけだよ。」

「えー?それだけ?もっとこう、ロマンチックな理由とかさぁ……」

「そんなモン無い。俺はただの調査員……だったんだぞ?」


ぶうたれる彼女に、俺は適当に理由をつける。

ミノスは納得いかなかったのか、不満げに口を尖らせていた。


………本当は………もっと、個人的な。言い表すのなら…"絆"という感情を、感じたのだけれど。

何となく……俺は黙っておこうと思った。

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