30日目 最後の電話
──最後の日。私は朝からずっと、夕映と過ごした。
ほとんど会話もなく、背中を寄せ合って。
◇
夜になって。夕映は家族に会いに家に帰った。それから寝る少し前くらいの時間。
──私は、夕映に電話をかけた。
「目を離したら、その隙に死んじゃいそうだから」
「だから電話? ふぁ……眠いから、寝ちゃったらごめんね……」
「うん。寝るまででいいから、話そう?」
それから私たちは、他愛もないことをしばらく話した。
このひと月であったことを反芻するように。
「……夕映の好きなものって、何があったっけ」
「それ、こないだ話さなかった?」と言いながらも、夕映は電話口で答えてくれる。
「甘いものでしょ、それにかわいいもの、あとはウサギも好き」
「ウサギとかわいいもの、別カウントなんだ」
「うん。あとはね……少女漫画が好き。パスタも好き。放課後にだらーっとする時間が好き。窓から聞こえてくる運動部の声とか、皆が友達と話してる声とかね。夏に鳴く蝉の声も好きだし、汐璃の部屋のベッドの上も好き。オシャレも好きで、あ。色はピンクが好きかなぁ」
「……たくさんあるね」
「うん。いっぱい、いろんなものが好き」
……なんで、こんなに。たくさん好きなものがあるのに。
私より精一杯生きてるのに。なんで、私の方じゃないんだろう。
「…………」
「でもね。昔はあんまり好きじゃなかったんだ」
「……え?」
「ちっちゃい頃は、何にも好きじゃなかった。……達観、じゃないんだけどね。甘いものは他の子に合わせてるみたいだし、かわいいものは背が高い私に似合わないし、パスタは茹でるの失敗するし、蝉の声はうるさいなぁって思ってたし──」
どこか懐かしむみたいな声で、夕映は告げる。
「……それじゃ、なんで?」
「ふふ。秘密」
それだけ言い切って、夕映は「……やっぱり眠くなってきちゃった」と欠伸を零した。
「……」
「ねぇ、汐璃」
改まって名前を呼ばれて、なぜだかまた涙が出そうになった。
「……なに。夕映」
私の喉から絞り出された声は、完全に涙声だった。
「Я тебя люблю.(あなたを愛しています。)──それじゃあ、おやすみ」
それだけ告げて。夕映は一方的に通話を切った。
残された私は、夕映の言葉に驚いて、しばらく固まっていた。
「……ロシア語、わかるんじゃん」
前に外国語が得意って言ってたのは、嘘じゃなかったらしい。
──やっぱり、最後の日まで。私は夕映に敵わなかった。
それが嬉しくも、寂しくもあった。
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