29日目 終わりを自覚して



「……昨日、あんまり眠れなかった?」


 夕映に指摘されて、私は誤魔化すように軽く目を擦った。


「なんで」

「目の下。くまになってるよ」


「……これは、化粧だから」

「くま消しの化粧はあるけど、くま付けの化粧もあるんだ」


 そう言って、夕映はくすくすと笑う。いつもと変わらない調子で。


「大丈夫。私、きっと死なないよ。だってこーんなに元気だし。病院だって行って何もなかったし、寿命が外れるっていうこともあるんじゃないかな?」


 確かに、そうかもしれない。なんて思いながらも、なぜか涙が零れてきた。

 ぽろぽろ、ぽろぽろと。あとからあとから流れ出てきた。


 私は夕映に隠したくて顔を背けたけど、夕映が頭を撫でてきた。ばればれだ。


「……なんで泣くの。汐璃は笑ってた方がかわいいよ」

「…………」


「ほら、笑って。ね?」




     ◇




「──夕映。明日、何かやりたいことある?」


 いつもみたいに夕映の頭を撫でながら、私は聞いた。


「んーん。汐璃が一緒にいてくれるなら、それで十分嬉しいよ」


「…………」


「汐璃」


「……なに?」


「このひと月。……ううん、もっとずっとだけど」


「うん」


「汐璃と一緒にいられて、一生分楽しかったし、他の人の一生分幸せだったと思う」


「……な、……で」


 なんで、そんなこと言うの? と言いたかった。でも、震えて言葉にならなかった。

 声にしてしまえば、また泣き出してしまいそうだったから。


 私が呼吸を整えるのを待ってから、夕映は続けた。


「……ごめんね。でも、汐璃は嘘つかないから。私、本当に死んじゃうんでしょ?」


「…………」


「でもね。心残りはないよ。もう死んだ後のことまで考えてるし」

「死んだ後のこと?」

「成仏できなかったら、汐璃のとこに化けて出る」

「…………っ」


 おどけた表情で夕映が言って。私はその顔を見て、目を見開いて。何も言えなくて。

 すると夕映は少し寂しそうに笑って、気まずそうに頬を掻いた。


「……そこは、『怖いからやめて』とか、突っ込んで欲しかったなぁ」


「……べつ、に。嫌じゃ、ないし」


 もし夕映が幽霊になったとしても、一緒にいたい。

 夕映がいない世界で私がどうしているのか、何の実感も湧かない。


「……どうして、汐璃の方が苦しそうにしてるの?」

「…………」


「喋って? 汐璃の声、聞きたいな」

「う……ぁ」


 私の頬に夕映の手が添えられて、私の口から変な声が漏れる。


「……ふふ。変な声もかわい」


「……。夕映のバカ」

「うん。……ごめんね、汐璃」












……残り、……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る