第9話 血の魔術 その3

「ギ……ガ?」


 その攻撃に異形が怯む、電撃によってバチバチと青白い火花を飛び散らせながら『来侵神』は後ずさる。


「これでも…殺りきれないか…」


ロメスティがそう呟く。

確かに、『来侵神』は電撃によって少し怯んだものの、再びふらふらと立ち上がった。


 「外の世界からやってきた者…君は何者だい? 一体どんな目的でやってきた? まぁ…聞いたところ、見たところで、君…まともに話せなさそうだから意味ないだろうけど…」


ロメスティは、『来侵神』にそう尋ねた。

 

 すると『来侵神』は、ロメスティの方を向き、首を傾けた姿勢で静止して、暫くジッとロメスティの方を見できると思えば…


『ワタシノ名ハ『アザロテクス』…コノ森ニハ…ツイ…コノ前ニ…ヤッテキタ……ガ…コノ世界ニハ…随分前カラ暮ラシテイル…。 モハヤ…ワタシハ…外ナル者デモナイ…』


なんとやつは、このように言葉を発したのだ。


その声は…その恐ろしい見た目通り、鯨のように太く低く、それでいて抑揚のない……まるでこの次元のものではないような……そんな不気味な声質だった。


「え?? てか普通に話すんかーい…」


ロメスティは面食らったように思わずそうつっこんだ。


すると奴はオレの方に顔を向け手をかざして来ると、突然どす黒く輝く輪っかのようなものがオレの頭の上に現れた。


「? なんだこ…!?ぐぎゃあああああああああああッ!!」


次の瞬間オレは、まるで頭蓋をかち割られたような頭痛に頭が割れんばかりの衝撃を覚え、思わずオレは苦悶の表情で声をあげた。


「ライナズちゃん?!どうしたの?!」


「や……やめろ!頭が割れる……」



 オレは頭の痛みに堪えながらロメスティにそう言う。どうやら、オレにもあの黒い輪のようなものが見えているようだ。しかし、先程までの攻撃は全て避けきっているし、謎の攻撃で頭が割れそうになりはした。


「な…?! なにを? …まさか!!そんな事が」


ロメスティはオレがされた、詳細不明な攻撃を混乱しながらも、冷静にその正体を暴こうと、アザロテクスの方を見る…そしてオレとロメスティは奴がいつの間にやら、その手にデノンカシカの頭部遺骸の一部を握っていることに気づき、ロメスティはその攻撃の正体を理解すると同時に驚愕したかのような、リアクションをした。


「くッ…こんな奴が…いるとは!!」


ロメスティはそう言うと同時に、一瞬で姿を消し次の瞬間には、アザロテクスの背後に現れて、青い槍のような形状と変形した女神の銀耳を振りかぶっていた。


「オラァ!!」


ガキィッ!!という耳に響くような高い音ともにロメスティは、その矛先をアザロテクスに突き立てた。


「!!なにッ?!」


ロメスティは驚愕した。 その槍は確かにアザロテクスの漆黒の外皮を貫いたのだ。 しかし貫いたのはあくまで皮だけだった。


そう…なんとロメスティが貫いたのは、まるで脱皮したかのように、脱皮して脱ぎ捨てられたそのアザロテクスの皮であり、その中身は、また俺たちの認識できぬ一瞬の一瞬、その間に、姿を消していたのだ。


「奴は…何処に…?ライナズちゃん!見た?!」


ロメスティは急いで振り向いて、オレにそう尋ねた。

「いや……一切見えなかったぜ……」


オレはそう言いなから、首を横に振ることしかできなかった。それを確認したロメスティは、目を閉じてゆっくりと腰を落として辺に顔を向ける、周りを感覚で探っているようだ。


そんな時、ほんの一瞬彼の長くて、美しく束ねられたブロンドヘアの一部が光に照らされる。 その一瞬の異変をロメスティは見逃さずに瞬間目を大きく開き上を見上げると、オレもそれにつられて上空を見上げた。


理解しがたい光景にオレの頭は驚愕した。


まず、俺たちの真上には、普段は生い茂る木々の枝たちが皆、破壊されるか枯れるかしていていつもそれらに遮られて見えない、空がよく見えていた。


ここまで時間が経っていたのかと、困惑する


俺たちの世界は昼と夜のサイクル1日は24時間ということは変わらない。


俺たちがデノンカシカを発見したのは丁度、正午を過ぎたあたりだったのに、狩りだのなんだのをしている内にもうこんなに時間が経っていたのか…


「あれは…」


ロメスティは星々が美しく煌めく夜空のある一箇所を見て、更に驚愕したような声を出すので、オレもよく見ると確かに星空の中におかしなものを見た。


オレにとってはどこまでも懐かしい主張の強い星々の中でもひときわ輝く、大きな大きなプラチナ色の球体。それはまさしく、『月』だった。



だが、おかしい…ここは俺の前世の世界ではない。この世界には、月などないはずだ。 少なくともオレは転生して8年間月をみたこともないし、話にも聞いたことがない。故に暦も一月という単位は存在しないはずなのに…。


混乱を招く状況に、頭を悩ませていると再びロメスティが口を開いた


「まさか…あれが……あれが…今のやつなのか?」


「!!?」


ロメスティの言葉で俺はようやく、その疑問の答えを知る。


あの『満月』とそっくりな球体は、目を凝らしてみると、星々よりも圧倒的に俺たちに近い…それどころか多分俺たち10メートルばかし真上に浮かんでいる。


となれば、他の星より大きいと思っていたそれは、実は遠近感で大きく思っただけで、実際あの球体は直径15メートル程しかないだろう。


加えて更に見ていくと、あの球体は我々の心臓のように、一定のリズムで伸縮的に鼓動しており、あたかも、何かが畳まれてあの形状となった事が伺える、いくつかの亀裂が見て取れる。そしてその亀裂からはところどころ謎の液体が放出されているのもみることが出来た。


そうあれは、一つの生命体だ。


つまりそれらが示すことは一つ。 あの神々しく、神秘的な見た目で、決して俺たちのような存在とは一線を画す存在であることがひと目見てわかる頭上の存在こそが、末恐ろしいことに、脱皮したアザロテクスそのものなのだ。


「はぁ〜……参ったな」


ロメスティは、そう言うと困った様子で頭をポリポリとかく。どうやら今よりも状況は悪化してしまっている様子だ。

俺が完全に考えあぐねていると、ロメスティが突然、俺の肩を掴んで言った。


「ライナズちゃん……君は今すぐにこの森を出ろ」

「……え?」


俺は思わずそう聞き返す。すると彼はこう続けた。


「……だいたい見てわかると思うけど…君じゃ、アレには到底敵わない……いや…私と君が2人がかりでもあの神々しい存在とまともに戦えるイメージが全くわかない……」


「なら、俺も戦う!!」

俺はロメスティにそう訴えるが彼は首をゆっくりと横に振った。


「無理だよ……ライナズちゃんでは足手まといになるだけだ」


「なんだよそ…ッ!?」


オレが口を挟もうとすると、その瞬間突然あの月のような見た目のアザロテクスが上空から消えていたのに気付いた。


「ど…何処に」

「がっ!…」


オレは奴の姿を探すため、辺りを急いで見渡したが、その時ロメスティの小さく短い悲鳴が聞こえた。


「ロメスティ!!?」


オレが声の方向に顔を向けて、そう叫ぶとそこには左腕を丸々失ない、左目はえぐられ、腹部に深い爪痕を負ったロメスティの姿があった。


「な…なんだってーッ!!?」


オレは思わずそう叫ぶ。


ロメスティに深く刻まれた傷からはおびただしい量の血液が溢れ出しており、彼の胴体と地面を紅く染めあげていてとてもじゃないが助かる見込みはないように思えた。しかし、彼はそんな状況でも、冷静さを失わず纏うその気配は弱るどころか、むしろ強くなっていくようだった。


「ロメスティ…」

「………」


オレは黙ったままの彼のただならぬ雰囲気を纏う姿を見て思わず固唾を飲む。 今の彼の鋭い眼光をみればわかる。 ロメスティはずっと切り札を隠している。そして、それを今これから切る気なんだ。 


だがその時、オレの背後からあのおぞましい気配の殺気がした。既に、奴に背後を取られていたんだ。


すぐ後ろにいる存在を確認しようと恐る恐る後ろを見ると、そこには全身が真っ白に輝き、背中には8枚の翼を生やした、顔のない巨人が黒い大剣を俺たちに振りかざそうと、上に振り上げていた。


「なっ…!!」


オレは言葉を詰まらせた。しかしその時ロメスティが低い声で呟いた。


「ブラッド・トリガー」

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