第8話 血の魔術 その2
オレの目に映ったのは、極めておぞましく、それでいて理解しがたい現象だった。
デノンカシカの以外の破片、その一部の剥き出しになった顎、口部がいつの間にやら、ぱっくりと独りでに開いていてソレは壊れた玩具のように激しく震えながら、大量の黒い煙のようなものをはきだし続けていた。
それはおそらく、今までデノンカシカの体内に収納されていたその何かである。
その黒煙はもはや無限と呼べるほどの量が吐かれており、ソレは空に昇るともはや辺り一帯は夜のように暗くなり、広がりきったソレは今度は一つの竜巻のように、渦巻きながら小さくなり、ついにその竜巻の中からソレがが姿を現した。
「…なんだよ…コレ……おい…ロメスティ…何なんだよ!」
オレはうろたえて
そう叫んだ。
「私にも…わからない…!!目にしたこともないが…これが…」
ロメスティは目をパチパチと瞬きさせながらそう言った。
俺は今、この目の前のおぞましく、君の悪い姿にただただ啞然としている。
その体格は、俺たちよりは大きく、3メートル近くはあり、大まかなシルエットこそ人間のそれを思わせるような者だが、人のそれと姿は似ても似つかない。
顔は、まるで腐った人の肉質を限界まで収縮させて作ったような、薄気味悪い鉄色の仮面に似たような頭部で、その下にある、口はあり得ないほど横に長く大きく広がり、側面には獰猛な牙が並び隙間なく生えていた。
そして顔全体を覆う仮面のようなその頭部のすぐ下、首に当たる部位から肩にかけて、おぞましい紫色のような、緑のような皮膚を乾燥させて枯れたバラのような質感の細い棘状のものが生えており、頭部と肩から腰にかけてのラインはまるで腐った全身の皮膚を剥いた人間の皮のようなもので、背中から左右合わせて9本生えている。
また胴体には二本の長い脚のようなものが伸びていたが……この部位は人間とはかなりかけ離れた異形だった。その腹と思われる部分には五箇所『巨大な口』がつき出しており、更にはその5つの口にそれぞれ2本の牙がまるで剣山のように生えていた。
かなり異質でグロテスクかつ醜悪な姿をしているがそれよりも、俺たちはソイツの纏う、空気にただただ度肝を抜かされていた。
落ちてくる夜空が、心臓を貫くように、重くのしかかり、まるでその異形が放つソレはオーラや空気というよりかはもはや『瘴気』もしくは蠢き広がる『死相』と呼ぶにふさわしいものだった。
「ロメスティ……コイツはこの森の今の主か…」
オレは震える声で彼に尋ねる。いや…尋ねたとは言えない…もはや今の状況を体感したものは皆確信し認めざるおえない。目の前にいるこの異形は……この森の支配者だ。
「そうだね…そしてコイツは侵略者でもある…これが『来侵神』。既にその侵略は完了したけどね」
彼の返答を聞くやいなやオレの身体が震える。
この『来侵神』は元々この森に住んでいたわけではなく2年ほど前に外からやってきた存在だ。
そして、たった2年でこの森の環境、ここに元々住んでいた生物生態や、食物連鎖を自分の好き勝手に作り変え、完全に自らのものとしたのだ。
今はもはや冬が近づき、多くの生物が冬眠の準備のため姿を現さず、大人しくなるこの季節だと言うのに、俺達が硬直しているしている間そこかしこであらゆる魔物、生物の悲鳴と激しい足音が聞こえる。
更にそれだけではなく、いろいろなものの落下音がそこかしこから聞こえてもくる。
落下音の正体はおそらくドラゴン族などの飛行生物だ。
俺達も感じ取って、余りの強さに身動きもままならない、この来侵神が放つ瘴気は、魔物などのほうが敏感に感じ取る。 恐らくは目を覚ましたことで、放ち始めた。この暴君のオーラに当てられたドラゴン達は恐怖の余り錯乱し一心不乱に飛び回っては互いに衝突しているのだろう。
「ん…ン〜ガガガザ…」
そんなことを考えていた時だった、いきなり『来侵神』が奇妙な声のようなものを口から発しながら、オレの方を見て、静止した。
「ヒッ……!!」
俺が情けない声でそう悲鳴をあげた時だった。
理解しがたいことが起こった。
何故か俺の体は、既にその怪物の両手に、まるで人形のように鷲掴みにされていたのだ。
「え?」
俺は思わずそう呟いた。
速いとかそういう次元ではない、そもそも一切目を離していないし、瞬きもしていない、そもそも何かされたような感覚すら感じず、その動きを一切感知することができなかった。
それなのに『来侵神』はいつの間にか俺の目の前に現れ、俺の身体を掴んでいる。
「ミ…ツケ…タ…、ツイニ」
俺がパニックを起こしかけていると、目の前の異形はそう言葉を発すると、俺の身体をさらに強く掴み出す。
「い……痛い!やめろ!」
俺がそう叫ぶと『来侵神』は、その大きな口の口角をつり上げながら、俺をまるで人形のように持ち替えた。そしてそのまま俺の顔に口を近づける。
「ヒッ!!やめ!離せ!!」
俺は必死にもがき抵抗するが、この怪物の手はびくともせず、ただ恐怖するしかなかった。
しかし、その瞬間、橙色に輝く一本の矢が、俺の身体のすぐ横を通り過ぎ『来侵神』の顔のど真ん中に着弾した。
その矢は、貫通まではいかなかったもののかなりのダメージを負わせることに成功したようで、『来侵神』は思わず俺を離し、よろけて後退った。
「う…う…はぁ!」
地面に尻餅をつきながらも俺は、何が起こったか、理解するために来侵神の方をみる。
するとそこには、顔押さえまだよろめいている来侵神の背後の上空に、見たこともない、まるで弓のような形に変形している女神の銀耳を右手に握るロメスティの姿があった。
ロメスティはそのまま空中で目にも止まらぬ速さで回転し、来侵神の姿を蹴り飛ばすと、それとほぼ同時、地面に倒れゆくソイツに向かって、そのまま粉末状の何かを投げつけた。
その瞬間、投げられた物は激しい爆発音をあげて、爆風が辺り一面に広がり、その直後に発生した衝撃波によって更に吹き飛び吹き飛ばされたオレは固い地べたに叩きつけられる。
ロメスティは先述したデノンカシカの角から作る霊薬なども含めて、日頃からこの森で採れるあらゆる薬品の調合をしている。
この爆発する粉塵もその一種だろう。
「うぐッ!痛て……」
オレが顔をしかめ、痛む腰を押さえながら、顔を上げると衝撃によって舞い上がった砂埃が舞い散り視界が塞がっていた。
そしてそんな中、その煙の中からゆっくりと来侵神が姿を現したのだ。
しかしその姿は先程と一切変わりは無いようで来侵神は、首をゆらゆらと動かしていた。
「なッ!?」
俺は心底驚いた。ロメスティの攻撃の動作には、無駄がなく、瞬時に無駄なく完璧に行われてはいた。正直あの最高率の攻撃手段は何者も無事では済まないはずだ。
それでも、あの異形の怪物は、何事もないかのようにその顔を来侵神は今度はロメスティの方に向けようとした。
「……ブギッ!」
しかし、その瞬間だった。
『来侵神』がそう言葉を発すると同時に、彼の頭部に再び矢が命中する。そして今度は先程よりさらに深く突き刺さる。
「…ギギ!」
『来侵神』はそれでもなお、何事もないかのようにロメスティの方を見ると今度は背中のあたりからタコのような触手を9本生やし、刹那、それらを一斉にロメスティの、身体を貫こうと伸びていった。
しかし、ロメスティはそれを全て華麗にかわしつつ、弓の形になっていた女神の銀耳を今度は緑色に輝く刀身の刀に変形させて伸ばしてきた触手を一瞬の内に全て切断した。
しかし、『来侵神』は今までとは違う動きをした。なんと今度は背中の触手ではなくその二本の長く大きな腕を振り回し始めたのだ。
だがそれもまたロメスティには当たらなかった。彼は飛び上がりながら今度は七本に分離し、ブーメランのような形に変形した女神の銀耳を避ける動きの中で投げつけ、その腕をに突き刺していく。
「すげぇ…」
オレはロメスティの戦いぶりを見て思わずそう呟いた。
今までヘラヘラとふざけた
態度しかとってこなかったあのロメスティだったがやっぱりオレとは格が違う。
圧倒的な、手数と手札の両。それだけではない、彼の戦いはまるで舞や踊りのようだ。
回避から攻撃の繋ぎに無駄がない
それどころか、あれだけ回避の合間に多種多様な攻撃手段を用いているのに、それらの動きがまるで同時に行われる一つの動きのような…スピードだけではない、オレとは次元の違う洗練さ、圧倒的な技量と対応力。これがこの世界を何万年も生き抜いて見せているものが見せられる戦いの領域。
だがそんな戦い方をしても尚、あの『来侵神』は微動だにせず、近くまで来たロメスティを平然と傷ついているはずの黒い右腕を振り上げてライナズを叩き潰そうとした。
しかしロメスティは、その時ニヤリと笑って、指をパチンと鳴らす。
すると、『来侵神』の顔に刺さっていた2本の矢から、バチバチという轟音とともに激しい閃光を伴った電撃が
『来侵神』の身体を駆け巡った。
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