第7話 血の魔術

俺達は、直ぐ側の茂みに身を隠す。


ここらは、葉が覆い尽くす、この森の中でも、特に木々や、枝や茂みの葉が密集していて、空色の葉を持つ樹高15メートルにもなる巨木が、所狭しと生えているせいもあって、大まかな自覚すらわからぬほどに、日が差し込まず暗かった。


 加えて地面も落ち葉の量が半端ではなく、一歩足を動かすだけでも、もはや楽団の鳴らす音のごとく複数の落ち葉が擦れる音が鳴り響き、踏み出した足は、下手をすれば膝まで沈んでしまうほどに、その色とりどりの落ち葉たちは、地面に立派な層を形成していた。

 

 ここがデノンカシカの巣ならば、確かに寝床にするにはこれ以上ない場所であるのは間違いない、今俺達が利用している、大きな茂みはそこかしこにあり身を隠すのはこの通り容易だ。この場所ならば天敵からも比較的に襲われる確率が減るだろう。 


俺達は茂みに入りながらも、互いに同じ方向を凝視している。


 それは、この暗き森の僻地の更に奥から、確かに今まで追っていたデノンカシカであるのは間違いないのら何か背中に鳥肌を立てるほどに嫌な感じが混ざった気配がするからに他ならない。


 「おい…ロメスティ……アイツだよな……これって」


オレは恐る恐る、ロメスティの方を向くと小声で尋ねた。  


「うん…私達が危惧しているものも…この先にいるんだろう…」


ロメスティの顔をよく見ると、オレと同じように、冷や汗をかいていて、その表情は強張った、無表情だ。


 正直、今オレはビビっている。なぜならロメスティのこんな顔は、生まれて8年間、一度も目にしたことがなかったからだ。

 

オレは唾を飲み込み覚悟を決める。そして少し小声でロメスティに言った。


「ロメスティ…この先に何がいる中は、わからないが……まずオレは先陣を切って速攻でデノンカシカを仕留める…。 だから大変なことにならないように援護をしてくれ…」


オレの提案に彼は真剣な眼差しで答えた。


「ライナズちゃん…悪いけど、その役回りは……いや…確かに、この作戦がもっとも成功率が高いのは間違いない……でも、もしもの場合対処できる手段がない……それにそもそも……」


「俺は…『後衛』の術の一切を修練していない。だが…あんたは違うだろ?」


オレは、ロメスティの言葉を遮りそう言う。


ここでオレの言う『後衛』の術とは、直接攻撃の魔術や、弓術、投擲などの遠距離攻撃手段の総称の事だ。 


オレは様々な戦術の修練をしてきたつもりだが、そうは言ってもまだ、3年間の鍛錬。


取り組んだのは、あくまで接近戦で使える、魔術を含む体術の修練だけで、今この場ではオレがリスクを承知で先陣を切らなければ、役割が腐ってしまう。


「わかったよ…ライナズちゃん…ただしくれぐれも慎重に、自分の安全を第一に行動して。 あとあくまで殺るのは、デノンカシカだけ、それだけこなしたら、目的の奴の角だけ持ってラすぐに私のところへ逃げてきて、バックにナニが潜んでいようと、全力で無視!」 



「わかった……ロメスティ」


オレはそう答えて、茂みを飛び出し、デノンカシカがいるであろう方向へと走る。


一切の音を立てず、ただスピードも落とさず走る。


気配のする場所、奴が見える直ぐ側まで、移動するとオレ再び奴を視界に入れたまま息を潜めて、茂みに身を隠す。


喜ばしいことに今までの攻撃はちゃんと効いていたようで、デノンカシカの様子を見ると、頭部だけとなった奴は、顎下から生やしたその細長い脚部を震わせながら、木々にもたれかかっては、地響きを伴ってその木を体ごと倒して、しまいフラフラになりながらも立ち上がってはまた倒れてを繰り返していた。


つまりこの個体はまだ、足元がおぼつかないのだ。


しかし、此処から見えるのはは弱っているそのデノンカシカだけ。 俺達が危惧していた、恐るべき何者かの姿は、どこにも見当たらない。


たが、居ないなら居ないで、むしろ好都合。


オレは後ろから、ついてきてるであろうロメスティを息を整えながら待ち、いつでも、あの弱っているデノンカシカに飛びかかり、瞬間的に必殺が出来るように女神の銀耳を握っているその手と、しゃがんでいるその両の足に力を入れ、精神を研ぎ澄まして、極限の集中の中で身体全体が『飛びかかる』と合図を出す瞬間を待つ。


 ふと自身の背後から音がする。ロメスティが追いつき援護できる位置についたのだ。


 オレはその数秒後、デノンカシカが、再び倒れ込む瞬間が訪れると、ためた力を持って全力で跳躍する。


15メートルを超える周りの木々すら、ゆうに超える高さで自らの体を宙に浮かすと、オレは身体を空中で回転し逆さにして、空気を蹴り飛ばしてすぐ下にいるデノンカシカに狙いを定めて落下しながら飛びかかり、女神の銀耳を全力で叩きつけた。


一瞬で決着は着いた。


 女神の銀耳を叩きつけた瞬間、この森の大地全てを揺るがして、轟音を響かせる。


致命的な直撃を受けたデノンカシカの頭部は、岩石でできた硬い皮膚の層を飛び散らせ、口からは砕けた肌色の脳みそをぶち撒けた、そのすぐ後にはもう頭部だった砕けた破片は衝撃に耐えきれず散り散りになり、半分以上が地面などにめり込んでしまった。


「ふぅ……一件落着だな」


オレはそう呟いては、地面に着地し、立ち尽くした。そしてデノンカシカが手放した自身の大きな角にほんをオレは持っていた長いロープに巻いて、手に持っていた一冊の魔導書のあるページを開いて呪文を唱えた。


「ルルペジオ・ナブ」


そう唱えると全長3メートルは、あるその黄金色の角はたちまち小さくなると同時に、開かれた魔導書の中に吸い込まれるように消えていった。


 今使ったこの魔術は、所謂『収納種魔術』である。


この魔術は、杖や本など、さまざまな物にあらかじめ施しておく魔術で、対象に詠唱した瞬間、瞬時に魔法を発動して対象を魔術を施したものに収納するという魔術である。


この世界の魔術というものは、通常、魔導書の中に記されている使用したい魔術の呪文が記されたページを開いて営業しなければ発動できない。


この魔術の場合は発動するために更に、この魔術書の別のページに記された収納する対象に指定する魔術『ルルペジオ・ネグル』という呪文があらかじめかけられた、杖なりなんなりの媒介が、必要なのだがオレはあらかじめこの魔導書自体を媒介とすることで、魔術の発動に必要な荷物と手間を一つ減らしている。


兎も角、これで目的だったデノンカシカの角を問題なく手に入れることができた。


デノンカシカの角は所謂、万能薬、または霊薬の材料となる。


コイツの角をカクサ黄金糖、40ド以上の熱を持つクデノ実、サンバーグロックのヨダレ、そしてツェペリネの実を1日煮込んだ後に、甘尾陽という魔導具の光と熱に当てて、乾燥させたものを最後に用途に合わせて、様々な薬草と適切に調合すれば、大抵の怪我や病気を治せる万能薬が完成する。


今から20日かけて200種類くらい、コイツで薬を作って、あとはコレをこの森を抜けてすぐのゲドニア村に住む、オレと同じエルフの同族達に渡すというのが、俺達がいつも冬を迎える前に行っている恒例行事なのだ。


「あんたの援護なしでも終わったぜ……ロメスティ…あとはコレをケドニア村の連中に…」



オレは手に持っていた魔導書を閉じて振り返り、晴れ渡る達成感の中ロメスティの方をみた。


しかし、そこに立っていたのは、狩りを無事に終えたばかりだと言うのに、まるで幽霊でも見たかのように、顔面蒼白になっていたロメスティの姿だった。


「ライナズちゃん…後ろの…警戒は解かないで…ゆっくりと…こっちに来て…出来れば物音を立てずに、あと絶対に後ろの方を見ないで」


彼がオレにそういった瞬間だった。

突然体中の毛が逆立ち、冷や汗が出て、今にも失禁しそうになるほどのプレッシャーに襲われると同時に背後一帯から血も凍る恐ろしい冷気を放つものがそこに現れた事を感じ取ったのだ。


居る…確実にナニか…オレの…俺たちの恐れていた何かが…オレのすぐ後ろにいま…いるんだ…


オレは体を震わせながら、女神の銀耳を右手に今日一番の力で握りしめて、ゆっくりと後ろを振り返った。




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