第6話 神様
「はぁ…はぁ…速えな」
彼これ30分くらいだろうか、俺はずっとデノンカシカを木の上から追い続けている。
もともと今の俺は高い身体能力を持っエルフ族の中でも、特に運動能力が優れている方で更に、俺はこの身体に転生して8年間ずっとこの森林の中で暮らしてきた。
そんな俺がこうやって森の中で木を活かした、全速力で移動すれば、おそらく自動車のトップスピードをも超えられるだろう。
3年間、魔術や魔術の修行とは別に毎日走り込みを基本としたトレーニングも欠かさずやってきた。持久力も、十分にある。
そんな俺が全力疾走で30分も追い続けてるのに、デノンカシカは一向にスピードを緩める様子はない。
手足をピンと伸ばし後進するかのような、走り方は実にまぬけていて、こちらを馬鹿にしているかのようにも感じ、かなり腹立たしい。
「クソが……だがこれなら…」
俺はそう呟くと、飛び移った木の枝の一つから、空色に輝く手のひらサイズの木のみをを手に取った。デノンカシカの進行方向を先読みして木に登り奴を待ち伏せる。
そして奴は予想通り俺の真下を通る。そのタイミングを見計らい、飛び上がり奴の背中にしがみき。木のみを叩きつける。 するとその樹の実はきつい柑橘系の匂いと赤色の汁を飛び散らしながら破裂した。
その瞬間、デノンカシカは急に立ち止まり、そのまま俺ごと身体をグルンと一回転させ、俺はまるで振り子のように宙を舞った後地面に叩きつけられた。
「ガハッ……」
そんな声を漏らしながら地面に倒れこむと、デノンカシカは再度俺に背を向け、森の奥えと走り出して行く。
「クソ…だが、これで見失うことはなくなった」
そう言って立ち上がる。デノンカシカはもうすっかりと目に見えない距離に行ってしまった。
200メートルくらいだろうか、兎に角それくらい奴に距離を作られてしまったが、慌てる必要はない。俺は目を閉じると、スンスンと少し、品のない音を立ててしまうが鼻を
ならす。
木々に遮られて姿は見えないが、匂いならそれは関係ない、俺はこの肉体に転生してから、生前とくらべものにならないほどの五感を手に入れ、それを磨いてきた。
位置はもちろんあそこまで特徴的な匂いをつけたデノン可視化なら、距離まで把握できる。
「ド正面400メートル。…撒けたと思って止まってやがるな…だがそうはいかねぇぞ」
俺はニヤリと微笑むと、奴のいる方向へ再び追跡を始めようとした時だった。
「待って…ライナズちゃん!」
そう聞こえると同時に俺の目と鼻の先に、ロメスティが現れ俺は慌てて後ずさった。
「うわっ!なんだよ!」
俺がそう叫ぶと、彼は言った。
「ライナズちゃん…デノンカシカは見つかった?てかまだ追いかけてる途中?」
「だったらなんだよ」
オレの問いに彼は眉を潜めて言った。
「気を付けて…今回は少々ツイてないような予感がする…」
「どう言うことだ…」
俺がそう尋ねると、ロメスティは答えた。
「アイツは普通じゃない……キミが出した分身…全て返り討ちにあったでしょ?」
「あぁ……だが、それがなんだ?」
俺はそう答えると、ロメスティは続ける。
「君も知ってると思うけど、デノンカシカは繁殖力が強くて、薬や食材にも重宝するから、私は冬が来る前に、15体ほどの群れを狩るんだ…奴らはどんな時も群れで行動する習性があるからね…」
「あんな山みたいにバカでかい奴らが、群れで行動してるか……?
…っ?! いつも群れで行動するなら、俺が今追っている奴は?!」
オレはそう叫ぶとロメスティは答えた。
「そう……奴は初めから一体で行動していた…。奴を見つけた時、警戒心が全くなく、更にはは欠伸をして、寝ようとしていた。したがってはぐれたわけでもない…。まるであの個体だけは初めから一体で行動していたように…」
「生態が変わったって言いたいのかよ…それも、一年をまたいで急激に」
この世界では、【一ヶ月】にあたる単位は【
前世で暮らしていた世界に比べて、はるかに日数が多い…がそれでもたった一年で生物が持つ性質をこれほどまでに大きく変化させられるわけがない。
そう確信していた時だ、ロメスティは俺に言った。
「話を戻すけど…ライナズちゃんの分身が倒されちゃった時のやつの動き……明らかに違和感があったんだ」
「違和感?」
オレはそう尋ねると、彼は答えた。
「まず…疾すぎるんだ……うん…デノンカシカは確かにこの森の中では、そこそこ強い生物なんだけど…
いくらなんでも、あんな速度で動ける生物じゃあない……」
「どういうことだ?お前が視たとおり俺の分身は全員やられたんだ……
あれはどう考えても」
オレがそう言いかけた時だった。この大地が揺れたのは、ものすごい轟音とともに激しい地震が起きたのだ。
「な……なんだ?」俺はそう言って辺りを警戒する、だがロメスティは言った。
「あのデノンカシカは明らかに外なるものの干渉を受けている……」
また理由のわからないことを…
「外なるもの?……なんだそれ」
オレはそう聞くと、彼は答える。
「それは『
それは場合によって世界の法則すら作り変える事が出来るらしく、そいつらは僕達の住まう世界に来ては別世界の住人を召喚したり、その世界の法則を上書きしたりと、兎に角…目的が分からず神出鬼没な存在でね……」
「へぇ……そうなのか?じゃ……じゃあデノンカシカも…というかこの森の一部も来侵神とやらの干渉を受けて、生態が捻じ曲げられているたってことか?」
そう聞くと彼は頷く。
まるで、SFホラーだな…。
待てよ一つ気になることがある。外なる住人の召喚? もしかしてオレもその『来侵神』ってやつに召喚されたのか?
そんな事を考えていると、地震はやんだ。
「 ライナズちゃん…悪いけど先に帰ってて…事態は変わった」
「断る」
俺は即答した。
「わかってるでしょ?これはもう、普通の狩りじゃない…私とてここから先、ナニがこの森に潜んでて、出くわしたらどうなるのか定かじゃない。もうライナズちゃんの手におえるような事態じゃないんだ」
ロメスティの言っていることは最もだ。
確かにあのデノンカシカの背後に得体のしれないおぞましい何かが存在しているとわかってる以上、力不足のオレは、ここで身を引いた方がいい。
いつものオレなら、この状態じゃすぐに尻尾巻く判断に切り替える、実際に今でも、引けるなら引きたい。
だが、かんじんのソイツの正体はオレと同じ外からの来た存在、つまりはオレがこの世界に転生したことについての謎、その鍵を握っている存在であることは、間違いない。
もしかすると、世界を越えられる存在なら、オレをこの世界に転生させた存在に類するもかもしれない。
つまりオレがこの世界に転生した経緯を知っているかもしれない奴あるいはオレを召喚した存在かもしれん。
この世界を記していた小説の主人公であり、本当にこの世界があの小説の中の世界そのものなら、オレの他にいるもう一人の転生者がいる。
【アルテリア・リプス・バルテルド】
あの小説の主人公だ。
だが、コイツを探す必要はなかった。 オレはあまりのあの小説は読んでなかったが、物語のとおりに進むなら、いずれは巡り合う。オレはヒロインだから…。
だが来侵神とやらは違う。うかうかしてられない。
「そうだとしても、ロメスティ。オレもこの森の住人なんだ…俺には危険過ぎることもは承知だ。 だけど、オレもこの森に侵食している異変を、この目で解き明かしたいんだ」
オレは必死に、言葉を選びながら彼に訴える。
するとロメスティは顎に手を当てたり、頭をかいたりしで、あからさまに暫く悩んだような仕草をしてから言った。
「分かった……ならこうしよう……私がデノンカシカを追うからライナズちゃんは、離れてついて来て……」
「分かった」オレはそう言って、ロメスティの後ろを暫く走ってついて行くことにしたが、彼は突然その足を止めた。
「どうした?」
オレがそう聞くと彼は答えた。
「いや……この先にデノンカシカがいるんだけど……やはり…かなり雰囲気がおかしくて……」
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