第3話 初めての狩り

8年後



スゥ…とゆっくりと息を吐いて右手に持っている、古びた分厚い本を徐ろに開く。


ここは、スルーンの森だ。

そしてオレがいるこの場所はユウルーンの森に生えている樹高420メートル樹齢30000年を超える巨木の上に立てたツリーハウス。


謂わばオレだけの秘密基地だ。


部屋一面も中にある簡易ベッドや作業机も1からほぼ全て木材で手作りしたため、心地よい木の香りがする。


オレは息を止めて、右手に開いたままの本を持ち左手を前に開いてかざした。


「ルネクロハ」


そう唱えるとオレの目の前に、小さい魔法陣が現れそこから、一人の幼い少女が現れた。


その少女は、宝石のように鮮やかで美しい赤い色の髪と赤色の瞳を持っていて、自ら言うのは憚られるが幼い顔ながらも既に美少女の片鱗を伺わせている。


憚られるというのも、コイツはオレの分身で見た目はオレと瓜二つなわけだから、自分で言うのもなんだがオレの見た目は控えめに言って美少女だ。



「よし、媒介がないにしてはかなりいいんじゃね?」


オレは目の前でオレを見つめる分身を前に思わずガッツポーズをする。


「クオリティは完璧。この分だと、20分は持つし、その気になれば3体以上も可能だな…。次はそれもやってみるか」


オレは微動だにさせていない分身を観察しながら、そう呟いた。


ロメスティにも内緒で(別に内緒にする必要はない)魔法の特訓を始めてから、3年がたったが、この特訓はかなり順調だ。


だがまだ足りない。オレがオレ自身の命を護るためには、まだ全然足りない。


…オレはこのまま行くと将来どこかしらで、【酷い死】とやらを迎えることになる。


それは、オレ自身が読者に嫌われるキャラだからだ。


前世で竹中が言っていた話だと、このオレ、【ライナズ・フレーバーフレスト】が嫌われていている一番の原因は性格ではない。


一番は弱さ。辿る運命に対して純粋な戦闘能力の不足。仲間の足ばかり引っ張り、酷い時にはその仲間を危険に晒す。


だがそれは裏を返せば、死ぬほど努力して強くなり、この物語に……この世界にいる誰よりも強くなれば嫌われその運命から逃れられるということだ。


最も強くなりたい理由はそれだけではないが。


「よし!やるか」


オレはそう呟くと、分身を再び魔法陣の中にしまい、本を開いた。そしてまた魔法の練習を始めた。


そんな時だ、かすかにこのツリーハウスの下から叫び声が聞こえた。


「やべぇ!」


オレは慌ててツリーハウスの窓から顔を出して下を覗いた。


「お嬢さま〜!ライナズお嬢様〜どこですか〜」


叫び声はオレのお世話係のメイド……メナゼルのものだ。彼女は魔術を使い氷出できた羽を生やして飛びながらこの森中を駆け回るようにして、オレを探し回っていた。


「メナゼル!ここだ!!」



「あっ!お嬢様!!またこんな所まで来て、危ないですよ!!」


メナゼルは、オレを見つけるなりそう叫んだ。


「だって……このツリーハウスから見る景色が綺麗で……つい」


そんな言い訳をオレはした。すると彼女は少し困った顔をしながらこう答えた。


「確かにこの木は、このユウルーンの森の中でも1番高いし見晴らしもいいですけど……というか、いつの間にこんなきれいで広い小屋を作ったんですか?ていうかどうやって登ったんですか?いつの間に飛行魔術を?」


「質問が多いよ……。普通に登ったよ…唱えるよりよっぽど速い」


「えぇ?!この高さを木登り?しかも詠唱よりも早いって…。相変わらず凄いですね……ライナズお嬢様は。はい!手を出して下さい」


メナゼルはそう言って、オレに手を差し出した。オレはその手を握るとメナゼルは「よいしょっ!」という声と共に当たり前かのようにこの300メートルはある高さから飛び降りる。


すると彼女はすぐさま俺の体に怪我がないか確認をしてくる。


「うん……どこも異常はないみたいですね。」


「ん…それで?もう昼食?」


オレは木の上から見える空を見て、メナゼルに聞いた。まだ時刻は朝だ。


「いえ…ロメスティ様がお呼びです。お嬢さまを呼んで来なさいと」


「そう……か。ロメスティが」


オレがそう答えると、なぜかメナゼルは頬ぷっくりと膨らませた。


「もう!お嬢さまったら。ロメスティ様のことはいい加減【お父さん】もしくは【パパ】って呼んで上げないと…落ち込んじゃいますよ」


「やだよ…」


オレは即答した。するとメナゼルは「えー?どうしてですか」と聞いてくるので、その理由を説明しようとしたが…


「……なぜだろうな…なんかヤダ」


メナゼルに聞かれたオレはそうとしか答えられなかった。


「もう!……まぁ、いいです。ロメスティ様のところに向かいましょう」


メナゼルはそう言うとオレをお姫様抱っこして飛び始めた。

オレはその事に対して少しの抵抗も見せることなく、ただされるがままに彼女の腕に身を委ねる。


そしてそのまま彼女は森の奥にある、このツリーハウスから少し離れたところにある大きな屋敷までまで飛んでいったのだった。


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「待ってたよ ライナズちゃん」


屋敷の中に入ると靴を脱ぐ前にこの屋敷の主である、ロメスティが飛び出してきて、俺に抱きついた。


「ちょ…やめろよロメスティ」

オレはロメスティにそう抵抗したが彼は「嫌だ!」と言って、オレを離そうとしない。


「もう!……ロメスティ様?お食事の用意が出来ましたよ」


そんなロメスティに対してメナゼルがそう言うとようやく、彼はオレの体から離れてくれた。


「うん、ありがとうメナゼル。それじゃあ行こうかライナズちゃん?」


そう言って彼はオレに手を差し出した。オレはその手を握り返すと彼と一緒に食堂まで歩いて行くのだった。

この屋敷はオレが生まれた頃から住んでいる。


住んでいるのは主人であるロメスティと、一応扱い的にはその義子であるオレと、ロメスティの従者であるメナゼルの3人しかいない。


にも関わらず屋敷の広さは、3人だけで住むにはあまりにも大きすぎて、広すぎる。


だが、そもそもこれはこの屋敷だけに言えることではなく、この世界そのものが馬鹿げたスケールのデカさをしているのだ。


例えばこの屋敷はユウルーンの森という、大森林の中にあるがこの森の面積はざっと10,000,000キロメートルくらいもある。


この面積はオレの前世で例えると、ユーラシア大陸の五分の一ほどであり、日本列島の3倍ほどの面積がある。


まぁ、最も目がいいことに加えて、飛ぶだの、魔術だの、この世界の特有の、歩き以外のぶっ飛んだ移動手段が余りにも早すぎて、その広さを対して感じたことはないのだが…。


「ライナズちゃん…実はね…今晩私…家にいないから…聞いてる?」


ボーっと食事を口に運ぶオレにロメスティはそう語りかけた。


「え?……あ、ああ!聞いてるよ……ちょっと考え事してて」


オレは少し詰まりながら答えた。そして再び食事を食べ始めるとまた彼は話し始める。


「今晩なんだけど……そろそろ街のエルフたちに送っている、完来療用薬の原材料がキレてね…それにもうすぐ長い冬も来るから…厄介なやつだけど狩らなきゃいけなくてね」


ロメスティはそう説明してくれた。


「あ……そうか」



「ん?どうしたのライナズちゃん?」

「い……いや別に」


そんな会話が終わるとロメスティは食事を終えたようで、ゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ私はもう行くから……」

「待って!」


そんなロメスティを見てオレは思わず叫んだ。


「どうしたのライナズちゃん?」


「オレも…連れて行ってくれ…」


オレは一瞬躊躇ったものの、引き止めたロメスティにそう頼んだ。


周りの空気が一瞬硬直する。


オレの言葉にメナゼルもロメスティも、驚いたような顔をしていた。


「え……?な……なにを言っているんだい?ライナズちゃん……流石にそれは出来ないよ…厄介な奴が相手だって言ったでしょ?」


最初にロメスティがそう答えた。メナゼルも驚いている様子で黙っている。

オレはそんな2人に対してこう頼んだのだ。


「頼む!足は引っ張らないから…どうしても…狩りも出来るようになりたいんだ」


「……いや…、そんな事言ったって…困ったなぁ」 


ロメスティはそう頭を抱えた。だがその時、黙っていたメナゼルが以外な事を口にした。


「いいんじゃないですか?ロメスティ様」 


「……え?メナゼル……お前」


「はい、私は賛成です。確かにこのユウルーンの森は危険な場所ですが、それでも…ロメスティ様も知っているでしょ?」


メナゼルはロメスティに対してそう言った。すると彼は「何を?」というので、それに対してメナゼルは再び口を開く


「メナゼル様は日々…私たちに隠れて魔術やら何やらの特訓をしてみるみる強くなっています」


「ちょ…おまっ!」


メナゼルは突然、オレの秘密をロメスティの前で暴露した。


「え?そうなの?」 


そしてそんなオレに対してロメスティもそう聞いてくるのでオレは……

「あ……いや……それは」と口ごもった。


するとメナゼルがまた喋りだす。


「はい…朝から屋敷を飛び出して、サバイバル術や体術や剣術を…魔術に関しては夜な夜な図書室に忍び込んでは、ロメスティ様が三万年かけて集めた魔術に関する本をこっそりと盗んで読んでいるんですよ」


「メナゼルーッ!!!」


オレは彼女の言葉を必死に止めようとした。だがメナゼルは構わずロメスティに言葉を続ける。


「それに、それでもまだ力不足だとしても…ロメスティ様ならライナズ様を守りながらでも狩りの一つくらい造作もないでしょ?」


「はぁ~相変わらずのせるのが上手いねぇ。わかったよ……。じゃあライナズちゃん…着いてきて!支度するよ」


ロメスティはそう言うと席を立ち上がって、食堂から出て行った。

オレも慌てて彼のあとを追うとメナゼルも後ろから着いてくる。


ロメスティに着いていくと、そこはキレイに手入れされた大きな倉庫だった。

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