Spirit IV——精霊(4)
「勘違い?」
トゥレットが眉根を寄せる。
「聖気と邪気の話もしたからね。人間のせいだからって思ってたんじゃない?」
「だって、そうだろ?」
ピリトの方をちらと見る顔が苦しみに歪む。そんなトゥレットをピリトがやんわり宥めた。
「何度も私の過失だって言ったじゃない」
穏やかで落ち着いた言葉をかけられたのに、トゥレットは、険しい瞳のまま視線を落とした。
「人のせいだろ。俺たち人間は、自分たちのことばかり考えて。精霊に助けて貰ってるのに、有頂天になって精霊を苦しめることにもなった。普段、助けられてる存在に汚れを与えるなんて……」
「自分の
「お前、馬鹿だな」
容赦ないひとことにトゥレットは顔を上げてむっとする。それに構わずディレスは続けた。
「ピリトが自分の過失だって言ってる。その気持ちを受け取ってやれよ。それに、お前達は他を犠牲にしているだけではないだろう?」
「それだけだろう」
唇を突き出し、聞き分けのない子供みたいな返事だ。
「違うな」
ディレスはきっぱりと言い放つ。
「犠牲にしているだけじゃ生きられないよ。誰か別の人やものを助けてるから生きてるんだ。他のものを支えてやってるから、そっちも力をくれてるんだよ」
ちら、とディレスがララナを見遣った。つんとしているけれど恥ずかしそうな顔だ。
何を思ったのかわかって、ララナはくすりとなってしまう。もうララナが無理やり引っ張ってこようとした時の情けない顔じゃない。
「それにね、トゥレット」
今度はピリトが、草色の瞳でトゥレットの顔を覗き込む。
「必要とされていなければ、それらは喜びを感じられないわ。私たちも、森も、風も、陽も、人もね。必要とされているから存在する。神様が命をお造りになり、そして神様がお造りになった私たちの力があってこそ、生きとし生けるものは存在している。そしてこの町の人たちは、そのことを分かってくれている。だからお祭りがあるのじゃない?」
祭りはトティーナの由緒あるしきたり。ララナたちが知らない、ずっとずっと古い時代から、途切れなく続けられてきた。
それはきっと、自然の精たちと、人間たちとを繋いで。
「私たちは大切に思われていることが嬉しい。だから人に力を貸している」
過剰な犠牲や依存は良くない。でも、人は何かを犠牲にしたり、頼らないと生きられない。だから、何かに頼る代わりに、自分も必要な存在になろうとし、感謝もする。
「忘れてはならないのは、両者の気持ち。自分が犠牲にしてしまうものの尊さを知ること。そしてそれを使うことの意味を知ること。そして使わせてもらうことへの感謝の気持ち。それを大切なものと思う心。それさえ、忘れていなければ」
森は、風は、陽は、きっと力をくれる。
「一人で全てを背負い込んじゃ駄目だな」
この世界には、暖かい笑顔がある。それは万物に宿る精のもの、人のもの、聖気のもの、存在する全てが持つもの。それらの笑顔のために、全ては動く。
「トゥレット、頼りすぎはいけない。けれども支え合えればいいの。助けて貫ったら助けてあげれば。ここの人たちにはそれが出来る。それを知っている。だから私たちは存在している」
ピリトの言葉は、流れていく水のよう。気持ちよくて、身を委ねたくなる心地よさ。かたくなになってしまった心も、自然とほぐしていく。
それを黙って聞いていたトゥレットは、ぽそりと呟いた。
「でも、全部取ってしまった聖花については、謝らせて」
「それじゃあ、人間の一人として、私もだわ」
トゥレットが頭を下げたのを見て、ララナも並んで頭を下げる。
「ごめんなさい」
声を揃えた二人を前に、ピリトは目を細めた。
「大丈夫だから顔を上げて。そうね、その気持ちは、しっかり受け取ったわ」
顔を上げてララナははにかんだ。トゥレットも、ようやく笑みを浮かべる。ディレスも笑っている。
「トゥレットにね、色々と運んでもらったの」
ピリトがまた話し出す。
「夜露を溜めた葉っぱとか、陽の光を浴びた花とか、少しでも清い力をためているものを沢山。でも、それだけだと足りないくらい力を使っちゃったのよね」
もしかして、とディレスが身を乗り出した。
「聖気の羽根も、か?」
ゆっくりと、ピリトは頷く。
「本来人には見えないのだけれど、見えるように
細い指が魔法をかける杖みたいに、クルクルと宙に円を描いた。
「そういうわけで、落ちているあなたの羽根を集めてきてもらったの。そしたら、この通りよ」
さっきの光の原因だと説明されて、ララナは納得する。ディレスの背にあるのと同じ、輝かしい羽根が集まった光だったから、あんなに大きくなったのだろう。
「ディレスの聖気の力が発せられたのだから、凄い光だったでしょ? 見えた?」
ララナは大きく頷く。あんなに綺麗なものの力なのだから、きっとその威力も凄いのだろう。ピリトだって、その力を受けたから復活できた。
「どうりで羽根が道に一つしか落ちてないはずだよ。焦った……」
「ディレスが頑張って仕事してくれたおかげもあるわね。沢山落ちてて良かったわ」
「でも、羽根が無くなっちゃったら浄化作用はどうなっちゃうかとか心配にならなかったんですか? ディレスは浄化したあと羽根がそこを守る期間がわからないって」
会話を聞きながら、ララナは首を傾げた。ピリトはなんでもないように言うが、ディレスの慌てようとはずいぶん違う。守護の力が切れたらとか、考えなかったのだろうか。
そう疑問をぶつけると、ピリトは朗らかに返す。
「今は祭りの休息期間でしょう。この期間のトティーナはね、人々が一年で一番、プラスの気を持つのよ。祭りが皆の祈りと感謝のしるしなのがその証拠。だから、祭りの間は大丈夫」
「大丈夫って、そんな簡単に言えるものなのか」
まだトゥレットは半信半疑のようである。しかしピリトの瞳は優しく和らいで、ディレスの羽根にそっと触れた。
「言えるわ。この羽根がなくたって、トティーナの人たちは優しいもの。多少の喧嘩が起こっても、祭りをちゃんと行おうと思うからでしょう。少し話し合いをすれば、喧嘩の後はとてもいいものができる。私たちはそれくらい人間を信頼できる」
それに信じて少しは人間自身の力に任せてあげないと、また下手に力をあげすぎちゃうから、とピリトは付け加える。
その横でディレスが長いため息を吐いた。
「そういうことなら神様、先言ってくれ……何しろ、ホッとした」
大きな翼をだらりとさせて胸をなで下ろす。全てが明らかになってやっと力が抜けたようだ。そのまま地面に寝転がってしまった。
「寿命、縮まる……」
すぐさまピリトがからかった。
「聖気に寿命は無いでしょう」
そんな二人のやりとりを聞いて、トゥレットとララナは吹き出した。
空には満天の星。地上には聖気と聖霊の清らかな光。
いま、森の毎年の行事が、いつものように始まっているのだろう、とララナは伝説の一説を思い出していた。
トゥレットも同じ気持ちだったのかもしれない。二人で顔を見合わせ、同時に立ち上がる。そして揃ってディレスとピリトに向かい合った。
「じゃぁ、私たちは帰ろうかな」
天使と精霊、二人だけの約束の時間は、二人だけのもののはずだ。
「毎年のことなんだろ。楽しんでくれよ」
笑いかけ、踵を返して森の入り口ヘ歩き出す。
「ララナ! トゥレット!」
少し行ったところで、明るい声が足を止めた。ディレスとピリトが手を振っている。
「ありがとう!」
離れた位置からでもわかる。顔に喜びが溢れていた。ララナもトゥレットも、お礼を言いたいのは自分たちの方だった。
自分は誰かの力になることが出来た。それがこんなにも、胸を温かくする。
再会の挨拶はしない。
多分、また会えるのだから。
「天使ー!」
いきなりトゥレットが叫び、おや、とディレスが首を傾げる。
「倒れてるときに助けなくてごめーんー!」
返ってきた返事には、呆れ笑いが含まれていた。
「気にして無いぞ― !」
「ララナー! 聖気はな、嘘つかないんだぞー!」
いきなり何、と思って振り返ると、ディレスが翼をピンと張って叫んでいる。
「正直になれよー! 『でも』も『だって』も無しだからなー!」
一瞬、意味が分からなかったが、思い至って苦笑がこぼれる。見透かされていたか、と思うと少し悔しい。
でも嬉しかったから、お礼のつもりで手を振り返す。
見送ってもらっているのが分かる。あえて後ろは見ないで走る。きっとまた会えると信じているから。
向こうも信じてくれてると思うから。
もう友達だから、相手も、自分も信じている。
森を抜けたら、月が見えた。少し欠けた、満月の一日前の月。
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