Spirit III——精霊(3)

「私の仕事は草木として生きる生き物全ての統率。彼らに指示を出し、彼らを育む。とはいえ、育つのは彼ら自身で、私はそれを少し手助けするだけなんだけどね」

 苦笑するピリトの声は軽い鈴みたいだ。

「昨年のお祭りが終わってから、私、妙に張り切っちゃって。みんなに力をあげすぎてしまったのよ。自分の力のほどをちゃんと分かってなかったから。後のこと考えられてなかったの。だから森の中も外も、果実や葉っぱたちはよく育ってくれて、みんなで大喜びしたの」

「あ、みんな言ってました。今年は作物も森の果物もよく獲れて、町の人たちはすごく喜んではしゃいでるって」

 そう、とピリトは頷く。

「私、力を使い過ぎちゃって一年の最後の方——私たちの一年なので、祭の前ね——生き物たちの統率が大変で。それに人々の活気がすごく強くて。人々の気持ちは精に伝わるのよ。私も本来なら、少しくらい力が足りなくても大丈夫なんだけど、今年は人間たちの活気が色んな精に伝わってしまってね」

 ララナは直感した。

「陽の精にも?」

「そう。暑かったでしょう。それでね、私を助けてくれる子たちまでまいっちゃって」

 ピリトは肩をすくめた。

「聖花が枯れたのか? なるほどね。だからここに一つも咲いていないのか」

「聖花?」

「町で装飾に使う花だよ。本来なら森の中にも咲いている」

 ララナの問いに答えたのはトゥレットだった。

「事は二段階だったわ」

 続きをピリトが話す前に、トゥレットが先を継いだ。

「いつもになく多く咲き誇った聖花だったから、大喜びした人間たちが森の外側に咲いているものを飾りのために全部取っていってしまったんだ」

 少し怒ったような苛立ったような声だ。やっぱり変だとララナは思ったが、ピリトはただ笑って説明を続けた。

「みんなが喜んでくれたことそれ自体は嬉しかったんだけど……活発になった陽の精の力によって、この広場の聖花も全部枯れてしまったの。それだけではなくて、人間たちの気持ちが精に伝わるのと同じで、力を増した色んな精たちの想いが人にも伝染してしまったのよね。明るい星の精や前向きな朝露の精だけならいいのだけれど、ちょっと落ち込み気味な土の精も、心配性な雨の精も、たまに癇癪起こしちゃう嵐の精も」

 自然の精たちの昂った気持ちは、人間たちの心に影響する。人々は喜び、積極的になるだけではなく、ちょっとしたことで不安になったり、泣きそうになったりしてしまう。

 言葉を切ってから、ピリトは折った膝を軽く抱えた。きらめく布がふわりと揺れて、微風がピリトの髪を撫ぜる。

「人も自然も、お互いの様子に敏感に反応してしまうの。それくらい、人と自然は近いのよ」

「なるほど、です」

 そういえばここのところ、わけもわからず腹が立ってくることが多かったかも、とララナは思い返す——怒ってしまうのを自然のせいにしてはいけない気がするけど、と少し反省しながら。

 しかし力が過剰になってしまった状態では、トティーナの町の均衡がどんどん崩れてきてしまう。普通ならば精霊が自然に呼びかけて均衡を取り戻すのだが、その力もピリトには残っていなかった。

「本来、私は力が足りなくなったら、聖花から力を分けてもらうのだけれど、それも出来なくて」

 森の精霊は森から出ることはできない。ピリトは意識を自分の分裂体として森の外へ飛ばした。聖花が残っているところを探したが、全て町中の飾りに使われてしまっている。枝から離されてしまって、花の力は半減していた。

「ララナさんのお店の前も通ったのよ。びっくりしたわ。ディレスと、私にそっくりな人間がいて」

 人間の中には天使や精霊と魂を分かち持って生まれてくる者がいる。魂に共通項が少しでもあれば、精霊や天使と引き合うはずだ。意識体だけでは声をかけることはできないが、運良く森まで来てくれれば、と希望を持った。

「結局、森まで戻ってきたら意識体を飛ばす力も回復しなくてね。魂の引力も足りなかったかもって、ほぼ絶望的だったところにトゥレットが来たの」

 ララナは驚いてトゥレットの方へ首をぐるんと回した。まんまるの目で凝視されて、トゥレットはため息混じりに口を開く。

「市場に食材を取りに行くところだったんだ。肉が手に入らなくなってたから、森のことちょっと気になって。森の入り口まで近づいてみたんだ。そしたら、ピリトに呼ばれた。で、俺は風の精に押されて、この広場に辿り着けた」

「トゥレットに助力を頼んだの。そして、私に人間の汚れを与えないように、彼にじゅを施したわ。でも、そのじゅはすごく強いから、施すのに制約が必要だったのだけれどね」

 ララナとディレスは、揃って首を傾げた。ピリトは真剣な面持ちで、両手の人差し指をそっと交差する。

「天使と会ってはならない」

 トゥレットの声は小さくて聞き取るのがやっとだ。

「このじゅはね、彼が聖気に会ったら、本来なら休息期間で汚れを撥ね付けるはずの聖気に、汚れを与えてしまうようになるの。私に汚れを与えないかわりに。ああディレス、もう大丈夫なんだけど、今は。そんなに下がらないでよ」

 後じさるディレスに笑いながら、ピリトは手招きする。

「トゥレットが来る前も、来た後も、風の精は他の汚れが入らないように、森を封じてくれていたの」

「ちょっと待て」

 デイレスが口を挟む。

「どうして聖気の俺まで入れなかったんだ?」

 ディレスの顔には怒気があらわだった。沸騰しそうな感情を受け止めて、ピリトはもう一度深く頭を下げる。

「ごめんね。でもディレスに会えば、私は力を得るために、否応いやおうなしにあなたの清さを吸ってしまったもの」

「そんなの別に構わねえよ。拒絶されたかと思ったんだよ?!」

「でも私は、自分の過失のせいで、しかもその過失を埋めるために、ディレスを邪気に近付けるのは嫌だわ」

「友達のためなら邪気になることもいとわないよ。分かってるだろそんなこと!」

「分かってるからこそそれを避けたかったのよ! ディレスが良くったって私が嫌だって言ってるの! 友達だからこそ嫌なのよ!」

 ピリトの気迫に押され、ディレスは黙り込んだ。まだ何か言いたそうにはしていたが、ピリトを見つめたまま待っている。

「トゥレットは凄く頑張ってくれたんだけど、妙な勘違いをしたらしく」

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