Spirit II——精霊(2)

 精霊は森の中心にいる。

 聖域である広場を取り巻く草木の中に、花はない。

 精霊の力は萎え、いまとなってはほとんどないに等しい。森の全て木は、精霊の指示で動く。

 しかし、ひとつだけ例外があった。今、精霊の精神体は消え入る一歩手前までになっていた。風の精は、精霊の心を察する。余力で、みずから働く。精霊を助けんがために。

 彼らは精霊の守護に努めた。

 彼らの主の力が、これ以上弱くならないように。森は清らかな光を抱えた訪問者を迎え入れ、広場まで連れていく。

 森の中心で、光がはじけた。




 ********




 ララナとディレスがいたのは、森の入り口だ。突然、闇を裂く閃光が森の深部から瞬きの速さで空間を突き抜け、刹那せつな、二人の視力を奪った。

「ララナ、中心からだ!」

 ディレスが立ち上がり、翼を広げる。

「日付が変わった!」

「掴まって!」

 ララナがディレスの背に掴まる。それを確認してすぐさま、ディレスの身体は斜めに宙に浮く。気づけば、さっきまで座っていた道に沿ってディレスは猛スピードで飛んでいた。

 木々が横で通り過ぎていく。夏であるのに、青々とした草の間には今の季節に咲くはずの花がひとつもない。祭りの飾りと同じ、祭りに彩りを添える花々が。

 ——どういうこと?

 ディレスに聞きたかったが、あまりの速さで向かい風が強くて、ララナは口を開けなかった。

 もはや風のうねりしか聞こえない。ディレスの翼が起こす風。しっかり掴まっていないといまにも振り落とされそうだった。

 目の前はもう、枝がしなってできた木の門。

「ピリト!」

 ララナの足は地面に着いていた。ディレスは駆け出している。その向こうに見えるのは、髪の長い痩身の女性。真昼の空のように明るい水色の髪を風に靡かせ、広場の中央に立っている。衣は純白。闇の中で輝き、あたりは光に満ちていた。瞳は緑。森の息吹。朝露に光る草の色。

 その風貌は、トゥレットにそっくりだった。ララナと同じくらいの背丈で、見るからに女の子である。しかし、その顔の作りはララナの良く知る顔にそっくりだった。

 その少女の横にもう一つ人影があった。少女が放つ光に照らされて、濃紺の瞳が光る。

 他の誰でもない。トゥレットだった。

「あ……どうしているのよ……」

 ララナの舌がうまくまわらない。

「ララナ?」

 トゥレットの方もまた、驚いているようだった。

「ごめんなさい、ララナさん。私から説明するわ」

 掛けられた声は少女の、ピリトのもの。心の中に直接語りかけてくる澄んだ響きだった。強くて凛とした音が木々の中でこだまする。

 ピリトに手招かれ、ララナは三人の元へ歩み寄る。最初にピリトが大木の幹の元に腰を下ろし、他の三人もそれにならって座った。

「まず、ディレスに謝らなくちゃいけないわね。ごめんなさい」

 ピリトは頭を下げる。ディレスはわけが分からないといった風情で彼女を見ていた。

「ララナさんにもご迷惑をおかけしたみたい。ごめんなさいね」

 はあ、とララナは答える。

「ことの始まり、馬鹿な私の恥さらしから始めるわね」

 一同を見回し、ピリトは話し出す。

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