最終章ー3 おさかなの髪飾り

 高岩がノートパソコンをとりだし、動画を再生した。動画は約四十分、理央と和彦に対して、三つの選択を迫る小田切が写っていた。小田切は黒づくめの服装でカラスの面を被り、ボイスチェンジャーで声を変えていたが、最後にその面を外したので、それが彼女だとわかった。

「春菜を含め私達の計画では、彼らが2以外を選択した場合、殺すつもりはありませんでした。少なくとも、これで春菜への暴行は止むだろうと考えたからです。その場合、全員、自首を考えていました」小田切が言った。

「だが、二人とも2を選択した……最後まで腐った連中だったってわけか」北守がため息をつく。

「なぜカラス? 何か意味が?」

「いえ、大した意味はありません。私が子供の頃、まだ父が優しかった頃、親子三人でよくカラスの歌を歌いました」

「バックの中身、あの札束は?」

「フェイクです。わたしが用意しました」仁菜が答える。

「拳銃は?」

「勿論おもちゃです」と小田切。

「ナイフは?」

「二本とも政男のナイフです。投棄したナイフは、わざと政男の指紋を少し残し、理央の血を付着させました。万が一のため、和彦が理央を刺したナイフは私が保管しています」小田切が説明した。

「万が一?」

「はい。もしこの犯行がうまくいけば田之上政男は服役することになる。でも、いつかは釈放されます。冤罪で服役した政男の怒りの矛先が、春菜と仁菜ちゃんに向かう事は想像に難しくありません」

「そのためにあのナイフか……たしかに、理央を殺したのが父親なら、怒りのぶつけようがないか」

「それでも、誰があのナイフを投棄したのか? だれが和彦を拘束したのか? 長峰芳江さんが目撃した人物は誰なのか? という疑問は残りますが……」小田切がつぶやくように言った。

「目撃者と言えば小田切さん、あなたは長峰芳江さんが毎朝七時に庭に出て体操することを知ってましたね」

「はい。春菜から聞いていましたから。だから、高岩さんのアリバイの確保。ということ以外にも、犯行は朝にする必要があったんです」

「あなたと政男の身長はあまり変わらない。でも体格はあまりにも違い過ぎる。バレるとは思わなかったんですか?」

「長峰さんは軽い近眼で、普段はよく眼鏡をかけていますが、体操の時は外すんです。」春菜が言った。「更に、わたしは何回か長峰さんと立ち話をし、それとなく政男のジャンパーのことを話題にしました。あのジャンパーは特別なもので、手に入れるのに苦労していたとか、あの刺繍の飛行機はなんだとか。あんなものに大金を払うのが信じられないとか。そしたら長峰さんも自分の持っている革ジャンのことを話題にしました」

「つまり、元々印象操作をしていたと」

「そうです」と春菜。

「何重にも重ね着をすることで、上半身は簡単に肥満体にすることができましたが、下半身は難しかったです。でも彼女は確かに政男だったと証言してくれました。警察が犯人に目撃者の個人情報を教えることはありませんよね?」と小田切。

「ああ、状況によるが、基本無い」

「あの日、まさか長峰さんが海外旅行に行くとは思っていませんでしたが……」

「政男は起訴されましたが、裁判で無罪になったらどうするつもりです? まあその可能性は低いが」

「それはしょうがありません。でも、少なくとも春菜への暴行はなくなりました。政男一人くらい、私と春菜なら簡単に撃退できます。でも、これから私はできなくなるので、仁菜ちゃんのことは春菜にまかせます」

「お姉ちゃん!」

 春菜が小田切を見て涙を流し、仁菜が春菜を抱きしめる。

「刑事さん、これも」

 そう言って小田切が二本のスマホを差し出した。


「どうして処分しなかったんです?」

「チップは抜いてありますが、見ていただければわかります。それで彼等の交友関係も解ります」

「小田切さん、それを見てどうするつもりだったんです?」

「いえ、どうするつもりもありませんでした。でも、もしその中の誰かが再び、春菜に接触するようなことがあればと思い、処分は踏みとどまりました」

「わかりました。そんなことは私がさせません」

 北守は小田切からスマホを受け取った。

「よろしくお願いします」

 小田切が頭をさげた。

「最後にもう一つ聞かせてください。小田切さん、生命保険については? それも計画のうちでした?」

「いえ。和彦が自分にかけた保険を解約したのは計画とは関係ありません。偶然です。私たちは最初からお金は目的にしていませんでした。むしろ春菜にお金が入ったら、春菜は世間から好奇の目にさらされます。興味本位でいろいろと調べ上げる輩も出てくるでしょう。そのほうを危惧していました」

「わかりました。小田切さん。そして皆さん、お話し頂きありがとうございます」

 四人は覚悟を決めたように、北守を見つめた。


 北守は、充分な間を取ってから高岩の方に向き直った。

「まず高岩省吾さん。あんたは理央を殴ったが、あんたが受けた傷、二十七年間という時間に比べたら、割に合わないくらいでしょう。勿論、これは警察官としての意見ではなく、私個人の意見だが」

「はい…………」

「次に鳥海仁菜さん」

「はい」

「あなたはただ政男を家に泊めただけだ」

「…………」

「小田切琴春さん。あなたの罪状は沢山ある―だが誰も殺してない」

「…………」

「最後に田之上春菜さん。あなたはこの事件に関して、少なくとも物理的には何も関与していない」

「…………」

 北守は再度、高岩に向き直った。

「高岩さん。海渡が骨折ってくれてね。アメリカにいるあんたの息子に連絡が取れた。是非あんたに会いたいって言ってるそうだ」

「え?」

「それに元奥さんも、どうしても謝りたいと、近々、家族で来日するそうだ」

「そんな……そんなこと……ありがとうございます」高岩が号泣する。

「鳥海さん」

「はい」

「鳥海良一さんは殺人を犯し、それをあなたと共に隠ぺいした。隠ぺいは褒められたことじゃないが、あれは正当防衛だった。そして既に良一さんは亡くなっている。今更蒸し返したところで誰も幸せにならない」

「あ……ありがとうございます」仁菜も泣き出した。

「小田切さん、金髪の小僧がこれを」

 北守は海渡から受け取った青木仁の連絡先を渡した。

「ジン君……金髪って……あのバカ……」

 小田切も泣いていた。

「春菜さん。あんたは立派な医者になって山崎先生の主治医になるんだろ?」

「はい……」

「小田切さん、その髪飾り、三人お揃いですね」

 それは魚の形をした髪留めだった。

「はい。昔、夜店で買ったものです。一個五百円だけれど三つで千円って言われたんです。私は水色、仁菜ちゃんには黄色、春菜には緑色のをあげました」

 北守はゆっくりと頷いてから立ち上がった。「さてと、そろそろお開きにしましょうか。今日はこれから天気が回復するそうです」

 そう言いながら北守が背伸びをする。

「刑事さんは私達を……私達に自首を勧めるため、ここに呼んだんですよね?」

 そう言いい、小田切が立ち上がった。

「罪の意識に心を痛めるならそれもいいでしょう。ですがそれで誰か幸せになりますか?

私は本当のことを知りたかった。それだけです」

 窓の外をみると雨足が弱くなってきている。

「実は私、最近物忘れが激しくてね……今聞いたことも全部忘れちまいました」


 北守外に出ると大きく深呼吸をした。

「今夜は海渡を誘って呑みに行くか」

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