最終章ー2 4人 ②
春菜が話始めた。「元々私は和彦も理央も殺そうと思っていました。中三から高校まで、月に数回、暴行は受けていましたが、勉強もさせてもらえたので耐えていました。でも、高三の時です。大学にいく必要はない。と理央に言われた時に決めました。大学に行ってしまえば―運よく地方の大学にでも行くことができたら? そうゆう期待も少しはあったんです。でもそうはいかなかった。だから殺すしかないと思いました。あいつらを殺して私も死ぬつもりでした。でも、具体的な殺害方法を考えていた頃、山崎先生が味方になってくれて」春菜の頬を涙が伝う。「大学に行きたくなったんです」
「春菜さん、あなたは高校時代、あえて地味に徹し、友達も作らなかった。誰かに頼ろうとは思わなかったんですか?」
「あまりにも世界が違い過ぎて……それに、あの人たちがどんな妨害をしてくるかと考えると、友達を作ってはいけないと思いました」
「それはまだ小田切さんと再会する前ですね」
「はい」
「その後あなたは、山崎先生の手助けもあって医大に合格した」
「はい。でも……大学に入っても何も変わりませんでした。大学一年生の後期試験直前、私は和彦たちから凌辱……暴行を受けている最中に体調を崩し、救急搬送されました。妊娠早期の中毒でした。処置後、田之上の計らいで別の病院に転院したのですが、そこにいた医師は田之上と共に、私を犯したことのある男でした。その時、一生逃れられないと悟りました。やっぱり、あいつらを殺して私も死のう。と再度、決意を固くしました。でも……」
「例の写真ですね? 仁菜さんの」
「はい。あれを処分しなければと思いました。画像は理央のスマホと、たぶん金庫の中。でもそれ以外にもどこかに隠しているかもしれない……それに、あの金庫は電子ロックで、番号を数回間違えると警備会社に連絡がいくようになっています。だからなかなか実行に移すことができませんでした。それから半年が経った頃、お姉ちゃんに再開しました」
「で、春菜さん、小田切さん、さらに高岩さんが加わって計画をたてた……鳥海さんは?」
「その頃、仁菜ちゃんはまだ高校生です。私は仁菜ちゃんと連絡を取っていましたが、私同様、仁菜ちゃんも春菜とは連絡が取れないと言っていました」小田切が言った。
「お姉ちゃんが、春菜さんが田之上家に行ってからは、何度手紙を書いても返事はありませんでした。新しい生活になって、友達もたくさんできて、わたしのことは忘れちゃったのかなって……園の他の子たちも春菜さんとは連絡とれないって言っていたので……園長に聞いたらお姉ちゃんは元気にしているって言われて……ほんとごめんなさい……わたし……わたしのせいで……」
仁菜が泣き崩れた。
「春菜さん、鳥海さんからの手紙はみました?」
「いいえ、見ていません。ポストには鍵がかかっていて、開けることはできませんでしたから」
「話を戻しましょう。ということは小田切さん、最初の計画に、政男は入っていなかった……」
「はい。入っていませんでした。というかそもそも、春菜も高岩さんも、私を巻き込みたくない。という意思が強く、全然話がまとまりませんでした。ただ、わかったことは、二人共、田之上を殺して自殺を考えていたということです」
「自殺ですか」
「はい。二人とも直接は口にしませんでしたが、私にはわかりました。だから、自殺は絶対許さない。もしそんなことをしたら、後悔に際悩まされながら私も必ず自殺するからって言いました。勿論、本気でした」
「はい……お姉ちゃんは、本当にそうすると思いました」春菜が言った。
「高岩さんは待つことができました。二十五年も待ったんです。でも、春菜の苦しみは一刻も早く何とかしたかった。ですが、春菜とは月に一回程度しか会えないし、計画といっても、なかなか具体的なところまではいかず、時間だけが過ぎていきました。それなのに、そんな時に私は流行りの風邪にかかって、生死をさまよい、半年以上入院してしまったんです。やっと面会ができるようになった時、病院に高岩さんが来てくれて近況を報告してくれました。春菜がまだ思いとどまっていることを知って安心しました」
「それはいつ頃のことです?」と北守。
「一年と少し前です。ですが私はまだ後遺症がひどくて、退院してから更に半年間は歩くのもままならなかったんです。今はもう何ともありませんが」
「と言う事は?」
「はい。事態は何も変わっていませんでした。ただ春菜は私の言いつけを守って早まったことはしなかったし、その間、高岩さんが支えになってくれていました」
「その頃、鳥海さんは? もう大学生ですよね?」
「はい、私は大学二年になっていました。琴ねえが入院していたのは知らなかったのですが、退院してからは何度か会っています。でもその時は、琴ねえとお姉ちゃ…春菜さんが会っていることは知りませんでした。勿論、お姉ちゃ…春菜さんのことも」
「鳥海さん、あなたほんとに田之上家に行ったことあります?」
「ありますが、チャイムは鳴らしませんでした」
「どうして?」
「やっぱり迷惑かなって思って……」
「じゃあ、政男とはどうやって知り合ったんです?」
「その時、実は政男に見られていて、あとをつけられていたんです。で、春菜の兄だって声をかけられました。優しそうな物言いだったので、つい私はお姉ちゃん…春菜さんとの関係を話しました。そしたら……」
「あのクズが」北守が舌打ちした。「で、政男から暴行されたことを小田切さんに話した」
「話したのはもっと後です。春菜さんの……お姉ちゃんの写真を見せられたから……その時に、暴行のことを聞きました。高岩さんのことも」
「役者がそろったわけですね」
「はい。仁菜ちゃんから政男の話を聞き、春菜と高岩さんも交えて本格的に計画をたてました。何度も何度もシミュレーションを繰り返しました」
「最初春菜さんはどんな役回りでした?」
「……やっぱりお見通しなんですね……私と高岩さんと春菜の三人で実行する予定でした。仁菜ちゃんの役割は当初から政男の拘束でした」
「やはりそうでしたか」
「はい。この計画は、どうやっても春菜は疑われます。警察が和彦と理央について詳しく調べれば、春菜への暴行は露見する可能性が高い。さらに春菜のあの画像が一枚でも見つかれば……和彦と理央のデバイスを全てクリアできたとしても、春菜を暴行していた連中が一枚も画像を持っていないとは限らないし、流出しないとも限りません。そうなれば、これ以上ない殺害動機になります」
「まあ、そうでしょう。実際、画像をみた俺と海渡は春菜さんに自首を勧めに行った」
「はい。高岩さんも疑われます。動機がありますから。ですから、二人のアリバイは完璧にしなければならなかったんです」
「で、春菜さんを外すことにした」
「はい」
「春菜さんにそのことは?」
「言ってません」
「てことは、春菜さんが長野に行った日、急遽、決行したと?」
「いえ、春菜が長野に行くことは一週間前にわかりました。本人から聞いていたので」
「小田切さん。春菜さんを外すことはいつから考えてました?」
「最初からです。春菜は基本、夜は自宅にいるので日中に計画したのですが、なかなか条件が合わなくて何度も断念しました。でも、二月二十七日の夕方から二十八日にかけて、春菜が長野に行くことがわかったので」
「当日の朝十時、公衆電話から政男に電話をかけたのは?」
「私です。ボイスチェンジャーを使いました」
「五十万も?」
「はい。私が用意しました」
小田切は、北守の質問に、淡々と答えていった。
「あの日、自宅に帰って二人の遺体を見た時、全てを察しました……」
春菜が涙ぐむ。
「えっと、春菜さん、今までの話から推察するに、供養とはいえ、よく一泊旅行を理央が許しましたね?」
「昨年からです。昨年の二月、理央に直訴したけれど断られたので、泣きながら自殺をほのめかせました。そうしたら、一泊だけ。用が済んだらすぐ帰ること。という条件付きで許可をもらいました」
「そうでしたか。でも虐待されていた母親の為に?」
「ダメですよね。DV被害者の典型なんですが、母は、男がいないときは優しい時もあったんです。まあ、たまにですが……」
「では高岩さん、理央に暴行を加えたのはあなたですね」
「はい。私です。そして写真の在りかと、金庫の解除ナンバーを聞き出しました」
「二人のスマホは?」
「理央から和彦のスマホのロック解除法を聞き出し、二本とも小田切さんに渡しました。パソコンから画像データを消したのも私です」
高岩が言った。
「はい。私は高岩さんからスマホを受け取り、朝を待って、和彦のスマホから柏崎にメールを送信しました」と小田切。
「SDカードは? 海渡がカメラの割には少ないって言ってましたが」
「やはり気がついたんですね。四枚持ち出しました。春菜の画像があったので」
「調べたんですか? 一枚一枚? どうやって?」
「はい。朝まで時間は充分ありましたから、和彦は監視カメラで監視していたので、リビングで理央を見張りながら確認しました。全ての記録メディアを持ち出してしまったら、政男の犯行には無理がでる可能性があったので」小田切が説明した。「高岩さんは元ソフトウェアの開発に携わっていましたから、その手の知識が豊富でした。なので、一通り記録メディアを確認してもらいました。あとは私が全ての画像を確認しました」
「わかりました。で、小田切さん、リスクの低い夜ではなく、朝に理央を殺害したのは、画像の確認だけでなく、高岩さんのアリバイも確保するためですね?」
「はい、そうです。殺害は朝まで待つ必要がありました。でも私は、厳密には理央も和彦も殺していません」
「殺してない? まあ和彦は心不全だが……」
「理央が死んだあと和彦にナイフを突きつけて、お前も死ね! と言ったら本当に死んでしまいました」
「まあ、そんなところだろうと思ってました。和彦にスタンガンを使わなかったのは、奴が心臓病だから。それで死んでほしくなかったからですね」
「はい。そうです」
「あなた、和彦も殺すつもりでした?」
「わかりません……それはあの場で決めることにしていたので……でも、殺したと思います」
「そうですか。で、理央を殺していないってのは? どういうことです?」
「理央を殺したのは和彦です。そう仕向けたのは私ですが」
「え? どうやって」
「これを見て下さい」
小田切は一枚のSDカードを北守に渡した。
「これは?」
「見ればわかります。春菜のために録画しておいたものです」
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