4-5 犯人

 その二日後の捜査会議で事件は一気に大詰めを迎えた。

 それは田之上政男について郡山からの報告だった。

「田之上殺しの犯人はやはり息子の田之上政男です」

 冒頭、郡山が自信に満ちた顔で言った。


 政男は理央の本当の子供ではなく、子供の頃から彼女にしいたげられていたため、理央を殺したいほど恨んでいた。これは、酔った政男が度々飲み屋(クラブメアリー)でつぶやいていた。また、あの女(田之上理央)は親父に二億の生命保険をかけている。だから親父は近々あの女に殺される。そうしたら俺があの女から二億奪ってやる。とも言っていた。

 さらに政男は、入れあげているキャバ嬢のミキ、本名、水沢桃子二十二歳に、近々二億手に入るから、結婚しようと持ち掛けていた。

 次に郡山が勿体着けてから話した内容は衝撃的だった。

 鳥海仁菜は政男に脅されていた。仁菜が初めて田之上春奈の自宅を訪れたのは二年前、彼女が大学に合格した年の夏だった。その日、政男は彼女の後をつけて声をかけた。春菜の兄だと聞かされ、安心した仁菜は聞かれるまま春菜との関係を政男に話した。だが、無防備だった仁菜は政男にレイプされた。そしてその時の行為を隠し撮りされて脅された。政男の脅しは身体目的だった。三回目のレイプを受けた時、仁菜は警察に行くと言った。だがそれは本心ではなかった。そんなことをしたら春菜に迷惑がかかるとわかっていたから。だが、政男は、春菜を姉のように慕う仁菜の気持ちを逆手に取り、さらに脅してきた。春菜の写真を見せられたのだ。

 政男は春菜を憎んでいると言った。その写真は元々春菜を貶めるために盗撮したものだと言う。兄弟なのに何故? と仁菜が聞くと、血のつながりがなきゃ兄妹じゃない。それに春菜にはひどく殴られたことがある。必ず後悔させてやる。と政男は答えた。

「その写真がこれです。これは政男が鳥海仁菜のスマホに送った画像です」と郡山は説明した。

 スライドに映し出された画像は、若い女と中年男性の性行為を写したもので、動画もあると政男は言ったらしい。写っている女は春菜だった。

 それ以降、仁菜は政男から身体だけでなく、金銭まで要求されるようになった。生活費が立ち行かなくなった彼女はキャバクラでバイトをするようになった。


「その写真ですが、解析の結果、AIで生成されたフェイク画像と判明しました」

 あのカスが! そう言った声があちこちから聞こえてきた。

「で、ここからが本題です」

 そう言い郡山が続けた。「私が、問いただしたところ、鳥海仁菜は嘘をついていたことを認めました。彼女は二月二十八日の朝、八時四十分に家を出た。と証言していましたが、実は家を出たのは朝の六時でした」

 室内からどよめきが起こる。

「鳥海仁菜が政男を部屋に泊めたのは事実ですが、彼女が家を出たのは六時です。事件後、鳥海が政男に連絡を取ると、俺は疑われている。そう言ったそうです。で、政男に頼まれて鳥海は嘘をついたんです。鳥海が家を出たのは六時です」郡山は繰り返し言った。

「鳥海仁菜は、政男が起きたら面倒なので、当日は土曜日でしたが、大学の図書館に行くことにしたそうです。朝六時に家を出た鳥海は、千葉中央の駅前にある珈琲ショップ、ラミーズに入った。ラミーズは朝六時から開いているので、そこで一時間ほど時間を潰しました。土曜の朝と言う事もあり、店内はかなり空いていました。鳥海はモーニングセットを頼み、ずっとレポートを書いていましたが、暇だった店員が数分間、鳥海仁菜と雑談していました。その店員がはっきりと覚えていました。時間は六時半頃だそうです。その後、彼女は七時過ぎにラミーズを出て、電車で大学の最寄り駅まで行きました。鳥海は、駅構内の本屋にしばらく滞在し、文庫本を一冊購入しています。レシートに記された時刻は八時三十五分です。そして十時には大学の図書館で友人に目撃されています」

「つまり」

 課長の言葉を遮るように郡山が言った。「つまり、田之上政男のアリバイは完全に崩れたってことです」

 捜査員たちが頷く。

「例の電話は? 政男にかかってきたという」と副署長。

「自分で自分の携帯に掛けりゃ、履歴は残りますよ」

 郡山の報告を受け、再び、政男を重要参考人として、呼び出したところ、既に政男の行方はわからなくなっていた。


「北さん、ほんとに政男の犯行なのですかね」

 海渡はレモンティーのペットボトルを北守に渡し、自分はミルクティーのキャップを開けた。

「わからんが……」

「それにしても郡山の奴、最初に鳥海仁菜が嘘をついているって、気づいたのは北さんなのに」

「あいつは昔からそういう奴だ」

「政男が犯人だとしたら、なんで理央を殺したのでしょう? まあ動機はあるにせよ、奴は親父に二億の保険が掛けられているって言っていたんですよ。まあ、あの時点では解約されていましたけど」

「わからんが、理央にも二億掛けられていることを知ったんだろう」

「だとすると、政男は和彦と組んで理央を殺害した。だが和彦は死んでしまった……」

「捜査本部はそう考えている」

「政男が理央を恨んでいたのなら、理央が散々ひっぱたかれていた。てのも納得はいきますね。でも和彦の頭の傷は? 山野先生の話だと……」

「ああ……そうだな……フェイクだったってことだろ」

 北守はずっと腕を組み、考えている。

「北さん、なんかうかなそうですね」

「お前は嬉しそうだな。春菜が犯人じゃなかったからか?」

「ええ、まあ」


 さらに二月二十八日、事件当日の朝に政男をみたという目撃者が現れた。目撃者は長峰芳江さん五十三歳。一人暮らしの女性である。

 長峰さんと顔見知りの制服警官が、庭に出ていた長峰さんと立ち話をしていたところ、田之上家の話になり、そういえば。と警官に話したとのことだった。

 長峰さんは二月二十八から三月六日までの七日間、友人とハワイ旅行に出かけていたので、警官の聞き込みを受けていなかった。当日、彼女が自宅を出たのは午前十一時であったので、まだ事件は発覚していない。

 長峰さんの自宅はうみねこ保育園の近くの一戸建てで、南側の路地に面していた。彼女の日課は、庭に出ての体操で、大雨の日以外、休むことなく毎朝、七時から七時三十分まで行っていた。長峰さんがいつも通り、朝七時に庭に出て体操をしていたところ、目の前の路地を政男がやけに早い速度で歩いていたのを目撃した。小走りに近かったという。彼女は「政男君おはよ」と声をかけたが、政男は長峰さんを無視して歩き去ったという。

 政男が目撃された路地から田之上家までは約六百五十メートル。犯行に使用したと思われるナイフが投棄されていた場所からは六十メートルしか離れていない。

 一ヶ月以上前のことをよく覚えていますね。と聞いたところ長峰さんは、海外旅行に行く当日だったから日時は間違いないと答えた。確かに政男だったか? という質問に対しては、間違えようがない。肥満体系、緑色のジャンパー、ジャンパーには飛行機(戦闘機)の刺繍。いつもの恰好だったと言った。長峰芳江と田之上和彦は中学の同級で、大人になってからつきあいはないが、会えば挨拶するし、政男のことは知っているという。

 制服警官によると、長峰芳江は、誰とでもよく話す人柄で、悪く言えばおせっかいおばさんだという。

 顔を見たか? という質問にたいして長峰さんは、フードを被っていたし、そんなによく見ていないが、政男以外には考えられないと言った。

 その証言をうけ、千葉県警は、田之上政男を殺人容疑で全国に指名手配した。


 指名手配から九日後、田之上政男は逮捕された。

 政男は一貫して犯行を否認していたが、起訴相当と判断され、逮捕から十六日後、田之上政男は起訴された。

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