4-1 理由 ①

「山崎美知の話……聞きたくない話だったな」

 北守がつぶやいた。

「はい……春菜さんがどういう境遇にあったのか、はっきりとはわかりませんが……」

「殺害の動機があったというわけだ」北守が海渡の言葉の先を言った。

「彼女は両親に感謝している。と言っていましたから」

「嘘をついていたって事になるな」

 その時、北守のスマホが震えた。

「ああ――そうか――わかった。俺の方は長くなるから後で報告する」

「郡山からだ。春菜の大学で聞き込んだが、やはり彼女に親しい友達はいないらしい」

「そうですか……つまり、まだ問題は解決していなかった……」

「だな」

 再び北守のスマホが震えた。

「ああ――わかった。今から行く」

「誰ですか?」


「武石からだ」

「武石さん?」

「例のパソコンだ」

「まさか! 自分にはダメだって言ったじゃないですか」


 北守と海渡が武石商事の事務所に行くと、武石が二人をこの前とは別の部室に案内した。

 そこには何台ものパソコンが置かれ、三人の男が画面に張り付いてキーボードをたたいていた。

「これはなんだ?」

「トレーダー……」

 海渡が言った。

「うちはな、健全な投資もしているんだ」

「最近のヤクザは進んでるな」

「ヤクザじゃない!」

 武石はそう怒鳴ってから、真ん中でキーボードを叩いていた男に声をかけた「大野、例のもの、見せてやれ」

「わかりました。これです」

 大野はスーツ姿で、一見、普通のサラリーマンに見えた。

 彼は手際よく、証拠品のパソコンを別のパソコンにつなぎ、それをモニターに映るようにセッティングした。

 セッティングが終わると、彼が説明した。

「完璧には復元できませんでした。でも、二台のPCからそれぞれ何枚かの画像が復元されました。でも動画は復元できませんでした。すみません」

「いやいや大野さん。凄いですよ。県警では全くでしたから」海渡が言った。

「画像以外のデータはそこにまとめてあるが、まあ、おかしなものはなさそうだ」

 武石がテーブルに置かれたSDカードを顎でしゃくった。

「すまん」

「で、画像だが……衝撃だぞ」武石が言った。「大野、再生しろ。まず、こっちから」

「はい。ノイズをキャンセルしていますが、これが限界です」

画面には二十枚程の写真が映し出された。その一枚一枚をスライド再生していった。画像はどれもノイズがひどかったが、それがどんな写真なのかはすぐにわかった。

 海渡は思わず両手で口を押さえた。

 どの画像にも全裸の女が写っていた。女は後ろ手に縛られ、男達に犯されていた。一枚の写真に写っている男は一人だったり、二人だったりしたが、少なくとも三人の男が写っていた。

「まず一人は見てのとおり田之上和彦だ。で、短髪の奴が柏崎猛、もう一人の白髪は知らないやつだ」

「柏崎?」

「田之上と同じ県会議員だ。それにしても、あいつは思った以上のクズだったな」

 武石がため息をついた。

 海渡は画面を正視できなかったが、そこに写っている女が春菜だという事はわかった。

「日時までは不明ですが、データではこれが一番古いものです。」

 そう言って大野がクリックした写真に映る春菜は、今よりずっと少女の顔だった。

「そしてこれが最新です」

 そこにある春菜の顔は海渡の知っている春菜だった。

「たぶん田之上はここ数年、撮影したデータをこのPCで再生していただけだと思います。保存ホルダーが無かったので。で、その一番古い写真は移動データなので、それより前は別のPCで処理していたのではないでしょうか。たぶんPCを買い替えたのだと思います。まあ、はっきりとはわかりません。何とか画像におこすことができたのはこれだけです」

「つまり元データはカードなりUSBなりに保存していたという事になりますね」

海渡の問いの大野が頷いた。「と思います」

「次が女房のパソコンだ」武石が顎をしゃくる。

「こっちのpCにあったのは、スマフォから転送されたデータでした。フォルダーはあったのですが、保存されていたのはせいぜい三十枚くらいだったと思います。復元できたのは十八枚です」大野が言った。

 映し出された写真は十七枚。写っているのはやはり春菜だった。四枚は全裸で八枚は半裸の制服姿だった。やはり縄やベルトで拘束され、鞭うたれている画像もあった。

写っているのは理央を含め四人。四人とも全裸か半裸で、全員女だった。三十代から五十代くらいの女達だ。残り五枚は春菜だけが写っている写真。五枚共に全裸で、彼女の身体は傷だらけだった。

「あの女房も旦那に輪をかけたクズだったな」と武石。

「だな……」北守も相当ショックをうけているようだ。「もう一枚は?」

「これだ」そう言って武石自らマウスをダブルクリックした。

 映し出された写真には三人の人物が写っていた。女が仰向けに倒れ、その上に小学生くらいの女の子と高齢の男が覆いかぶさっている。女の腹には包丁が突き刺さっていた。

「なんだこれは! 本物か?」と北守。

「フェイク写真ではないと思います」大野が答えた。

「まさか、春菜……さん?」

「いや、春菜の母親殺しの星はあがっている。もう死んじまってるがな」

「ですね……この顔……春菜さんじゃないですよね……たぶん」

「この写真のデータは? ここはどこだ? いつだ?」

「残念ながら位置データはありません。日時も……元データが消えてまして、これはコピーされたものです。ですが、この画面に映りこんでいるシミみたいなものは雪ですね。野外から写したものでしょう」大野が言った。

「雪……春菜さんの母親が殺害された日は雪が降っていました」

「海渡、この写真を長野県警に送って至急、春菜の母親の刺殺事件と照合しろ。―いやダメだ……今やってることがそもそも……」

「自分、この写真持って直接長野にいってきます。北さん、当時の担当者調べて自分にメール下さい。もし違ってたら、適当にごまかします」

 その日の夜、海渡は千葉に戻り、北守に報告した。「春菜さんの事件じゃありませんでした」

「ご苦労。だが、いずれにしろ、春菜には田之上夫婦殺害の動機があったってことだ」

「北さん……自分、わかったかもしれません」

「なにが?」

「青木仁が言ったんです……茶臼山児童園の元児童です。もし希星ちゃんがなにかやったのなら、それはどうしようもない理由か、誰かの為にやったんだって、彼女はそういう子だって……」

「誰かの為……てことは?」

「はい。考えられるのは……」

「鳥海仁菜か! 鳥海の経歴は?」


 二日後、全てが判明した。写真に映っていたのは鳥海仁菜とその母親だった。

岡田仁菜は母子家庭に育ち、日常的に母親から虐待を受けていた。そして彼女の母親、岡田澄子は十年前の十二月、長野市の自宅で刺殺された。春菜と全く同じ状況だった。

 事件の通報者は隣に住む一人暮らしの男性。深夜、隣家から響く大きな声と物音が気になって見に行ったところ、倒れている澄子を発見。澄子は上腹部を刺されていた。すぐに救急車を呼んだが、救急隊が駆けつけた時、すでに澄子は死亡していた。

 凶器は発見されていないが、家庭用三徳包丁とみられている。当現場にあるはずの包丁がなかったので、犯人は岡田家の包丁を使って澄子を殺害、包丁は持ち去ったとみられている。現場には激しく争った跡があった。

 当時、小学四年生だった被害者の娘、岡田仁菜が、深夜に母親と言い争う男の声を聞いている。隣家の男性も同じ時刻、大きな物音と男の声を聞いたと証言。更にその直後、急いで走り去る銀色の車が現場で目撃されている。

 娘はとなりの部屋で寝ていたため、犯人の顔を見ていなかった。だが、若い感じの男の声だったと証言した。

 警察は澄子の交友関係を洗ったが、犯人は割り出せず、現在まで未解決である。 

 報告書によると、警官が現着した時、岡田仁菜は通報者の男性に寄り添い、しっかりと手を握っていたという。

 通報者の男性によると、仁菜の母親は二,三日家を留守にすることもあったという。食事もせず、一人で親を待つ仁菜の為に、何度か食事をさせたことがあったと答えていた。

 通報者は鳥海良一、七十四歳。

 良一は昔、家族と共に北長野の戸建てに住んでいた。元は大手の銀行マンだったが五十歳の時、脱サラをして妻と共に小料理屋を始めた。だが経営に失敗。僅か三年で店は潰れた。その四ヶ月後に良一の妻は膵臓癌で亡くなっている。

 一人息子の鳥海大輔は大学卒業後、諏訪市の職員となり、結婚して自宅も諏訪に構えていた。大輔は、岡田澄子が刺殺された事件の翌年、父親を諏訪に呼び寄せ、同居を始めた。

 そして、子供に恵まれなかった鳥海夫婦は里親申請をし、その翌年、岡田仁菜に対する里親が認められた。鳥海夫婦は仁菜を養女として迎え、現在に至っている。

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