3-14 理央と春菜
理央は昨日から夫の視察出張に同伴していた。視察の後、関東甲信越の議員交流会パーティーがあるためだ。夫婦同伴のパーティーだ。パーティーは嫌いじゃない。上流階級のパーティーは、自分が勝ち組ということを再認識させてくれる。
長野に来たのはあの日、あの殺人現場を目撃して以来だ。もう今では及川早苗のことなどどうでもよくなっていた。
パーティーが終わった後、ホテルに戻り、夫とシャンパンを傾けた。
「ねえ、あたし、長野は久しぶりなの。二,三日一人で観光していってもいいかしら?」
「え? ああ、構わない。ゆっくりしていきなさい」
酒に酔って上機嫌の和彦はそう言って、一万円札を十枚ベッドの上に置いた。
あの男も小学生の女の子も、警察につかまったという報道はない。理央は興信所に調査を依頼していた。
男はあの後、体調を崩し現在、息子が暮らしている諏訪市にある上諏訪総合病院に入院していた。女の子は長野市の南方にある川名町、茶臼山児童園に保護されていることが分かった。
理央は、ボランティアで、親が殺された孤児のその後を調査している。という適当な嘘をついて、茶臼山児童園にアポイントをとった。こういう時に議員の妻という肩書は役に立つ。園長は快く児童との接見を許可してくれた。
園長室とは名ばかりの、かび臭い部屋に案内された。すぐに立ち上がって名刺を差し出した園長は、部屋と同様、薄汚い作業着姿で、長く伸びた白髪を後ろで結んでいた。園は、市からの援助をうけているが、常に困窮していて、子供達の生活必需品や学用品などにとても苦労している。どうか上の機関に訴えてくれと懇願された。
「勿論です。夫にも相談してみます」そういって理央は軽く微笑んだ。
なにが面白くて、こんな面倒でバカみたいなことをするのだろう。ガキなんてほっておけばいいのに。という心の声を理央は飲み込んだ。
園長の説明によると、親が殺された子はこの園に二人いるという。二人とも勉強熱心で、学校の成績もいい。早く良い里親さんが見つかってほしいと言った。
一人は中学二年生の女の子。もう一人は小学五年生の女の子だと説明を受けた。間違いない。あれは昨年の出来事だから、五年生の方だ。
園長室に呼ばれた二人が理央の前に現れた。
その子を見た途端、理央の身体に電気が走った。思わず手にしていたボールペンを落としてしまったほどだ。
その子はとても中学二年生には見えなかった。高校生かそれ以上にも見えた。目鼻立ちの整った美しい顔、中二とは思えないボディライン。そして、何よりも理央の心を鷲づかみにしたのはその目だった。強い意志を持った鋭い目。理央はぞくぞくした。
もはや五年生の女の子のことなど眼中になかった。中二の女の子は雲母希星と名乗り、五年生の女の子は岡田仁菜と名乗った。
帰りの新幹線の中でも理央は希星のことをずっと考えていた。
あの子が欲しい。どうしても欲しい。所属している秘密クラブにも若くて可愛い女の子はいる。だが、あの連中はみんな好き者だ。元々そういう趣味嗜好を持った者たちだ。会員の何人かはたまに、どこで拾ったのか家出少女を連れてくることがあるが、事が終わると彼女達には金を渡している。つまり、本物じゃない。
理央はまだ、本物としたことは無かった。それはつまり犯罪になるからだ。
どうしよう、どうやったらあの子を自分の物にできるだろう。
夫に頼もう。夫ならなんとかできるはずだ。勿体ないが、たまには夫にも貸してやろう。夫だって、あの子を見ればわかるはずだ。
それから理央は毎晩、希星の泣き顔を想像して自慰を繰り返した。
理央の来園から一年後、園長から、田之上夫婦が里親になりたいと申し出ている。と聞いた時、希星は全身に鳥肌立った。
田之上理央のあの目、あの目は母親の目と同じだった。傲慢で、見栄っ張りで、そしてサディストの目。かけてもいい。あの女はおかしい。
それから何回か田之上夫婦がやってきて春菜を口説いた。理央だけでなく、夫である和彦という男もおかしい。自分を見る目は男のそれだった。思い込みではない。あの目、希星は母親の男を思い出した。あいつと同じだ。
園長は、こんなに良い里親には二度と巡り合えないと言った。なぜわからないのだろう。あの人達は明らかに異常なのに……まだ、中学卒業まで数か月ある。選ばなければ、里親希望者は全くいないわけでは無い。もし、里親が見つからなくても、あんな人達の元に行くくらいなら、中学を出たら働いたほうがましだ。
嫌です。と断った翌日、田之上理央が一人で園にやってきた。そして希星と二人で話したいと言われ、彼女の車に乗せられた。
「希星ちゃん。なんで私達のことが嫌なの?」
「……」
「まあいいわ、あなた、このままだと中学を卒業したら就職よ。成績いいのにもったいないじゃない。私達なら大学まで行かせてあげるわよ」
「……」
「しかたないわね。あなた、岡田仁菜ちゃん、今は鳥海仁菜ちゃんね。彼女と仲良かったわよね? まるでほんとうの姉妹以上だって園長も言ってたわ」
「それが何か……」
嫌な予感がした。
「仁菜ちゃん、あの子、あなたに何にも話してないの?」
まさか、まさかこの女があのことを知っている? そんなはずはない。仁菜が園にきてしばらくたった頃、同じ境遇の希星にやっと仁菜は心を開いた。そして例の出来事を打ち明けたのだ。絶対誰にも言っちゃダメ! 希星は仁菜にそう約束させたのだ。
「何のことですか?」
「あら、知らないの? 姉妹なのに?」
「……」
「でも、その顔は知ってそうね。やっぱりあの子、希星ちゃんには話したのね」
「何も知りません……」
「あたしね、あの晩、現場にいたのよ」
「え?」
「信じられないでしょ。偶然なんだけどね」
「そんな……うそです!」
「ほら、やっぱり知ってた」
「知りません」
「まあいいわ」
そう言って理央がバックからスマホを取り出し、タップしてその画像をみせる。
「これって……」
希星は思わず両手で口を押さえた。と同時にそのスマホを取り上げようとした。だが、あっという間に抑え込まれてしまった。腕に覚えのある希星だったが、理央のほうが上手だった。
「あなた喧嘩が強いみたいだけど、私だって鍛えてるのよ。この一年、あなたのお母さんになるために頑張ったんだから」
「……」
「ダメよ、浅はかね。このスマホ奪ったって、画像はSDカードに保存して金庫にしまってあるの。わかるでしょ?」
「……私はどうしたら……」
「あなたが言うことを聞いてくれたら、この画像が世に出る事はないわ。誓うわよ。勿論、仁菜ちゃんにも内緒よ」
理央は園からの帰り、長野駅に向かうレンタカーの中で声を出して笑った。そしてしばらくその笑いは止まらず、涙まで出た。勝ち誇ったうれし涙だった。
いろいろな手続きに手間取り、初めてあの子と会ってから一年が経ってしまったが、ようやく自分のものになる。早くあの美しい顔が苦痛に歪み、涙を流す姿を見たい。想像するだけで理央の身体は熱くなった。
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