3-9 理央と田之上家
結婚して半年が経った。田之上和彦は約束通り理央を束縛しなかったし、息子である田之上政男の面倒をみる必要もない。
和彦が理央の身体を求めてくるのは月に数回、それさえ我慢すれば、天国のような暮らしだった。理央は、上流階級の若奥様を演じるのが心地よかった。地元のデパートも高級レストランも顔パスだったし、デパートからは行商がやってきた。
和彦が理央と結婚した理由は明白だった。選挙には妻の後押しが必要だ。後援会のみに任せてはおけない。民衆受けの良い伴侶が必要だった。そして何より、和彦のプライベートに口を出さない妻。
結婚を承諾した時の約束として、結婚前の一か月間、理央は東京にあるマナーの教室に通わされた。立ち振る舞いから言葉使い、服装やテーブルマナーまで叩き込まれた。
最初は苦痛だったが、これで自分も上流階級の一員だという実感が沸き、最後のほうは、むしろ通うのが楽しみだった。
もう一つ結婚してわかったことがある。和彦の女遊びは度が過ぎていた。さすがに、地元千葉ではおとなしくしていたが、東京のSMクラブの何件かはVIP会員だし、少なくとも数人の愛人を囲っているようだった。
だが、理央にとってそれはむしろありがたいことだった。仮面夫婦と言ってしまえばそれまでだが、こんな自由な結婚生活をしている夫婦はいないだろう。
元議員である和彦の父親は、六年前に病気で亡くなっている。母親は離れにある住居に政男と二人で住んでいるが、こちらの生活に干渉することはなく、週に一回、掃除や雑用の為、母屋を訪れる。その日は政男を連れてきて、家族全員で義母の料理を食べると決まっている。
普段、主婦としての理央の仕事は週一、二回程度の夕飯の支度と洗濯くらいである。和彦は外食で済ましてくることが多く、手がかからない。
月に一回、家事専門業者をよんで清掃をしてもらうし、庭の手入れも年に四回、業者を頼んでいる。
結婚後、一年を経過した頃から、和彦が理央の身体を求めてくることは無くなった。その頃から理央は、都内にある女性専用の秘密クラブの会員になり、その性癖を満たしていた。
それから三年後、和彦の母親が亡くなり、政男と共に暮らすことになったが、理央は今までの人生で、こんなバカで、デブの、どうしようもない子供を見たことがなかった。
まだ小学生であるバカ息子の面倒を見る羽目になった理央は、ダイエットを名目にして、彼にまともな食事をとらせなかったが、政男は大量のカップ麺やジャンクフードに身を任せ、更に醜く肥え太っていった。
中学生になっても、彼の頭脳は小学校低学年程度で、そのくせ、身体だけは大きく、乱暴者だった。父親も政男には手を焼いていたが、警察沙汰になることさえしなければいい。と言って、結構な額の小遣いを与えていたようである。理央は和彦の方針に口出しはしなかったし、興味もなかったが、学校の三者面談に行ったこともあるし、遊び歩く政男に小言の一つでも言えば、母親としての義理は充分はたしていると考えた。そもそも政男は自分が産んだ子ではない。どう遺伝すれば、あんなにアホで醜い子供が生まれるのだろう。そういう意味で理央は、和彦の前妻に少しだけ興味が沸いた。
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