2-20 理央と早苗 2

 あれから二週間ほどたった日、桶川理央おけがわりおは帰りの電車の中でまた及川早苗を見た。電車は空いていたので彼女は椅子に座ってファッション誌をめくっていた。

 高校時代、理央には友達と呼べる友達はほとんどいなかったが、早苗とは仲が良かった。だが、親友ではない。悪友。そう悪友だ。酒やたばこは早苗に教えられた。二人で万引きやカツアゲもよくやった。その時は楽しかったが、高校三年の夏、早苗は学校を辞めた。悪い連中と付き合い始めたという噂だった。

 底辺高故、まじめに勉強する人はほとんどいなかったし、退学するものも多く、別に珍しいことでもなかった。

 早苗が学校を辞める時、『あんたも一緒に辞めて私達とつるまない? 儲かるよ』と言われたがわたしは断った。とりあえず、高校ぐらいは卒業したかった。高校ぐらい卒業していないとどうなるか、母を見ていればわかった。

 早苗は『ふうん、そう』と言っただけだった。それ以来、早苗と連絡をとったことはない。

 早苗に声を掛けようとは思わなかった。電車が小渕駅に到着し、ホームに降り立った時、早苗に声を掛けられた。「理央? 理央だよね? やっぱりだ」そう言って早苗も電車を降りてきた。

 駅前のファミレスで昔話をした。たぶん早苗は友達がいないのだろうと思った。わたしと一緒だ。数年のブランクはものの三分で埋まり、その後は二人でカラオケに行って、飲んで歌った。

 早苗が学校を辞めた理由は、詐欺グループから誘われたからだった。だが、早苗が関わる前にその胴元がパクられ、話は飛んだ。今はフリーターだという。

 酔って機嫌の良くなった早苗に、それとなくあの痴漢の話を聞いてみた。

 早苗は急に真顔になってわたしの手を握った。「一緒にやろうよ」

 早苗は近所のコンビニでバイトをしているが、収入の半分以上は痴漢だという。

 痴漢は相手にごねられると面倒くさい。だから、少し離れたところから、「わたし、見ました!」という共犯者が必要だと言った。それで確実だと。電車を降りてから交渉すれば大抵は金を払うという。あまり欲張ってはいけない。せいぜい三万だと早苗は言った。ごねられてヤバそうになったら、「ごめんなさい。もしかしたら違う人だったかもしれません」と誤ればそれで済むという。

 共犯者は真面目そうなほうがいい。スーツ、もしくは地味な服装がいい。そう早苗はまくしたてた。

 もし、本当に痴漢されたら? そう聞くと、その時は百万くらいでいいでしょ。と答えた。

 少し前まで、組んでいた子が辞めたからちょうど今、困っていたという。実行犯と共犯役は交互に交代。分け前は折半。早苗のシマは横浜線の中山から橋本までだという。組織的なの? と聞くと、そうじゃない。暗黙の了解だと彼女は答えた。

 男を騙して金を払わせる。わたしはその話にのった。

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