2-18 パソコン
田之上家に向かうスバルの中で海渡が聞いた「北さん、どういう事ですか?」
「俺にもよくわからん、鳥海仁菜の証言に矛盾は無い……嘘はついていないように見えた。だが、もし嘘をついていたら、犯人は政男の可能性が高い。だから、保険として政男は郡山にまかせた」
「わかりました。でも北さん、また現場に行く理由は? もう調べつくしましたよ」
「犯人が政男でないとしたら? 田之上に恨みのある人物、もしくはあの夫婦の何かを調べていた人物……単なる物取りでないことは、理央の宝石類に手をつけていないことから明らかだろ?」
北守が中指で眼鏡を押し上げる。
「はい。自分もそう思います」
「荒らされていたのは、和彦の書斎だけだ。犯人が何を探していたのか? もう一度あの書斎を調べてみる」
「わかりました」
北守と海渡の二人は再び、犯行現場と和彦の書斎を調べたが、特に目新しい発見は無かった。
「北さん、ここにあった二台のパソコン、もう調べたのですよね?」
「ああ、本部のサイバーセキュリティー課が持って行って調べたが、事件に関係するような内容は無かったらしい」
「そうですか……」
「まあ、あそこの連中がプロか? と聞かれたら素人に毛が生えたようなものだと武石が言っていたが」
「武石さんが? 素人だと? 千葉県警のサイバーセキュリティー課はトップレベルと聞いていましたが?」
「厳密にいえば武石じゃない。あいつは今、しょぼい解体業をやっていてな、そこの社員に懲役食らった事のある元ハッカーがいるらしい」
「マジっすか」
「武石達は七年前まで、ガチのヤクザだったが、奴の親父が死んだ時、組としては解散した。今は問題のある連中を引き取って使っている」
「それっていい人じゃないですか」
「だがそういったグレーな連中も多いし、俺を含め、警察も世間も相変わらずヤクザ扱いをしている」
「そんな……偏見じゃないですか」
「ソープやヘルスとかもやっているから、まるっきし堅気ってわけでもないだろ。お前、あそこの連中みただろ?」
「まあ、確かに……」
「武石の事はもういい。それより海渡、お前、この部屋見てどう思う? とりあえず犯人が政男ってのは置いといて」
「はい。やはり犯人は何かを探していたと思います。他の部屋は荒らされてないし……」
「問題は、何を探していたかだ。元々、田之上和彦にはグレーな噂があるが……書類とかだと、持っていかれちまったら、もうわからんな」
「書類――そうか北さん、記録メディアは? SDカードとかUSBスティックは? これだけのカメラと、高性能パソコンがあるんですから、当然、記録メディアが無いとおかしいと思います。今、この部屋には見当たらないけど……」
「ちょっと待て、今聞いてやる」
そう言って北守が電話を掛ける。
北守はしばらくその場で会話した後、一旦スマホを耳から放して言った「海渡、お前の言う記録メディアは、ちゃんとあったと言ってるぞ」
「何がどれだけあったのか聞いて下さい」
北守がスマホのスピーカーをONにする。
「64Gと32GのSDカードがそれぞれ二枚づつ、128Gと64GのUSBが一本ずつです」
北守のスマホから聞こえてくる声は若い男性のようだ。
「内容は?」
北守のスマホに向かって海渡が話す。
「えっと、SDカードには風景と星の写真。64のUSBには、田之上の仕事関係の文章。128のほうは星の写真と動画が記録されていました」
「上書き前の画像とかデータはありませんでしたか?」
「USBはどちらも、新品のものに書き込まれたデータでした。SDカードの方も64Gは2枚とも1回目の記録、32は、何度目かだと思われますが、以前のデータは完全フォーマットされていましたのでわかりません」
「了解です。ありがとうございました」
海渡がお礼を言って、北守が電話を切った。
「で?」北守が聞く。
「はい、USBについては問題ありません。SDカードはカメラに使われていたもので、こちらも問題ないのですが、まあ小さな疑問が2点……」
「疑問が2点だと? 俺にはさっぱりわからんが何かおかしいのか?」
「北さん、ここにあるカメラってレンズも含め、かなり高価なもので、その数も半端ないんですよ」
「和彦はカメラが趣味だったと春菜も言っていただろ。俺にはよくわからんが、どんな疑問だ?」
「はい。まず、USBメモリーについては問題ありません。一つ目の疑問は、SDカードの数です。ここにはダブルスロットのカメラが2台、シングルが3台あります。全てのカメラにカードを装填したら合計7枚。更に予備を含めたら十枚はあってもおかしくありません」
そう言うと、海渡は棚から一台のカメラをとって、北守に見せながら説明した。
「どういうことだ? 何か重要なものが映り込んでいて犯人が持ち去ったとかか?」
「いえ、だとしたらその四枚だけを残していくとは考えられません。この場で一枚ずつ検証したなら別ですが、最低二時間はかかるでしょう。そんな事あり得ませんよね。全部持っていけば済む事ですから……それに、管理が大変だからという理由で、少量のカードを使いまわす人もいます――自分もそのタイプです……だから小さな疑問なんです」
「もう一つは?」
「はい。こういった個人用のカメラで使うSDカードは通常、上書きはさせません。一杯になったら、パソコンに移すなりして、一度フォーマットしてから再使用します。先ほどの話だと完全フォーマットされていたとの事です」
「それが何かおかしいのか?」
「いえ……おかしいって程でもないのですが、普通は通常フォーマットで事足ります。わざわざ時間のかかる完全フォーマットをしてあったってのが、少し引っかかりました」
「海渡、俺にもわかるように説明してくれ」
「はい、例えばそのカードの容量が百であったとします。百使い切ったらもうそれ以上は使えないので、一旦データをパソコンなりに保存してから、カードのデータを消してゼロに戻してから使います」
「それはわかる」
「はい、その時の消し方です。わかりやすく言えば……ほんとは違いますが、あくまでもわかりやすく説明します。例えば一枚の紙にメモや絵を描いたとします。通常フォーマットはそれを消しゴムで消したと思ってください。消したから再利用できるけれど、よく見れば前に書いてあったものが微妙にわかる。つまり完全には消えていないんです。それに対して完全フォーマットは完璧に消してしまいます。それはもう紙を取り換えたのと同じレベルです。ですがこの方法はメチャメチャ時間がかかります」
「はいはいはい。だから武石んとこのカードから不審者の画像をおこせたってことだな?」
「そのとおりです」
「海渡、お前カメラ小僧なのか?」
「小僧って、失礼ですね、でもまあちょっと詳しいです。」
「ほう、で? 完全フォーマットはおかしいと?」
「いえ……おかしくはありません。必ず完全フォーマットする人もいますから……だからこれも小さな疑問なんです」
「ここのカメラやレンズってどの程度の価値なんだ?」
「これ、ざっと見ても一千万近いかと……売ったら、安く見積もっても二百五十……いや三百万くらいにはなると思います……物取りなら、持っていきますよね?」
そう言いながら海渡がライカを構える。
「まあ、そうとも限らん。プロの中には、こんなかさばる物はハナから考えていない奴もいるからな」
「かさばる……そういえばSDカードも256Gとか512Gとかを完全フォーマットして売れば中古でも結構な値になりますよ」
「まあでも、あったかどうかも、わからん物じゃ調べようが無いな」北守が言った。
「北さん!」
「なんだ」
「パソコンも同じなんです。いえ、パソコンに至っては一度メモリーを通過したデータはハードを粉々にしない限り必ず痕跡は残るんです」
「で、それを調べて、事件に関連するデータはなかったという報告をうけたぞ」
「素人に毛が生えた程度のレベルじゃなかったでしたっけ?」
海渡が首を傾げる。
「海渡……お前何が言いたい?」
「武石さ……」
「だめだ」
海渡が言い終わる前に、北守に否定された。
「どうして……」
「わかるだろ! あいつらはヤクザみたいなもんだ。仮に奴らに頼んで何か出たとして、それが証拠として扱われないのは、お前なら当然知っているよな? すくなくとも、元ヤクザや元犯罪者に非公式で頼んだとあっちゃ、仮に、そこに和彦の収賄や脅迫状なんかがあったとしても、裁判じゃノーカウントだ」
「はい……まあ……」
「違法捜査で、謹慎くらうのが関の山だ」
「なら、正式に依頼すれば……」
「無理だ。何も出てこなかったんだ。パソコンについてはもう忘れろ!」
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