2-17 釈放

 もし鳥海仁菜の言った通り、政男が八時四十分までは確実に鳥海のアパートにいたとすると、現場方面に向かうバスは八時五十三分が直近で、田之上家に最短であるバス停には九時十四分着、そこから現場までは約一キロ、徒歩で十五分。走っても六,七分はかかるだろう。そもそもあのデブが十五分で歩けるとは思えない。あの時間はタクシーも捕まらないし、むしろ渋滞するので歩いたほうが早い。最初から車、もしくは自転車を使った場合はもっと時間がかかる。どんなに早くても、田之上家着は九時二十分を回る。スクーターを使って検証してみたが九時十分が限界だった。それから理央を拘束して、散々ひっぱたいてから殺す。死亡推定時刻は朝の七時前後、幅をもたせて六時から八時。政男には不可能だ。


 翌日、政男の検察官送致は見送られ、釈放が決まった。

 凶器のナイフは、その購入履歴から政男のものであると証明された。従って、本人の指紋が付いていても不思議ではない。田之上家に押し入った真犯人が政男のナイフを使った可能性を否定できない。動機も弱い。そして鳥海仁菜の証言が決定的なものとなった。昨今の誤認逮捕や、警察不祥事も相なり、疑わしければ罰せず。となったわけである。

 当の政男は、訴えてやる。と息巻いていたが、叩けばいくらでも埃の出てくる輩である。課長に説得され、賠償金の二万円を手にして引き下がった。

 だが、捜査本部では真犯人の捜査と並行して、引き続き、政男の監視も続けることにした。裏をかえせば、鳥海仁菜の証言は真偽性に欠ける。と判断されたことになる。彼女が政男と関係があるから? もしくは脅されているのか? そのへんも含めて調べ直す必要があると判断されたのだ。

 鳥海は八時四十分に自宅を出たと言っている。彼女の自宅から大学までは約一時間、当日は土曜日で授業は無かった。彼女は十時頃、大学の図書館で友人に目撃されていた。


「政男にはアリバイがあったから釈放ってか? その女が嘘を言ってないという保証があるのか? あ?」

そう言って郡山が北守を睨めつける。

「俺に言うな! だが、俺には鳥海仁菜が嘘をついているようには見えなかった」

「だから?」

 睨みつける郡山を制して北守が続けた「だが、鳥海の証言を全面的に信じる事ができるか? と言われたらわからない」

「自分は信じていいと思います」と海渡。

 海渡の言葉を無視して北守が言った「政男を調べ上げてくれ。まずは動機、奴がどれほど両親を憎んでいたのか……あとは鳥海の証言。郡山、頼む」

「え? ああ、任せとけ」

 郡山は頷き、北守を二度見した。

「俺だって政男が一番怪しいと思っているさ……だから、政男は郡山、お前にまかす」

「お前は?」

 郡山が北守のほうを向く。

「もう一度、田之上和彦の周辺を洗いなおす」

「あ? やはりお前、政男は白だと?」

「いや、確実に起訴にもっていくためには、他の不安要素を潰しておかないとならんだろ。今度移動してくる検事はかなり小うるさい人物らしいぞ」

「地道な作業はお前らがやって、政男は俺にまかすと?」

 言いながら郡山が自分の禿げ頭をなでる。

「いやか? なら代わるが?」

「北守……どういった風の吹き回しかしらんが、まかせとけ」

「郡山、一つ約束しろ! 鳥海は今時珍しい苦学生だ。誠意をもって接してくれ」

「心配するな、俺だってつい最近まで……てのはちょっとあれだが、大学の奨学金を払っていたんだ。気持ちはわかる」

 そう言って郡山が北守の肩を叩いた。

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