2-15 田之上政男の供述
捜査会議のあった日の翌日、一本のカスタムナイフ(刃渡り二十二㎝)が現場から約六百メートル離れた蘇我うみねこ保育園裏の小さな雑木林から見つかった。園児とその保護者が見つけ、物騒だからと警察に通報したのだ。
雑木林は千五百平米程度と小さいが、空き缶などがよく投棄され、最近では小さな家電や自転車なども投棄されるようになり、住民が市に何度か通報していた。
発見時ナイフは布にくるまれていたが、刃の先端が飛び出していた。ナイフの表面は布のような物で拭き取られた形跡があったが、柄の部分に極僅かであるが、浸み込んだ血痕が認められ、刃の根元には不鮮明な指紋が一つだけ認められた。そこでDNA解析を実施したところ、田之上理央のDNAと一致した。
指紋は、指の六割程しか残っていなかった為、百%とは言えないが、鑑識の報告では、九十%以上の確率で田之上政男と一致したという。
政男はカスタムナイフの収集マニアだった。そのナイフは元々政男が所有していたものである可能性が高い。そうなると指紋が検出されても、物証としては弱い。更に動機がはっきりしない。いくら金に困っていたからと言って両親を殺すだろうか? だが千葉県警は事件に関与している可能性が極めて高いと判断し、田之上政男の逮捕令状を請求し、即日発布された。
手配を受けて五日後、田之上政男は栃木県で逮捕された。そのまま彼は千葉に護送され、千葉県警で取り調べを受けているが、容疑を否認している。
逮捕時の所持金は三十八万二千円。所持していた本人のスマートフォンには、ラインなどのメールアプリは無く、画像データも無かった。キャバクラや風俗を頻繁に利用していた割には不自然なので、逮捕されることを予想した本人が、前もってアンインストール及び削除した可能性が高い。
取調室では、郡山が政男の正面に座って、凄みを聞かせている。
「北さん。なんで郡山なんですか? この場合、取り調べはうちがやるはずじゃないですか」
「ああ、そうだが、政男犯人説を強引に貫いたのは郡山だ。だから課長も折れてあいつにやらせている」
「そんな……」
海渡が口をとがらせる。
「まあ、そう言うな、郡山だって素人じゃない」
「だから! 俺はやってねえって!」
「逃げた? いや違う! 電話があったんだ。あの日の朝、十時頃。その電話で起きたんだよ。逃げないと犯人にされるって」
「俺だって最初は信じなかったよ! んな話」
「誰だか知らねーよ。公衆電話からだった」
「でたさ。たまにリサが公衆電話から掛けてくる事があんだよ。あいつの中古スマホ、雑音多くて、通話はよく聞こえねーんだよ。だから」
「ああ、メールだってするさ。でも俺の既読が遅いと電話してくる事がたまにあった。まあたまにだけど」
「メールアプリ?」
「ああ、消したよ! 消しちゃダメなのか? 俺にだってプライバシーはある。見られたくないもんだってあんだよ!」
「キャバ嬢とのやり取りとか、んなもん誰にも見られたくねーだろ! 普通」
「指名手配されたんだ。捕まらねえって保証はねえだろ。現に捕まっちまったんだから! 無罪なのにな!」
「電話は履歴があんだろ! 俺が嘘ついてるっていうのか? あ?」
「ふざけんな! 俺だって信用してなかったけど、そいつの言った通り、津田沼のコインロッカーに五十万入ってた」
「暗証番号のやつだよ! 逃亡資金だって言われた。お前の味方だって、犯人が捕まるまで身を隠せって……」
「男だと思う」
「変な声だったんだよ」
「なんていうかハンカチ充ててしゃべってるような」
「だから、何度も言わせんな! 俺はあの晩、富士見のカノンで飲んでて、タクシーで帰ったような記憶があるけど、気が付いたらリサのアパートで寝てて……」
「リサ? キャバ嬢だよ。カノンのキャバで春菜の友達だ」
「リサは源氏名、本名は……えっと……」
「鳥海、そうだよ鳥海、
「いや、付き合ってるわけじゃない」
「知らねーよ! その電話で起きたらリサのアパートで、リサはいなくて伝言があった」
「酔って、どうにもならなかったから自分のアパートに連れてきたって。帰るときは鍵をかけて、その鍵は玄関ポストに入れておけって、メモが」
「ああ、その通りにしたよ」
「まあ……酔って記憶なくした事も何回かは」
「リサのアパートを出たのは十時過ぎてた」
「だから! リサに聞けよ! 俺は前の夜はカノンで飲んで、朝十時までリサのアパートにいたんだ」
「オヤジとは反りが合わなかったが、殺すほど憎んじゃいない! 母親もウザかったが、それで殺すとかありえねーだろ!」
「ナイフ? ああ多分俺んだけど、俺じゃねえよ!」
「はめられたんだよ!」
「だから知らねえって!」
「あ? 犯人があのナイフ使ったんだろ! 俺の部屋には何本もあっから」
「俺んだから、俺の指紋ついてたっておかしくねーだろ!」
「だから、はめられたんだって言ってんだろ!」
「死んじまったんならしょうがねえだろ! 俺が泣いたら生き返んのか? あ?」
「あ? 悲しいに決まってんだろ!」
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