2-13 重要参考人 ②

 蘇我署の調べでは、現在のところ、田之上和彦さんとトラブルを抱えていたと思われる、株式会社ドマーニの社長、笹川幸一ささがわこういちさんと、元ミヤマスーパー社長、深山茂みやましげるさん。この二名に事情を聞いたが、事件への関与は考えにくく、笹川さんはアリバイも成立している。深山さんは六時から七時半までのアリバイは無いが、白とみて間違いはなさそうである。

 また、和彦さんと親交があったと思われる元暴力団、武石商事の武石浩司たけいしこうじ及び、その社員のアリバイは現在確認中である。

 なお、事件当日より田之上和彦さんの長男、田之上政男たのがみまさおさん、二十六歳が行方不明になっている。事件に関与、もしくは巻き込まれている可能性があるとし、現在、その行方を追っている。


「他に何か新しい情報は!

 課長が怒鳴る。

「はい」

 海渡が立ち上がって、B5サイズにプリントした写真を配った。

「これは三年前の七月十六日、田之上和彦さん宅の庭に忍び込んだ不審者です」

 海渡の言葉に会場がざわつく。

「残念ながら、画像はあまりにも不鮮明で、人物の特定には至りませんが、AI解析によると、この不審者は男性で、身長約一七二センチ、体重約五七キロ、年齢は三十五から五十歳。なお、顔が黄色く見えるのは、ゴム製の覆面をしていたからと思われます」

 一呼吸おいてから海渡は続けた「なお、この不審者は、田之上和彦さんのお嬢さんである春菜さんを狙ったストーカーである可能性が有力です」

「その不審者は、その後も現れているのですか?」所轄の刑事が質問する。

「いえ、現れていません」と海渡。

 再び会場がざわつく。

「そんなに前のストーカーじゃ関係ないんじゃないか?」と所轄の刑事。

「でも、調べてみる価値はあるかと……」

「んなもん、どうやって調べんだよ! 昔のストーカーより政男だろ」

 蘇我署の郡山がストーカーの写真を投げ捨てて立ち上がる。「本部の皆さんは、大昔のストーカーに興味をお持ちのようだが、犯人は政男で決まりです」

「根拠は?」部長が聞く。

「奴は……田之上政男は、調べれば調べるほど埃が出てきます。酒癖が悪く、あちこちでトラブルを起こしていました。年中、親を殺してやる! とも口走っていたようです」

 海渡が挙手して立ち上がる「たしかに、あの親子は昔から口喧嘩が絶えなかったようです。だが決して仲が悪いわけじゃない。妹の春菜さんの証言によれば『兄は世間からみたらダメ人間で酒を飲むと人が変わってしまう。でもほんとは悪気はなく、気の弱い人物で、両親を殺すなんて考えられないし、そんな理由があるとは思えない』と言っています。ひょっとしたら、なにかトラブルに巻き込まれているのかもしれません。怪しい事は認めますが、動機が不明です」

 一呼吸おいて海渡は更に続けた「そもそも、政男の犯行だとしたら、母親である理央さんを全裸にして殺す意味がわかりません」

 海渡は郡山を睨めつけた。

「はいはい」

 バカにするような口調で返事をして、郡山が立ち上がった。「親子関係ってのはね、他人にはわからないものなんですよ。『仲のいい親子』と言われていた家族の殺し合いなんて日本中いたるところで起きている。世の中で起きている殺人事件、その半分は親族同士だ」

「政男が犯人じゃない、と言っているのではない! 可能性の問題だ」北守が怒鳴る。

 郡山が北守に向かって笑みを浮かべてから、檀上に向かって話し始めた。「政男は金に困っていました。政男の父親、田之上和彦は財産を使い果たしてしまい、政男どころではなかった。親父から金を引っ張れなくなった政男はここ半年余りで、あちこちのサラ金から合計三百万ほどつまんでいます」

 そう言って郡山が所轄の若い刑事のほうに顎をしゃくる。

「はい。田之上政男の借金が始まったのは、約半年前からです。その頃から、親子の仲がより悪くなったようだと、知人が証言しています」

 若い刑事が手帳を見ながら答えた。

「政男はなんでそんなに金に困っていたんだ?」と署長。

「はい、元々政男の金使いは荒く、月に数十万から、多いときには百万以上を夜の街で溶かしていました」

「その金の出どころは親父だったと」

「はい」所轄の別の捜査員が立ち上がる。「父親である田之上和彦の事務所から、秘書という名目で毎月五十万の給料が支払われていました。和彦さんの友人によると、更に政男は給料とは別に、月三十万ほど親から小遣いをもらっていたようです」

「バカ息子ってことか」と署長。

「はい。その友人の話によると、和彦さんは政男に対し、問題を起こされるくらいなら、金を渡していた方がマシだ。と言っていたそうです」

「バカ息子にしてバカ親か」

「はい。ですがここ数ヶ月は、それも滞っていたので、金に困った政男は街金からつまんでいたようです。街金は、父親が議員である田之上和彦なので、渋らずに金を貸したようです」

 別の刑事が立ち上がって報告した。「調べたところ、和彦さんの借入金は一億二千万、妻の理央さんが一億円、ただ、理央さんの借金一億のうち、約半分の四千五百万はノンバンクからの借り入れでした。和彦さんは、富津に沢山の山林を所有していますが、大して価値のあるものではありません。富津市街にもいくつか不動産を持っていますが、評価額は五千万程で、すべて銀行の抵当権がついています」

「和彦はなんでそんな借金を?」

「不動産投資に失敗したようです。理央さんは仮想コインでの損でした」

「つまり、和彦は金に困っていたということか」と署長。

「はい。和彦さんは議員報酬以外にも、かなりの雑収入があったようですから、すぐには破産する。という状況ではありませんでした。ですが、ギリギリの状態で、政男どころでは無かったと思われます」所轄の刑事が言った。

「まあ実際、金庫は開けられ、数千万の時計がなくなっている。そもそも、当日から姿をくらましているってのが、答えじゃないですか?」

 郡山が北守を見つめて言った。


 今のところ田之上政男の足取りは掴めていない。政男は重要参考人として手配。海渡が言った不審者は参考まで、という扱いになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る