2-8 北守と武石 ③
「そういえば……」武石が呟く。
「なんだ? なにかあるのか?」
北守が武石を指さす。
「―犯人を見た奴がいるかもしれん」
「なんだって!」
北守と海渡が同時に言った。
「早まるな。二年以上前の話だ……」
武石が座りなおして足を組む。
「…………」
「早く言え!」北守が怒鳴る。
「俺にメリットは?」
武石が不敵な笑みを浮かべる。
「貴様…………」北守が舌打ちしてから続ける「来月もピーナッツパイを差し入れる。更に抹茶アイス一ケースつけてやる」
「北守、貴様舐めてんのか?……まあいい、それで手を打ってやる」
武石が足を組みなおす。
は? いいのかよ! お前、今の条件でいいのかよ! 海渡は心の中で武石に突っ込んだ。
武石が話し始めた。「二,三年前だったか、田之上から自宅警備を依頼された」
「自宅警備? なぜお前に? 警察とか警備会社でなく……」
「そんな事は容易に想像がつく、田之上が何を心配していたのか知らんが、インサイダーや恐喝……叩けばいくらでも埃が出てくる奴だ。誰かに脅されていたのかもしれんし。警察は勿論、正規の警備会社には頼めない」
「で、田之上は誰から狙われていたんだ?」
「それはわからん。だが、うちの若いもんが目撃している。今呼んでやるから待ってろ」
そう言うと、武石は大声をだした「誰か坂田を呼んできてくれ」
「そもそも田之上は何故警護を依頼した?」と北守。
「不審人物が家の周りをうろついていると言っていた。黒ずくめの服装でフードを被り、庭に侵入されたことも何度かあるらしい」
「で?」
「一度うちの若い奴に見られてからは、目撃されていない」
「お前、あの連中……に家の周りをうろうろさせたのか?」
北守が扉の向こうを指さして言った。
「いや、俺らだってそんなバカじゃない。田之上は議員だ。当然世間体を気にするから、庭にテントを張って泊り込ませた。あいつんとこの庭は広いし、できるだけ外からは見えないようにしたさ」
「何日くらい張り込んだ?」
「一週間くらいだったかな―張り込んで三日目に不審者を確認したが取り逃がした」
「どんな奴だ?」
「画像がある。まだ坂田が消してなきゃな」
「まじか!」
坂田は、落ち着きなく身体を揺らし、目の焦点も合っているとは思えず、見るからに頭の悪そうな男だった。
「坂田、田之上んとこの不審者の話してやれ。くわしくな」
「はい。わかりました」坂田は軽く頭を下げてから話はじめた「夜、人の気配がしたんで、そっちの方に行ったら、黄色い顔の黒い奴がいて、雨降ってたから俺は転んじまって、気づかれて逃がしちまって……木内はコンビニ行ってていなくて……すいませんでした」
海渡と北守が顔を見合わす。
「おいおいそれだけか?」
北守がため息をついて武石の方を向く。
武石は両の手のひらを上に向けたゼスチャーをしている。
「もういい! 坂田! 俺の質問に答えろ!」
北守が怒鳴る。
「答えてやれ」と武石。
「――で、今の質疑応答をまとめると―」海渡が説明する「田之上和彦さんの自宅は三方向が隣家に接しているため、侵入経路としては、道路に面した正面側のみ。そこに三台の監視カメラを仕掛けて待機。だが深夜二時頃、勝手口の方に人の気配を感じた坂田は、そっと近づいたが、雨で滑って転倒。不審者に気づかれてしまい、逃走された。不審者の身長は一七〇センチ程、普通体形。黒いズボンに黒いパーカー姿。フードを被っていたので顔はよく見えなかったが黄色く見えた。一台のカメラが不審者の姿をとらえていたが、画像は荒く、人物の特定は不可能だった。この一件の後、不審者が現れる事は無く、合計十日間の張り込みを持って契約は終了……画像は、記録したカードに上書きしてしまったので、もう無い。てことで間違いありませんね?」
「はい」坂田が返事をする。
「ああ、その通りだ」
続いて武石が頷く。
「武石さん。その画像を記録したSDカードって……表のカメラに?」海渡が聞く。
「ああそうだが」
「お借りできませんか?」
「そんなもの、上書きされてたらおしまいだろ」と北守。
「いえ、クイックフォーマットや上書きしただけなら、データは残っているはずです」
SDカードを受け取り、礼を言って二人が立ち上がった時、武石が言った。
「その不審者、たぶん娘の、なんて言ったっけか?……」
「田之上春菜さんです」
「ああそうだ、その娘のストーカーって線が濃厚だった」
「ストーカー?」と北守。
「何度か、黒の上下で、パーカーのフードを被った奴に後をつけられた事があったらしい。顔は見て無かったらしいが」武石が言った。
「なんだよ、空振りか?……」
北守が舌打ちする。
「でも、調べてみましょうよ」
「ああ」
「そいつより田之上政男。奴が一番怪しいんじゃないのか?」と武石。
「政男?」海渡が聞き返す。
「田之上和彦の息子だ。一応、親父の秘書みたいな事を言っているが、実際には働きもしないで、ブラブラしてやがるごくつぶしだ。よく親子喧嘩をしてたしな」
そう言って武石が茶をすする。
「ドラ息子って話だな」と北守。
「政男は栄町の常連でな。酔って何度もトラブルおこして、その都度、親父である田之上和彦が金で解決していた。俺も仲介に入ったことがある」
そう言うと武石はソファーにふんぞり返った。
「栄町って……風俗街ですよね」と海渡。
「ドラ息子だな」と北守。
武石に礼を言って事務所をでた。
外に出ると、すっかり日が落ちていた。
帰りは海渡がスバルを運転した。
「北さん、もう六時過ぎちゃってますよ。大丈夫ですか?」
「今頃、蘇我の連中は大騒ぎしながら帳場を立ててるだろうよ」
「帳場って、捜査本部ですか?」
「ああ、でかい事件だからな」
「自分達、行かなくていいんですか?」
「一旦、本部に戻る。課長にも報告しないとだし……それより腹減らないか?」
「え? まあ減ってますけど」
「ラーメンでも食っていくか?」
「いいんですか?」
「どうせ今日は長丁場だ。下手すりゃ食いっぱぐれるぞ」
「そういえば武石さんって……北さんとどんな関係……」
ラーメンをすすりながら、海渡が聞く。
「高校の時タイマン張った奴だ」
「え?……マジっすか?」
「あの頃は俺も少々粋がっていた」
北守が頭を掻く。
「で?」
「で、なんだ?」
「勝ったんですか?」
「引き分けだ」
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