2-6  北守と武石 ①

 スバルは国道十四号線を南に向かって走っていた。

「北守さん。どこに行くんですか? さっき無線で戻れって言われてたじゃないですか? そんなピーナッツパイなんか買って」

「北でいい」

「え? ――あ、ありがとうございます。じゃあ自分のことも海渡って呼んでくださいよ」

「浜野だ」

「浜野? 浜野って、本部に戻らないのですか?」

「心配するな。俺の独断だ。お前に迷惑はかけない」

「そんなこと心配していませんよ」

「で、どうだった?」

「え? 何がです?」

「田之上春菜だ」

「あ、はい。彼女が帰って来た時、玄関の鍵は閉まっていたようです。それで彼女は――」

「そんなことはどうだっていい。ハナからお前の聴取なんてあてにしちゃいない」

「え? なんですかそれ! じゃあなんで……」

「どんな様子だった?」

「どんなって……動揺していて、悲しんでいて、でも気丈だったかも……そうそう彼女って、養女だったようです」

「なにか、おかしいところはなかったか?」

「え? あ!」

 海渡が手を打つ。

「どうなんだ?」

「そうか! 第一発見者を疑え! ですか?」

「疑わなくてもいい。矛盾点とか、腑に落ちない点とか……なにか気づいた事はなかったか?」

「自分……全く忘れていました」

 チッと北守が舌打ちする。

「あ、でも、彼女は自分に心を開いてくれました。前の両親に虐待されていたとか、父親はヤクザと繋がっているとか」

「お前……そんな事まで聞けたのか?」

「はい!」

 褒められたのか? 北さんに褒められたと受け取っていいのか?

「で、お前はどう感じた?」

「あ、はい。第一発見者が犯人って事はあり得ないと思います」

「よし、上出来だ」

「やり!」

 海渡は声に出してガッツポーズをした。

「てか、あのさっきのハゲ! 蘇我署のハゲ、メッチャムカついたんですけど……」

「ああ、あいつか? あいつは蘇我署の郡山こおりやまだ。館山にいたときの同僚でな、俺が本部に行った事を根に持っている小さいやつだ」

「自分、とばっちりですか?」

「だな、とにかく本部を目の敵にしている。キャリアもな」

「階級は?」

「俺と同じ万年巡査部長だ」


 スバルは浜野駅から五百メートル程離れたところにある、古びた小さなビルの前に停まった。

 四階建ての雑居ビルの四階、エレベーターを降りると強面のヤンキースーツの男がこちらを睨みつけた。ホストを気取っているようであるが、残念ながらバカ丸出しにしか見えない。

 武石商事。と書かれた扉の上には防犯カメラがとりつけられている。

「あ? なんのようだ?」

ヤンキースーツが凄む。

武石たけいしに用がある。北守と言えばわかるから呼んで来い」

「なんだと! テメ舐めてんのか? コラ」

ヤンキースーツが北守の胸ぐらを掴む。

「イテテテ、放せ!」

アッという間にヤンキースーツの腕は北守にねじり上げられ、次の瞬間、ドアに突き飛ばされた。

「北さん……ここって……まさか……」

「ああ、落ちぶれた元ヤクザの事務所だ。今時だろ」

そう言って北守がわざとらしく自分のスーツのゴミを払う。

「てめー、ぶっ殺す!」

 倒れたヤンキースーツが大声で叫ぶ。

 外の騒ぎに何事かと数人の男が飛び出してきた。

「てめ、どこのもんだ? 殺すぞ!」

 金髪のロン毛が凄む。

「やってみろ」

 そう言って北守が金髪の髪を掴んだ時、高そうなスーツを着た中年男性が現れた。

「お前ら戻れ、そいつは県警の北守だ」

 北守から、武石と呼ばれたその男はいかにも。という風貌で、北守同様、がっちりとした体格だった。

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