早朝に防波堤に行って、歌おうとするがうまく声が出ない。

でもここならいつか声が出る気がする。

健吾に初めて歌を褒められた場所で、健吾に初めて夢を伝えた場所でもある。

真奈美は大きく息を吸い込んだ。

漏れる息の間に少しだけ歌声が混じる。

やはりそう簡単にはいかない。

また大きく息を吸い込もうとした時、遠くからたくさんの人がこちらに向かってくる。

懐かしい顔のメンバーだ。

「この前はすまなかった」

佐藤くんが来ていきなり頭を下げた。

「いや、私も・・・ごめん」

昔からやんちゃで明るい笑顔は変わらない。

「真奈美」

健吾がいつもの穏やかな笑顔でこちらを見ている。

「俺らさ、お前の夢を応援したくてさ。お節介なのもはわかってるんだけど、ほっとくのも嫌なんだよ」

「本当に健吾はお節介だからな」

関口くんもやれやれという声を出しつつも、嬉しそうに笑っている。

本当に変わらないものがここにはある。

「合唱コンクールのこと覚えてるか?高3の時みんなで歌った歌」

「旅立ちの日に・・・?」

「そう、そう。それをみんなで歌おうかなって思ってさ」

「いや、でも私・・・歌は・・・」

「俺さ、歌うたうのめちゃくちゃ苦手でさ、合唱コンクールもいやいやだったけど、みんなで歌うと一体感があってさ、すごい楽しかったんだよね。俺音痴だし、歌えてなかったけど、みんなで歌うのいいなって思ったんだよ。歌うのって本来楽しいもんだろ?真奈美もいつも楽しそうだったじゃん」

そうだ、いつだって歌う時は楽しかった。

上手く歌えなくて何度も練習しても嫌だと思わなかった。

ただただ歌うことが楽しかった。

「真奈美、歌えなくてもいいからさ。楽しもうよ」

健吾が手を差し伸べてくれる。

同級生たちは、真奈美があんなにひどいことを言ったのに、ニコニコと笑ってくれている。

健吾の手にそっと自分の手を重ねた。


「せーの」

佐藤の掛け声で歌い始める。

『白い光の中に山並みは萌えて はるかな空の果てまでも君は飛び立つ

限りなく青い空に心ふるわせ 自由をかける鳥よ 振り返ることもせず

勇気を翼にこめて 希望の風に乗り この広い大空に 夢を託して』

打ち寄せる波の音に負けないくらいみんなの声が響く。

『懐かしい友の声 ふとよみがえる 意味のないいさかいに 泣いたあの時

心通った嬉しさに 抱き合った日を みんな過ぎたけれど 思い出強く抱いて

勇気を翼にこめて 希望の風に乗り この広い大空に 夢を託して』

歌う声が一つずつ減っていく。

『今 別れの時 飛び立とう 未来信じて はずむ 若い力 信じて

この広い この広い 大空に』

健吾と真奈美だけの声になる。

『今 別れの時 飛び立とう 未来信じて はずむ 若い力 信じて』

健吾の声を離れていく。にこやかにこちらを見ている。

『この広い この広い 大空に』

真奈美の声が大きく海に響き渡った。


合唱をしてから2週間したころ、真奈美から連絡があった。

「私、もう一回頑張ってみる」

真奈美は穏やかな声でそう言った。

健吾は、真奈美を見送るため、かつてのバス停で真奈美を待っていた。

真奈美は笑顔で手を振りながら、キャリーバックを引いてやってきた。

「お母さんが見送ってうるさかったんだけど、断っちゃった」

「そうか」

「今回は色々ごめんね。本当に感謝してる」

「気にするな」

いつもならもっと言葉でが出てくるはずなのにこれ以上出てこない。

バスがやってくる。

「これだ。じゃあ健吾、いってくるね」

「おう」

10年前、何も言えなかった。

不安で泣きそうになっている真奈美に言いたいことも言えずに見送ってるだけだった。

バスに乗り込もうとする真奈美の腕をそっとつかむ。

「俺、真奈美の夢応援してるから」

真奈美の腕をぐっと引っ張って自分の胸に寄せる。

「今度は会いに行くから」

真奈美は嬉しそうに笑って、少し涙ぐんでいた。

バスに乗り込んでいくと、窓から嬉しそうに手を振っている。

扉が閉まり、バスが走り出す。

バスがどんどん遠くへ行って、見えなくなっていく。

それでもあの時の孤独感はない。

健吾は大きく背伸びをして、上を向きながらいつもの道を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サヨナラバス 月丘翠 @mochikawa_22

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ