⑥
地元に帰ってきてそろそろ半年になる。
28歳で働きもせず、家にいるのは、心苦しいが、何もする気力がわかない。
何より歌手になると言って地元を出て、歌えなくなりましたなんて口が裂けても言えない。
特に健吾には。
健吾はいつも私を応援してくれていた。
私の歌を誰よりも褒めてくれた。
きっと本人は自覚ないだろうけど、私はさり気なく褒めてくれたり、励ましてくれる健吾に私は心惹かれていた。
だから健吾が東京に行きたいと言っていると聞いた時は本当に嬉しかった。
一緒に東京にいけるんだと思ったから。
でも健吾は家の事情で東京の大学へ行けなくなってしまった。
聞いた時はショックだったが、健吾が一番ショックを受けているのは表情を見ただけでわかった。
東京に行けなくて悔しいはずなのに、健吾は「真奈美は夢をかなえてこい」と背中を押してくれた。
だから、地元に帰っても健吾にだけは会いたくなかった。
きっとなぜ帰ってきたのか聞かれるだろうし、事情をしればきっと頑張ったねとやさしく慰めてくれるだろう。
そう言われたら、私は健吾に甘えてきっと現状から逃げてしまう。
だから会いたくない、そう思っていた。
でもやっぱり大きくない町だから、会ってしまった。
たまたまコンビニ行った帰りに、バスに乗った健吾と目が合った。
一気にあの時のことが蘇る。
最後のバス。
何も言えずにただ小さくなる健吾を窓から見ているしかなかった。
健吾も目が合ったと気付いたに違いない。
ここに来るかもしれないと、慌てて歩道橋を上がり、向こうの道へ出た。
こっちの方向には来ないはずだ。
ふと向こうの通りをみると、健吾が走って向かってきていた。
通りの向こうの健吾と目があった。
(健吾)
真奈美は目をそらすと逃げるように歩き始めた。
すごく感じ悪いことをしている自覚はあったが、どんな顔で会っていいのかわからなかった。
それから数日がたって、母親に居酒屋に注文したテイクアウトの商品を取りに行くように言われた。気は進まなかったが、ずっと家にいる手前、罪悪感もあって取りに行くことにした。
居酒屋の扉を開けた瞬間、懐かしい顔がそろっていた。
高校時代の仲間たちが大人になって目の前にいる。
みんなが口々に話しかけてくる。
(あなたのこと友達なんて思ったことない)
かつての友人だった人の言葉が蘇る。
本当にみんなが私を友人と思っているかわからない。
どうしようと思った瞬間、健吾と目が合った。
(逃げ出したい)
気づいたら、暴言を吐いて店を飛び出していた。
(最低だ、私)
公園のベンチに座っていると、すっと隣に誰かが座ってくる。
(健吾)
思わず立ち去ろうと立ち上がるが、「逃げなくてもいいだろ」という健吾の言葉でベンチに座った。
「佐藤がだまし討ちにしたのは悪いことだとは思うけどよ、あんな言い方しなくてもいいんじゃねぇの?」
「うるさい」
(本当はこんな言い方したくない)
「健吾って本当に昔から変わらないよね。正義感強くて、委員長タイプって感じで。私、健吾のそういうところ、大嫌いだった」
(大嫌いなんて思ってない。でももう私に構ってほしくない。昔の私とは違うんだもの)
私は逃げ出した。
自分が傷つきたくないから、健吾にがっかりされたくないからと自分勝手に相手を傷つけてしまった。
かつての裏切った友人と自分は大して変わらない。
その日は一晩中涙が止まらなかった。
それからしばらくして、健吾は家に来るようになった。
まっすぐな健吾のことだ。励まそうとしてくれているのだろう。
自分はこんなに性格も悪くなってしまったというのに、健吾はあの頃と変わらない。
(そういえば・・・)
最後のバスに乗る前に言っていたことを思い出した。
「お前は東京で夢を叶えて来いよ。俺はここで変わらずに待っててやるから」
健吾は寂し気な表情で笑っていた。
(健吾は約束を守ってくれてるんだ。変わらずにここで、私が帰ってこれるように)
じゃあ私にできることってなんだろう。
「夢を叶えて来いよ」
健吾の言葉が蘇る。
(私の夢は―)
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