真奈美とは別に特別仲良いわけでもなく、高1の時になんとなく出来た地元近くのグループの1人と言う感じだった。

夏休みに入って川遊びをしようという話になり、近くの山の中の小川に遊びに行くことになった。健吾たちの田舎は海もあり、山もあり、山の中には川もあり、駅の周りはほどほどに店があるという田舎だが割と住みやすい地域だ。

その日は良く晴れていて、川遊びをするにはちょうど良かった。

例のごとく、佐藤がニカっと笑い、飛び込み大会が開催されることになった。

2メートルくらいの高さの岩から、深さのある川へ飛び込むというものだ。

今思えば、非常に危険な行為であるが、そこで育っていた当時はどうってことなかった。

男子はふざけて飛び込み、女子も怖いといいながらも飛び込んでいく。

いよいよ健吾と真奈美だけが残った。

真奈美は明らかに震えている。

「怖いのか?」健吾がそういうと、「そんなことないよ」と親指をぎゅっと握っている。

「こんなの無理してやることじゃないよ」

健吾は佐藤たちに大声で「俺、飛び込むの怖いからやめるわ」というと真奈美の手をとって、岩から降りた。

みんなからビビりと言われたが、健吾は気にならなかった。真奈美が安心した顔で笑っていたのでそれでいいと思った。あとから他の女子に「あの子、高いところ苦手なのに無理してたから心配で。ありがとう」と言われた。真奈美は嘘をつく時や我慢する時、親指をぐっと握る癖があって飛び込みするってなった時も思いっきり握っていたらしい。

その川からの帰り道、本屋に寄るといった健吾に真奈美はついてきた。

特に困ることもなかったので、各々本を見て回った。

時計を見ると、19時を指している。そろそろ帰らないと母親もいい顔をしないだろう。

健吾は会計を済ませると、真奈美と一緒に本屋を出た。

真奈美はその後も健吾の後を付いてくる。

「真奈美の家ってこっち?」

「あ・・ううん、違うんだけど、まぁいいじゃない」

そういってはぐらかしてくる。

とうとう健吾の家に着いた。

「じゃあ」と真奈美が去ろうとするが、夜道を一人歩かせるわけにも行かない。

「夜一人だと危ないだろ?送るから」

健吾は母親に一声かけて荷物を置くと、真奈美を家まで送ることにした。

「なんかごめんね」

「どうして俺の家までついてきたんだよ」

「・・ないから」

「ん?」

「家に帰りたくないんだよね」

「親と喧嘩でもした?」

「そういうわけじゃないんだけど」

真奈美が下を向いて歩いている。ふと、手を見ると、親指をぎゅっと握っている。

「なんか我慢してんのか?」

思わず健吾が尋ねると、真奈美はびっくりした顔を一瞬したが、すぐ下を向いた。

「別にしてないよ」

「いや、してるだろ?だから帰りたくないじゃないの?」

健吾がそういうと「そんなんじゃないから」と少し怒った口調になった。

「まぁ落ち着けよ。俺だって親にはイライラするけどよ。色々学費とか払ってくれてるし、そんな毛嫌いせんでも・・」

「私のこと何も知らないくせに勝手なこと言わないで」

「怒ることはないだろ?心配してるだけじゃねぇか」

「それが余計なお世話なの!今日の飛び込みだって、私だってできたんだから!」

そういって真奈美は走って帰って行ってしまった。

やっぱり親指はぐっと握られていた。

その後、父親から長年DVを受けていたこと、やっと最近母親が離婚できたということを耳にした。見栄っ張りな父親だったらしく、学費や養育費なんかも問題なくもらえていると風のうわさで聞いた。

その噂を聞いた時には、自分の軽率さに愕然としたが、言ってしまったものは今更どうしようもない。

年頃の娘が親とうまくいかないなんてありふれた問題だと思って、深く事情も気かずに傷つけることを言ってしまった。

自分の胸の中だけでしまうのは辛くて、関口に話をすると、「しばらくはそっとしておいてやるしかないだろうな」冷静な口調でそういうと、健吾の肩を叩いた。

「家族間のことは他人が口だすべきことじゃないからな」

健吾はいらないことをいって傷つけたのに、何もしてやれないことに歯がゆさを感じたが、やはり時の薬は一番の特効薬のようで、一ヶ月もしないうちに元気になっていた。

そして気づいたら、元のように同じグループで話すようになっていた。


大嫌いと言われたあの日、真奈美は親指をどうしていただろう。

「あぁ俺またやってる」

「どうした?健吾」

「あいつ親指握ってたわ、同窓会の時も、大嫌いって言った時も」

「親指?なんだよそれ?」

「俺ちょっと行ってくるわ」

健吾は居酒屋を飛び出した。

真奈美は同窓会で「田舎が嫌い」などと言っている時も親指を握っていた。

それなのに、また昔と同じようにあんな言い方よくないと言ってしまった。

真奈美には真奈美の事情があるかもしれないのに。

健吾はどうするべきかわからぬまま、でもこのままじゃいけないと、真奈美の家へ走り出した。

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