②
真奈美を見かけて3日ほど経った。
なぜ目をそらされたのか考えるが、答えが見つからない。ただもう10年も経っているのだから真奈美が会いたくないと思っても仕方ないのかもしれない。それに歌手になると言って出ていったのに、夢を諦めて戻ってきたのも恥ずかしいと思っているのかもしれない。
そんなことを想像するだけで、家に会いに行く勇気も出なかった。
真奈美から歌手になりたいと聞いたのは高2の冬だった。学校の帰り道にたまたま会って一緒に帰った時だ。真奈美が珍しく相談に乗ってほしいというので、近くの防波堤に腰かけた。海が夕日を反射してキラキラ輝いている。
「もうすぐで高3でしょ?進路のこと色々決めなきゃなって思っててさ」
真奈美は大学に行かずに東京の歌の専門学校にいくと恥ずかしそうに教えてくれた。
「歌手なんて簡単になれないってわかってるんだけど、小さいころからの夢だからさ」
「真奈美、歌上手いもんな」
少し照れくさそうに真奈美はわらって、「好きなだけだよ」といった。
「親とかに言ったの?」
健吾がそう聞くと途端に顔色が曇った。
「言った・・、けどダメだって」
大学に行ってからでもなれるとかそんな甘い夢じゃないとかかなり怒られたらしい。
「親の言ってることもわかるんだけどさ、人生一度きりだから冒険したいじゃん」
「まぁな」
健吾は自分も東京にいきたい気持ちがあるから、真奈美の気持ちはよくわかる。
「健吾はどうするの?」
「んー、まぁ地元の大学かな」
「東京行きたいって言ってたじゃん」
「あぁ、まぁそうなんだけどさ。ばあちゃんの介護もあるし、親父が死んでから色々母ちゃんも弱気だしな。俺はここに残るよ」
真奈美は少し寂しそうな顔をして「そっか」と親指をぎゅっと握って小さくつぶやいた。
波が足元で打ち付けられては返って行く。
「俺の分まで東京で夢かなえてくれよ、応援してるからさ」
その後、真奈美が何か言ったような気がしたが、波の音にかき消されて聞こえなかった。
高3になってから真奈美は色々オーディションを受けたり、デモテープを芸能事務所に送ったり、積極的に夢に向かって努力していた。
それを見ながら羨ましいと健吾は思いつつ、真奈美の夢を応援していた。
最終的に練習生という扱いで面倒を見てくれる事務所が見つかり、真奈美の親は最後まで反対していたが、東京に真奈美は出ていった。
「飲みいこうぜ」
友人の佐藤に呼び出されて、健吾は居酒屋へ向かった。佐藤は、小学校からの幼馴染だ。小中高大とすべて同じで、何もかも見知った仲という感じだ。最近子供が生れて、パパ業に必死でこうやって飲みに行くのは久しぶりだ。
「健吾―!こっちだ」
佐藤の方へ行って席に座ると、同級生の関口も来ていた。
「関口も久しぶりだな」
「久しぶり」
お互いの近況報告を行うと、話題はすぐ真奈美のことになった。
「この前電話したろ?真奈美が帰ってきてるって」
「あぁ」
「あれから母ちゃんに聞いたんだけどよ」
佐藤によると、真奈美は2週間ほど前から帰ってきているらしい。
たまたま佐藤の母親が真奈美の母親にスーパーで会って聞いたそうだ。
帰ってきた理由ははっきり答えてはくれなかったそうだが、どうやら体調を崩しているらしかった。
「健吾、お前は会ってねぇのか?」
真奈美に目をそらされたことを思い出す。
「会ってねぇよ。関口は?」
「俺は見かけたよ。ほら、あの夕日がきれいに見える防波堤のとこ。なんか悩んでんのかなと思って、声はかけられなかったけどな」
「やっぱ元気ねーんだよ、それならやっぱり同級生として励ますべきだと俺は思うんだよ」
佐藤がニカっと笑っている。この笑い方は、いつもロクでもないことを思いついた顔だ。
小学校生の時は、学校で肝試しといって健吾たちを誘って忍び込んで、自分で昼間に色々仕掛けたもので健吾たちを驚かせた結果、ビビった関口が窓ガラスを割って大目玉を食らった。中学校の時は、学校をさぼって東京にアイドルのライブへ行った結果、財布を落として帰れなくなり、地元では家出だと大騒ぎになった。
これもどれも「やろうぜ」と佐藤のニカっとした笑顔で始まった。
「佐藤、お前どうせロクでもないこと考えてるだろ」
「ばかやろう、俺はいつだっていいことしか考えてねーよ」
そして佐藤はまたニカっと笑うと、「同窓会やろうぜ」と言った。
「同窓会?」
「おう、もう10年以上集まってねぇだろ?久々に旧友の顔みれば、真奈美も元気になるって」
「真奈美こないんじゃない?」ともっともな意見を関口が言うと、「そこは考えてある」とますます佐藤の顔が悪い顔になっている。
そこから佐藤の動きは早かった。同級生に一斉に連絡をしていき、奥さんも同級生なので女子への連絡も滞りなく進んでいった。
健吾は店の予約を任され、近くの安くてうまい店を予約した。
いよいよ明日は同窓会だが、嫌な予感しかしない。
真奈美に目をそらされた時のことが蘇る。
健吾は黒いもやもやを消すように、布団に潜り込んで眠った。
翌日、同窓会の会場である居酒屋に行くと、20名ほど懐かしい顔がそろっている。
佐藤は昔から悪いことする割には人望はあったので、これだけ集めるとはさすがだ。
同級生もすでに子供が3人いるやつもいれば、社長になっているやつもいる。同じ高校を出たが全く別の人生を歩んでいる。それでもこうやって集まると、昔のように話せるから同級生って不思議だ。
健吾はきょろきょろとあたりを見回すが、真奈美はまだ来ていないようだ。
「健吾、佐藤しらねぇか?」
「あいついねぇの?幹事だろ?」
「そうなんだよな。なんか嫌な予感するんだよな、俺」
「関口、俺もだ」
しばらくわいわいと同級生とご飯を食べていると、がらがらと居酒屋の扉が開かれる。
真奈美が驚いた表情で立っている。
「真奈美だー!久しぶりじゃん」
みんなが盛り上がって口々に話しかけるが、真奈美は何も答えない。
「どうしたの?真奈美」
「・・・私帰る」
真奈美が振り返って帰ろうとすると、佐藤が立っている。
「そんなすぐ帰ることはねぇだろ?」
「私は、母に注文した料理を取ってくるように言われたから来たの!」
「騙したのは悪かったけどよ。久々にお前の顔見たかったし、元気ねぇって聞いたから集まったんだぜ」
「そんなの頼んでない!だから嫌なのよ、田舎は!人のプライバシーにも土足で踏み込んで、なんなのよ!」
真奈美は佐藤を突き飛ばすと、飛び出していった。
真奈美が公園のベンチに座っている。
健吾は息を整えると、真奈美の横に座った。
びくっとなって、立ち去ろうとする真奈美に「逃げなくてもいいだろ」といって引き留めた。
「佐藤がだまし討ちにしたのは悪いことだとは思うけどよ、あんな言い方しなくてもいいんじゃねぇの?」
「うるさい」
「高校生みたいに言い返してくるなよ、もういい大人だろ」
健吾がそういうと、真奈美は押し黙った。
「とはいえ、今回の佐藤のだまし討ちみたいなやり方がよくないと思うから注意しておく。
真奈美もほかの奴らまで傷つくような言い方もよくない。そうだろ?」
健吾が真奈美の方を見るが、真奈美は健吾の方を全く見ない。
「健吾って本当に昔から変わらないよね。正義感強くて、委員長タイプって感じで。私、健吾のそういうところ、大嫌いだった」
真奈美はそういうと走って去っていった。
「佐藤がニカっと笑うと本当にロクなことがない」
健吾がそういうと、関口も隣で大きくうなづいている。
「そうか?」佐藤は全然気にしているそぶりもない。
今日は同窓会の反省会ということで、佐藤、関口と居酒屋に来ている。
あの日健吾が店を出た後、同窓会はすごい空気になっていたようだが、佐藤が全員の食事代をおごると言ったら、盛大に盛り上がり楽しく終えたらしい。もちろん、佐藤は奥さんから大目玉をくらい、しばらくお小遣いはなくなった。
「真奈美とはそれ以来話してないのか?」
「あぁ。大嫌いだったとストレートに言われてしまうとな」
「まぁショックだよな」
「1回振られたくらいでめげるなよ」
「・・・佐藤、俺は振られてないし、こんなことになったのもお前のせいだ」
「そうだぞ、佐藤」
「そっか、すまんすまん」
「もう俺らも大人だしな。高校生の時のように励ませば元気になるとかそういう単純な話じゃないんだと思うよ」
「そうか?俺はお前らと酒飲んで話してたら元気なるけどな」
「お前みたいな単純な奴はいねぇよ」
「しばらくはそっとしておいてやるしかないだろうな」
関口の言う通り、しばらくそっとしておくのがいいのだろう。
(そういえば、同じようなセリフを昔関口から言われた気がする)
健吾は昔真奈美と喧嘩した日のことを思い出した。
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