サヨナラバス
月丘翠
①
「行ってくるね」
真奈美がトランクを持ち上げて、高速バスに乗っていく。
(今なら・・・)
健吾は口を開きかけるもうまく言葉でない。
真奈美が席についてこっちを見ている。
はっきりとは見えないのに、涙ぐんでいるのがわかる。
バスの扉が閉まっていく。
真奈美の口元が「バイバイ」と動き、精一杯の笑顔で手を振っている。
健吾が少し手をあげる同時に、バスがゆっくりと進み始める。
どんどんバスが小さくなっていく。
「・・・真奈美、好きだ」
健吾が小さくつぶやく。
バスに背を向けて歩き出すと、健吾はあふれる涙を止めることが出来なかった。
10年後-
「健吾さん、ここどうしたらいいですか?データ消えちゃって」
新人がパソコン画面を見ながら、半泣きになっている。
「ここ?マウス貸して、ここはこうやって、こうして、ほらできた」
「ありがとうございます」
健吾は、新人の肩をポンポンと叩くと、「頑張って」といって席に戻った。
旅行代理店に勤めて、5年目。
祖父母の介護やらあって、大学を卒業後、地元で働ける企業に就職した。
色々夢もあったが、それなりに充実していて健吾は自分の生活に納得していた。
健吾のスマホが鳴っている。画面を見ると、高校の時の同級生だ。
廊下に出ると、スマホに出る。
「もしもし?どうしたんだよ、珍しい。元気か?」
「元気だよ。そんなことはどうでもよくて、健吾に伝えたいことがあったんだよ」
「何?」
「真奈美が帰ってきてるらしいぞ、こっちに」
「真奈美が?」
「そう、なんか一昨日母ちゃんが見かけたって。やっぱりお前も知らなかったんだな」
「何も連絡なかったな。というかもうずっと連絡とってないしな」
「なんか母ちゃんが雰囲気が変わってたっていうからよ、何かあったのかなと思ったんだけどな」
その後、また飲みに行こうと話して電話を切った。
真奈美が歌手を目指して東京に出たのは、10年前だ。
家族や友人は心配で反対していたが、結局真奈美が押し切る形で東京に出て行った。健吾も心配ではあったが、自分も東京に憧れていたこともあり、真奈美を後押しした。
東京に向かって走っていくバスが思い出される。
その後、2年くらいは連絡を取り合っていたが、だんだんと返事が遅くなり、今では全く連絡がなくなっていた。
ようやく仕事を終えて健吾が会社を出ると外は真っ暗だ。
この時間になると、涼しくて過ごしやすい。
もう夏も終わり、秋になってきてなと思いつつ、健吾はバス停に向かった。
バスに乗り込み、ぼんやりと外を眺めていると、見たことあるシルエットの人が外にいる。
信号でバスが止まり、よく目を凝らしてみる。
(真奈美だ)
目が合うと、向こうも気づいたのか、驚いた表情をしている。
バスが動き出して真奈美が小さくなっていく。
10年前の真奈美の最後の笑顔が思い浮かんだ。
泣きそうなのを我慢した笑顔。
あの時は言いたいことが言えず、去っていく真奈美を見送ることしかできなかった。
(今ならー)
気づいたら降車ボタンを押していた。
次のバス停で降りると、真奈美がいたところ辺りまで走り出した。
何をしたいのか、何を話したいのかわからない。
でも、会いたい、話したい。
ただそれだけだ。
やっと真奈美がいたところに着いたが、真奈美はいない。
(いるわけないよな。というか今さら何を話すつもりなんだ、俺は)
健吾はその場でしゃがんで息を整えると、立ち上がって家に向かおうと顔を上げると、道路の向こう側に真奈美が歩いている。
真奈美もこちらを見て目があった。
健吾が手を挙げかけたが、真奈美はサッと目を逸らすと歩き始めた。
10年前のあの日と同じように健吾はその場に立ち尽くすしかなかった。
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