第3話

「そういえば奏多って、学校ではどんな感じなの?」


 いつも通り、夢の中。ファーレと話し合った結果、今日は何かするでもなく、雑談をしようということになっていた。

 夢の中の僕しか知らないファーレにとって、ここ以外の僕は新鮮なのだろう。キラキラした目で僕を見つめてくる。

 もとより現実世界に諦めをつけている僕にとって、普段の様子を聞かれるのは、正直答えるのが厳しい。僕は言葉を選びながら、差し障りのない回答をした。


「えーと……特になにも変わったことはないかな」

「ふーん、友達とかはいるの?」

「いるよ。明るくていい奴が」


 僕は涼介を思い浮かべながら答えた。明るくていい奴。涼介を表すには、これが一番のように感じた。

 ファーレは僕の言葉を受けて、「おお」と小さく声を漏らした。


「やっぱり、類は友を呼ぶんだね」

「……どこが?」


 ファーレの思いがけない返答に、反射的に疑問を返してしまう。たしかに僕はファーレの前では極力明るく接しているが……現実では違う。まったく違う。

 そんなことは露ほども知らないファーレは、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべながら、「だってさ」と続けた。


「奏多、いつも私との会話を続かせてくれるじゃん。唐突な誘いでも乗ってくれるし、楽しませてくれるし」


 それは、ファーレといっしょにいる時間が好きだからで……。もっと言えば、ファーレのことが好きだからで……。

 ………………駄目だ、なんだか顔が熱くなってきた。

 僕はどうしようもないことに気がついて、曖昧に相槌だけ返した。


 ファーレは満足気に微笑むと、「ちなみに、なんだけど」と妙に顔を近づけて囁いてきた。ファーレの端正な顔立ちが眼前に迫ってきて、かぁと顔に血が上る。

 これ以上頬が赤くなるのを防ぐべく、僕は体を反らしつつ、「な、何?」と返した。


「奏多は……好きな人とかいるの?」

「ゔ、え、あーと……」


 タイムリーすぎる質問に、まともな言葉が出てこなくなる。さきほどまでファーレに対して抱いていた感情が膨れ上がってきて、僕の体を急激に温めた。

 そんな僕の反応を俊敏に汲み取ったのか、ファーレはいたずらっ子のような表情をする。


「……いるんだ」

「……」

「いるんだねっ」

「…………はい」

「うわあぁぁぁっ! いるんだ! ふぁぁ、ドキドキしてきた!」

「いや、なんでファーレが興奮してるのさ」

「だってっ、だってさっ……!」


 さながら火がついた手持ち花火のように、ファーレは一気に落ち着きをなくし、ワタワタと忙しなく手を動かしていた。

 僕が不思議なものを見るような目でファーレを見ていると、勢いづいたファーレは僕との距離をさらに詰めてきた。


「それで、それでっ。誰、なの?」

「えぇーと……」

「私にはわからない人だと思うけど、それでも聞きたい! ね、駄目?」

「うぅ……」


 ファーレは先回りをするように、『わからない人』でもいいと告げてきたが、実態はそうではない。むしろファーレが一番良く知っているからこそ、返答に詰まってしまった。

 僕が好きなのは、ファーレ。

 だけどそれを正直に伝えるのは、違う気がしていた。自分の些細な違和感を理由に、向き合うのを避けてきた。

 だけど今回に限っては、本人が知りたいと言っているから、伝えるべきなのだろうか。今に限っては、感情を表に出すべき、なのだろうか。

 僕はそっと視線を動かし、ファーレのことを目に映した。

 整った顔立ちも、テレビで見るようなおしゃれな服装も、すべて僕の《理想》だ。そんなファーレに好意を抱くことは、もしかしたら不思議なことではないのかもしれない。

 だからそう、この胸の高鳴りはあくまで普通のものなのだ。

 ぐるぐると頭を回転させたすえに、僕は腹をくくる。少し理屈がおかしいように感じるも、一つの結論を得た僕は、ついにほんのちょっとだけ、踏み出してみることに決めた。

「仮に、だけどさ」と前置きをしてから、ファーレに質問を投げかける。


「僕がファーレのことが好きだったら、どう?」

「え、急だね……。うーん、どうだろう……」


 ファーレは一瞬ぽかんとした表情を浮かべて、僕のことをまじまじと見つめてきた。対する僕は長距離走を走ったあとのように、心拍がおかしくなっていた。

 ファーレが悩んでいる間、耳に届く音が極端に少なくなる。聞こえるのはシュワシュワと炭酸がはじける音だけ。

 幾千の泡々が生じては浮かんでいく様子を眺めながら、僕はファーレの返答を待った。

 やがてファーレの声が、炭酸の間から聞こえてきた。


「……嬉しいよ。でも、それはと思う」

「…………え?」


 真剣な目つきで、ファーレは僕の目を覗いてくる。青い双眼を前に、僕の体はすくみあがった。

 ファーレは声の一つも発すことができなくなった僕に対して、諭すような口調で告げる。


「奏多。私はあくまでなんだよ。奏多が生きているのはなんだから、現実を見ないと」

「でも、そんなの……」

「奏多」


 まるでわがままをたしなめる母親のように。ファーレは僕の名前を読んだ。

 決定的な一言が、告げられる。

 耳心地の良い、炭酸の音が、遠ざかる。


「そろそろ、夢から離れよ?」


 その言葉を最後に、僕の意識は夢から引き剥がされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る