この少女には普通がないのである


 それから、とりあえず建物内を一周してみる。

 やっぱり、彩音ちゃんは服や雑貨には結構関心を示し、未知の世界を好奇心だけで突き進むように、いろんな店を見て回った。

 周りには、彩音ちゃんと同じ女子中学生らしきグループもたくさんいて、手慣れた感じで服や雑貨を物色している。

 同い年でも、身にまとう雰囲気というか、今まで経験してきたことに差があるという感じだ。

 最近では、従来大人のものとされてきたものに子供がどんどん介入している、というのをどこかのテレビ番組で言ってたのを思い出した。

 今や、女子小学生が普通に化粧したり、プロのモデル並みに服をとっかえひっかえしてはおしゃれしたり、公然と彼氏と(相手も小学生である!)付き合うような時代だという。

 俺の田舎でそんなことしたら、普通に周りから白い目で見られた。今もそうかもしれない。

 その番組では、確か『今の都会の子はませている』と批判的な展開に終始した気がするが、俺は『周りに迷惑かけないのなら人の勝手じゃん』とか思ってる。

 その世界が、良く映ろうが、悪く映ろうが、それは人の価値観の違いであり、そこに他人が口を出すことはできない。

 そして少なくとも、彩音ちゃんには、その世界が魅力的に見えてる。

 多分彩音ちゃんは、化粧をしたことがない。わざわざそんなことをしてピアノ教室に行くとは到底思えないし、コンクールとかで化粧してる写真も見たことがない。

 好きな人、というのもいないであろう。ショパンやリストに憧れるということはあっても、そもそも恋愛の概念が欠落してるかもしれない。

『人は、自分が持ってないものに魅力を感じる』と、俺は思ってる。隣の花は赤く見えるし、隣の人が食べる味噌ラーメンは、自分が食べる醤油ラーメンより美味そうに見える。

 彩音ちゃんは、自分の持たざる『普通』に、魅力を感じ、あわよくばそれを手に入れようとしているのだろう。

 周りの女子中学生らしきグループは、自分たちが彩音ちゃんから、羨望の眼差しを向けられてることに、多分気づいてない。



 そんなこんなで、気が付くとあっという間に十二時である。

「そろそろお昼にしようか……彩音ちゃん、何が食べたい?」

「なんでもいいですよ、どこも美味しいでしょうし」

 一階のフードコートニリアに、大体の食べ物はそろっている。

 ハンバーグ、カレー、牛丼、ラーメンなどなど……どれも専門店が腕によりをかけて作る自信作だとか。

「……じゃあ、ラーメンにしようか。俺が注文取ってくるから、彩音ちゃんは席を取っといて」

「はーい」

 確保した二人席に彩音ちゃんを座らせて、俺はラーメン屋のカウンターヘ向かう。注文を取る場所には十人ぐらい並んでいる。他の店も同様だ。

「ラーメン二つ」

 そう言って俺は代金を支払い、引換券を受け取って店の隣で呼ばれるのを待つ。

「……9番でお待ちのお客様」

 五分ほどしてようやく呼ばれた。俺は取りに行こうと体の向きを変えようとして……



 ドン

「何だよ邪魔だな」

 歩いてきた一団のうちの男と肩がぶつかった。

 俺と背格好は同じぐらいだが、金髪に染め、いかにも気取った感じの服装をしている。

「あ……失礼」

 俺が返すと、男は舌打ちして去っていった。

 男は四五人ぐらいの女……こちらも茶髪や金髪に染め、濃い化粧に身を包んでいる……を従え、まるであたりを取り仕切るボスのような雰囲気をまとっている。

 その顔に、俺は見覚えがあった。

 同じ大学、学部、学年で、授業で見かけたことも一度や二度じゃない。

 名前とかは詳しく知らないが、うちの大学で一番危険と言われる飲みサーの中心的存在らしい。今年の新歓時期にも、大学近くの居酒屋で問題を起こしたとも聞く。

 授業中だろうが周りに構わず騒ぎたて、自分を過度に主張する、俺が一番理解に苦しむタイプの人種だ。

「お待たせ」

 ラーメン二つを受け取って、彩音ちゃんの待つ席に戻ってくる。

「じゃあ食べようか、いただきます」

「いただきます」

 麺をすする。初めて食べるが、かなり美味い。

 大学周辺はラーメン屋が多く、色々な味の美味いラーメンが食べられるが、それらに匹敵し、越えられるレベルだ。

「これは美味いな」

「はい……すっごく美味しいです」

 彩音ちゃんも同意見のようだ。

 この味を知り、そして彩音ちゃんがこの味を知ったというだけで、今日のお出かけは成功だったんじゃなかろうか?

「彩音ちゃん、ラーメンって今までどれくらい食べた?」

 ふっと聞いてみた。

「う~ん……カップラーメンなら時間がない時によく食べたんですが……普通のラーメンは全然です」

 やっぱそうなのか……

 カップラーメンも美味しいのはあるけど、本物のラーメンには勝てないからな。



「ごちそうさま」

「ごちそうさま」

 食べ終わり、時計を見ると十二時五十分。

「じゃあ、そろそろ中央広場に行こうか。ショーが始まる」

 中央広場は、大きなステージに向かって、すでにたくさんの子供連れの客が座っていた。

 仮面戦隊目当ての、特に男子を連れた家族がたくさん地面に座り、ショーの開始を待っている。

「結構いい位置が取れちゃったね。彩音ちゃんはここで大丈夫?」

「いえいえ、気にしないでください。平気です」

 俺と彩音ちゃんの座ったのは、前から五列目ぐらい。ステージ上の人の顔もはっきり見えるところだ。

「でも……やっぱり場違いですかね。私みたいな人がここにいるの」

「う~ん……まあいいんじゃないかな」

 確かに、俺と彩音ちゃんの周りには小学生らしき男子ばかりで、彩音ちゃんぐらいの年代の女子は見ない。

「あ……でも私よりも大きな人たちもいますよ、ほら」

 彩音ちゃんが示した先には、髪を染めた……って、さっきの男の一団にいた女じゃないか?

 男はいないが、観客席の最前列に陣取って、さっきのような大声で話している。周りの家族連れたちが少し迷惑そうだ。

 ……何しに来てんだ? どう考えても子供向けショーを見るような人じゃないだろうに……


 そうこうしてるうちに、ステージ下手から客室乗務員みたいな恰好の女性がマイクを持って出てきた。いよいよ開演のようだ。


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