少女に麦わら帽子をかぶせたら可愛い
昼食を取ると、先輩は家が忙しいからと帰っていった。
「久しぶりに先輩に会って、どうだった?」
「よかったです、とりあえず自分のことが母さん父さんにばれてなくて……」
まずはそこだよな。
「まあ、この場所がばれることはそうそうないと思うし、家にいる分には安心していいと思うよ。ただ……」
「なんですか?」
「彩音ちゃんだって、いつまでもここに引きこもっているのは嫌だろう?」
「うん……まあ……」
せっかく手に入れた夏休み、家に引きこもっているというのは、中学生には苦そのものだろう。
「イメチェンしてみる?」
「……イメチェンですか?」
「多分印象変わるだけで、あかの他人からはわからなくなると思うんだよね。帽子かぶるとか、伊達メガネかけるとか」
……先輩は『オシャレさせてやってほしい』と言っていたが、そもそも彩音ちゃんには、オシャレという概念があまり無いのではないか……
実際、目の前の彩音ちゃんはきょとんとした表情。
「案外そんなものだよ、他人から見たら」
……俺もオシャレってわけではないから自信を持っては言えないのだけども。
「とりあえず変装に使えそうなのは……」
俺は箪笥の奥から、麦わら帽子を引っ張り出す。特に一人暮らし始めてからはかぶってないが、なぜか昔から持っているものだ。そしてなぜか今の家にも持ってきた。
「……あげようか?」
「え、でも……」
「いいよ、俺かぶらないし」
彩音ちゃんは、俺の差し出した麦わら帽子をおずおずと受け取る。そのまま頭にかぶる。
「……あ、可愛い……」
やべ……思わず声が出た。
「……あ、ありがとうございます」
麦わら帽子をかぶった彩音ちゃんは、ショートカットの黒髪と相まって、そのまんまポスターになりそうな絵面である。
このまんまどこかの海岸に持って行って撮影したいぐらいだ。俺は手鏡を彩音ちゃんの前に見せる。
「どう、似合ってない?」
「……えっと……でも、気に入りました」
「そうか、喜んでくれたなら何より」
この帽子も、俺なんかがかぶるより嬉しいんじゃなかろうか。
夕飯は、『肉じゃがをカレー粉で炒めると旨い』というのをネットで見たので、それを試してみた。昨日の余りをフライパンに入れ、昨日特売だったカレースパイスを振りかけてひたすら炒める。
旨そうなにおいがしてくる。
少し焦がしてしまったような気がするが、まあいい。
「いただきます」
「いただきます」
三日目ともなると、二人での夕食もだいぶ慣れてきた。
「どう、美味しい?」
「……はい、ありがとうございます」
むしろこちらがお礼を言いたいぐらいだ。
……思えば、俺は昔、母さんの作る料理に対して、『うまい』と言っていただろうか。何気ない一言が、人をいかに喜ばせるかということに、俺は気付いた。
夜。
「おやすみ」
彩音ちゃんにそう言ってから、俺は考える。
……共同生活始めて三日、明日はそろそろ彩音ちゃんを外に連れて行ったほうがいいかな……と思う。
変装用(?)の帽子もあるし、まあ何とかなるかとも思う。どこに連れて行こうか?
翌朝。
「彩音ちゃん、アウトレットパーク行かないかい?」
「アウトレット……?」
「えっと……まあいろいろな店があるところだよ。いても飽きないと思うから、お出かけしないか?」
「行きます!」
俺は考えた挙句、彩音ちゃんを隣の市のアウトレットパークに連れていくことにした。隣の市なら、彩音ちゃんのこともそこまで知られてないのでは?というわけだ。
帽子と、行きがけにコンビニで買ったマスクで彩音ちゃんの顔を隠し、駅から三十分ほど電車に揺られる。
人口百万人ほどの大きな市の中心駅。もう夏休みに入ってるからか、平日の10時過ぎにも関わらず大勢の人、人、人。
歩道橋上の改札を降りると、そのまま駅前のアウトレットパークまで通路が伸びている。
「ひえ……」
「彩音ちゃんは、こういう人混みは初めて?」
「はい、観光地みたいで……あ、といっても、観光地に行ったことないんですけど……」
「ここは立派な観光地だと思うよ」
とりあえず知ってそうな口をたたく。俺自身も数回大学の友人と行ったことある程度だけども。
再開発によって五年前にできたこのアウトレットパーク。
服屋、雑貨屋、レストランがたくさんあるし、大きな映画館やゲーセン、本屋や家電屋などもあって、適当に見て回るだけでも結構飽きない。
駅前からの通路を抜けると、正面に大きなステージのある中央広場にたどり着く。
四階建ての半円状の建物のどこからでも見下ろせる構造になっており、屋根も無く開放感にあふれている。
ステージの横に、今日の催し物を書いた看板が立っていた。
『夏休み特別企画 仮面戦隊スペシャルショー 午後一時より中央広場ステージ』
仮面戦隊といったら、今小学生、特に男子に大人気の特撮ヒーローである。
「見たい、見たい……です……」
ふっと気づくと、彩音ちゃんが顔を真っ赤にしながら、小さな声で訴えかけていた。
「見たい? 好きなの?」
「いや……特に好きとかじゃないんですけど……なんかこう、わくわくしませんか? ショーって」
ふむ……
「子供向けのショーって、わくわくさせてくれるというか、心を揺さぶってくるというか……あ、別に見たことないんで、想像でしかないんですけど」
なるほど……普通の子供の当たり前がない彩音ちゃんには、キャラクターショーに熱中するとかいう経験もないわけで。
いわゆる女児向けアニメ(日曜朝にやってるような)も見たことないだろうから、そういう娯楽には触れたことがない。
そんな彩音ちゃんには、小学生向けの嗜好が、逆に新鮮に映る、というわけか。
「わかった。じゃあ、あとで見に来ようか」
「ありがとうございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます