部屋の半分を女子にあげる
「じゃあ、俺はコンビニで夕飯買ってくるよ。何か食べたいものはある?」
「大丈夫です、何でも」
「わかった。俺がいない間に、荷物開けちゃってよ」
「はい」
俺は徒歩十分のところにあるコンビニに出向いた。
彩音ちゃんって好き嫌いあるのかな。先輩は何も言ってなかったが……ま、のり弁とか無難だろ。
俺はのり弁を二つ持つ。 そのとき、肩を叩かれた。
「よお」
振り返ると、同じ学部の知り合いがいた。
「どうしたんだ、のり弁二つも買って」
「ああ、サークルの奴を泊めるんだよ。そっちこそ、今日からもう全休だろ?」
「これからサークルの飲み会。……そういえばさ、この辺で誘拐事件あったって聞いたか?」
「何それ」
とぼける。もう話が広まってるのか。
「なんでも、大通りで白昼堂々、しかも犯人は拳銃持ちらしいぜ。で、誘拐されたのが女の子なんだけど、なんか有名人らしくて……名前なんて言ったかな……」
「まじか、やばそうだな」
この分なら、彩音ちゃんの両親が誘拐に気づくのは時間の問題だろう。でも、警察が捜査を始めて、俺のところにたどり着くだろうか?
「ま、せいぜい俺らも気を付けないとな。拳銃突きつけられるとかたまったもんじゃねえ」
「そだな」
帰ると、彩音ちゃんは荷物整理に追われていた。
「大丈夫? そろそろ夕飯にしようか?」
「あ……じゃあ、続きはご飯食べてからにしますね」
電子レンジでのり弁を温める。飲み物は2リットルペットボトルをいろんな種類買い込んでおいたが、とりあえず麦茶を出せば無難かな?
広がっている荷物をいったん脇にどけ、折り畳み式の小さな机を部屋の中央に持ってくる。のり弁二つを置く。蓋を開けると、醤油のにおいとともに湯気が立ち上る。
「いただきます」
「いただきます」
彩音ちゃんがご飯を一口入れる。
「……おいしいです」
「どう? 嫌いなものとかある?」
「あ、平気です、食べれます」
彩音ちゃんがにこっと笑う。
俺も、ご飯の上にのった唐揚げをほおばる。
……こころなしか、前食べたときよりうまいような……?
「あの、私……」
割り箸を動かしながら、彩音ちゃんが声を出す。
「こんなのんびりご飯を食べたの、すごい久しぶりです」
「どういうこと?」
「だって家では、いつも早く食べてばかり言われて……たくさんピアノを練習させたいんでしょうけど、だからってこう、一家団欒というか、そういう時間まで犠牲にするのは……」
そんなことまで言われてるのか……可哀想すぎる。
「だから、いま私、これがすっごくおいしいです」
そう言って、彩音ちゃんは割り箸を動かしていく。ただの夕飯でさえ、こんなに違うとは……
俺は竹輪天を口に入れる。
……やっぱり、いつもよりうまい。
食べ終わると、彩音ちゃんの荷物整理を邪魔しないように、部屋に仕切りをつけることにした。
百均で買っておいたプラスチック製の伸びる棒を部屋に横に通す。彩音ちゃんの顔が覗けるぐらいの高さだ。
そこにバスタオル、布団など、とにかく仕切りになりそうなものを片っ端から掛ける。足元は見えるが、なんとか六畳ぐらいの部屋が二つに分かれた。
玄関を開けると俺のスペース半分、その奥に彩音ちゃんのスペース半分。
俺は窓が使えないし、彩音ちゃんも俺のスペースを通って玄関に至らないといけないけど、まあ仕方ない。
いざというときは、俺が壁に向かって彩音ちゃんから目をそむけてればいい……と思う。基本的に俺はPCがあれば大体のことは大丈夫だし、暇もつぶせるし。
彩音ちゃんに風呂の沸かし方を教え(といってもボタンの押し方か)、俺は読みかけの本を手に取った。
しばらくすると、仕切りの向こうから声が聞こえた。
「お兄さん、お風呂いいですか?」
「いいよ」
俺は壁に向かう。後ろを歩く音がして、風呂の扉が閉まる音。
「ふう……」
俺はその場に寝転がる。同じ部屋に女子中学生がいるだけで、全身が張り詰め、緊張が走ってしまう。
一人っ子の俺には、同じ屋根の下に自分以外の同年代の子がいるという経験が、基本的にはないのである。
突如自分のパーソナルスペースを半分にされ、もう半分は今日初めて顔を合わせたばかりの女子中学生が使っている。
これで何も変化がない方がおかしい。
自分でも、よく平然としてられたな、と思う。
ふと横に目を向ける。隙間から見える、彩音ちゃんのスペース。
まだ荷物整理が終わりきってないのか、あちこちにこまごまとしたものが散らかっている。
……今なら、少し見ても怒られないかな?
女性の部屋を覗く機会なんて、あるだろうか? いや、しかし……
でも、仮にも同居する身として、全く人となりを知らないというのも……
両目をつむる。
仕切りの下から顔を出す。右目をそっと開けてみる。
開いた段ボール箱がいくつか置いてある。隅に、服が整然と積んである。
上着。タイツ。……あれは、スカート!
……だめだ、基本的に男性としか関わったことのない俺には無理な注文だ……俺は、あきらめて読書に戻ることにした。
風呂の扉を開ける音。俺は目をつむる。
後ろを歩く音。その音がやむのを待って、俺は読書を続ける。しばらくすると、仕切りの向こうからまた声。
「お兄さん、何かやらなきゃいけない仕事はありますか?」
「……仕事?」
「いえ、私、一応借りぐらしの身ですし」
小人かい。
「そんなのないよ。好きな時に寝て、好きな時に起きればいい。おなかが空いたら、冷蔵庫にコンビニのおにぎりとかパンとか置いとくから、好きなのを食べるといいよ」
俺がそんな生活だから……と言いかけて、その生活習慣を少し振り返る。
少し考えたら、彩音ちゃんがこんなことを言い出す当然の帰結が出てきた。
「だって、きっと家では、いつ何をするかも厳しく決められてたんでしょう?」
「……はい、それはもう、朝六時に起きて、登校するまでピアノ弾いて……」
「そんな朝から……」
俺だったら一日で逃げ出してる。
「だから、ここでは自由に過ごしていいよ」
「……ありがとうございます」
……あれ、俺なんでこんなかっこよさそうな台詞を……まだ会って一日の相手に……
「いや、先輩からの頼みだし」
「……はい!」
まあ、喜んでくれたらいいんだけど。
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