描写

私は檸檬一派を懲らしめるために蜜柑を表現することにした。


目を閉じて蜜柑を食べる。すると見える私だけの視界。オレンジ、視界の周囲にまだらに緑。手始めにあの光景を他人にインセプションしなくてはいけない。私の使命だ。


私はAdobeをサブスプリクションをした。月に7,000円を払っている。フォトショとイラレをインストールした。しかしどうやらパソコンが良くないようで満足に動作しなかった。コマ送りの画面で基本操作を覚えながら私は16万円を貯めてタワーPCを購入した。


並行して本を買った。私は美術を学んだ。人に伝えるにはどうすればいいのか知りたかったのだけど、どの美術の本にも書いてなかった。私の探し方がいけないのかもしれないけれど過去の作品の解説やヨーロッパの世界観についての本ばかりだった。悔しい思いを噛みしめながら文学の参考書を手にとった。結局私は檸檬に学ばなければいけないのだと思った。随筆の参考書には"人に伝わる文章"のような実用的でチープなものが多かった。とってもチープだけど今の私には必要なのだと素直に感じた。


バイトを始めた。今まで欲しいものが蜜柑だけだから仕送りだけで十分だった。働いてみてなぜこんなにハンバーガーが売れるのだろうかと思った。これまでの通算平均は毎時17件の注文。気味が悪い。


PCが手に入ってからはAdobeが用意したチュートリアルを次々やってみた。アプリの加工というのはすごい。だけど平均的に美しくなるやり方であってAdobeを使いこなすことでできる個人的な美しさに私は可能性を感じた。


いよいよ表現を始めた。オレンジ。一面のオレンジ。そこにへたのようなグリーンをまだらに配置してみる。しかしやはり、まったく違う。赤256色、緑256色、青256色を組み合わせた16,777,216色の中から正解を探す。最も正しいオレンジが見つかるまでに2週間かかった。もっともふさわしいグリーンは3週間。私はその色でまた私のイメージを作ってみたがやはり違った。


私はなぜか単色で表現しようとしていた。単色での表現は違うのかもしれない。グラデーションというのだろうか。それとも手描きのような質感というのだろうか。私はそんな感じのチュートリアルを漁った。2か月悩んでいた。


私は蜜柑を食べた。いつものように服を脱ぐ、目を閉じ、蜜柑を食べた。蜜柑を食べ終わり乳房が前より少し膨らんだ気がして揉んでいる時に気が付いた。そうだ、グラデーションでも手書き風でもない。蜜柑そのものなのだ。私は蜜柑を表現するためにAdobeのチュートリアルを見ていた。蜜柑のチュートリアルを見るべきだった。


私はキーボードとモニターの間に蜜柑のステージを置いて模写をすることにした。蜜柑をモニターにありのまま映し出したかった。マウスの限界に気が付いてペンタブというものを知るまでに4か月かかった。ペンタブの使い方や色の選択や光沢、陰影について少しの知見を獲得するまでに2年かかった。


私のモニターにはある程度満足のいく蜜柑ができあがっていた。そのテクスチャーを目を閉じた時に感じるあの視界のように展開していく作業が始まった。私は924枚描いた。全部だめだった。それ以降は少し私の感性に近いものが出来上がってきた。1264枚目がすごく良く感じた。だけど信じきれなくてそれから1400枚まで描いた。だけど1264枚目がやっぱり良くて私はこれを印刷することにした。

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