第2話:パンツ? そんなもの、もうとっくになれちゃったよ(遠い目)
冒険者は老若男女問わずだ。
その気さえあれば、男だろうと女だろうと一切関係ない。
等しく冒険者となる資格は誰にでも与えられるのだから。
むろん、死という概念も然り。子供だから、女だからとて手心は加えられないのだから。
「……はぁ」
今日の気分を一言で表すならば、最悪。この一言に尽きよう。
空は相変わらずの快晴で気候も実に良好だ。
街の喧騒はさながら祭のようにわいわいと大いに賑わっている。
モンスターの脅威に晒されることもない、平穏そのものであるはずなのにライシの心は曇り空だった。
窓の向こう、物陰には今日も冒険者の姿があった。
昨日との違いは、今回は女性冒険者であるということ。
軽鎧に身を包み――露出は多め、腹部に関してはまったく守られていない。すらりと細く、それでいて引き締まった肉体は大変美しい。
一つだけ残念なのは、彼女の胸はあまりにも小さかった。
栗色のポニーテールに青々とした瞳はまるで大海原のよう。
あどけなさがわずかに残るが、その顔立ちは端正であった。
けれども胸は、やはり小さかった。
(あいつ、見かけない顔だな……ということは新入りか。大方、この家の噂を聞いてやってきたんだろうけど……)
例え誰が訪れようともやるべきことはなんら変わらない。
ライシはその場からそっと離れると一階へと降りた。
ちょうど一階へ降りたところで、ドアノブがガチャガチャと音を立てて揺れた。
当然、しっかりと施錠しているのでまず開く心配はない。
しばらくして、扉の向こう側から少女の声が聞こえた。球を転がしたような、とてもきれいな声だ。
「う~ん……やっぱり開かないかぁ。こんなに厳重に鍵をかけてるってことは、それだけ貴重なアイテムがあるってことね」
「いやだから、なんでそうなるんだよ」
たまらずツッコミを入れる。
「どこかに入れる場所ないかな……こういうのって必ずどこかに穴があるのよね」
「いやもうそれ泥棒のいうセリフなんだよ。仮にも冒険者なら不法侵入する方法を探そうとするなよ……気持ちはわからないでもないけど」
ゲームでは、それがシステムという免罪符だからなにも問題はなかった。
現実となった時、これまで
(よくよく考えると、勝手に入って家の中を調べまくるの絵的にやばいよな……)
いずれにせよ、かわいらしい女子であろうと例外はない。
確固たる意志をもってライシは扉の方をジッと凝視する傍らで朝食の準備に取り掛かる。
程なくして、室内に食欲をそそる香りが立ち込めた時。
「あのぉ、すいません! どなたかいらっしゃいますか!?」
と、少女の声が外から聞こえた。はきはきとして、大変元気がいい。
もちろん、ライシにとってこの訪問はお世辞にも喜ばしいものではない。
これから食事をしようとしている時への来訪が特にライシは嫌っていた。
「……ったく、これから飯だっていうのに」
と、ライシは渋々と玄関へと向かった。
来客が訪問してきたからには、家主として応対しないわけにはいかない。
これがどうでもいい相手ならば無視を決めて食事を満喫するところだが、相手は少女だ。しかもかわいい。
それでもどうかさっさと用を済ませて帰ってほしい、と切に祈りつつもライシはついにその扉をゆっくりと開けた。
「あっ……は、はじめまして?」
と、少女はおどおどと言った様子でぺこりと頭を下げた。
大方、呼び掛けても出てこないだろうと思っていたのだろう。
それを家主がこうして出てきたわけだから、少女は若干戸惑った様子だった。
遠くから様子を伺っていた冒険者たちも同様の反応を示している。
それはさておき。
「そうだな、お互い初対面だなわ――それで? いったい俺の家に何の用だ?」
「ちょっと家の中に入らせてもらってもいいですか?」
「断る。用は済んだな? それじゃあ回れ右して家に帰りな」
と、ライシは一蹴した。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ちょっとぐらい入ってもいいじゃない!」
と、少女が食い下がる。
扉を閉めようとした瞬間、すばやく足を挟んでそれ以上閉まらないようにするという。
この手のやり口は悪徳セールスマンで、彼女は正しくそれだった。
こちらが折れるまでどうやら帰るつもりは毛頭ないらしい。
帰ってほしかったら大人しくこちらの要望を受けろ、と実際に口にしたわけではないにせよ。態度がそうと物語っていた。
(くそっ……! こんなことなら大人しく居留守を決めときゃよかった!)
後悔したところで今更もう遅い。
少女に帰る気配は微塵もなく、こうしている間にも強引に扉を開けようとする始末である。
幸い、扉は木製ではなく鉄製で他所と比べれば耐久性はずっといい。
よって無理矢理破壊されるという心配はひとまずないにせよ、開放された現状ではその守りも意味がない。
「ギルド法第11条――ギルドに登録している冒険者からの協力要請があった場合、町民はこれに協力的でなければならない。これは国でも定められている法律よ!」
「あぁ知ってるよ! だからって断る権利も町民側にあるんだよ普通はな!」
町民は、冒険者の活躍なくして現状の生活を維持できないといっても過言ではない。
貿易をするための品や道具を作るための素材の調達、更には土地開発などなど。
これらにはすべて等しくモンスターという名の危険がどうしても付き物だ。
しかし人には適材適所……得手不得手があるように、戦うことを得意とする者ばかりではない。
そのため彼ら――冒険者という存在は必要不可欠なのだ。
ならばもし、助けを求められたら協力するのは至極当然だろう――これこそ、等価交換である。割に合っていないとは思うけれども。
「助けを求められたって俺の家には冒険者の助けとなるような物はないんだよ。だから悪いけど他所の家を頼ってくれ! ゲームでも入ったはいいものの、モブからどうでもいい情報だけもらって終わるってパターンがあるだろ? それと同じなんだよウチは!」
もっといえば、何もアイテムがないからしらける、という暴言を残されていく。
「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど!?」
「とにかく帰ってくれ!」
「う~ん……じゃあ、こうしない? ボクが君にいいもの見せてあげる」
「いいもの?」
と、ライシははて、と小首をひねった。
ふん、と得意げな顔をすると共に胸を張る少女。
その仕草が妙に腹立たしく、しかしまだ悪いことはしていないのでとりあえず静観する。
「ではでは、とくとご覧あれ! ちゃんとありがた~く拝んでよね?」
「……は?」
と、ライシは素っ頓狂な声をもらした。
彼の視線の先に、突如としてそれは姿を露わにした。
白である。一点の穢れもない純白で、若干透けている。
その下には健康的な乙女の柔肌がうっすらと映っていた。
恥ずかしげもなく、大胆にもパンツを見せた少女は――何故か不敵な笑みを浮かべている。
「どう? これなら釣り合うでしょ?」
「何言ってるんだお前」
と、ライシは鼻で一笑に伏した。
たかがパンツを見せたぐらいでどうこうなるとでも、本気で思っているのだろうか。
以前は、もしかするとそれで難局を乗り越えてきたかもしれない。
だからといって、万人に同じ手が通用するとは限らない。
実際にまったく動じないばかりか、嘲笑さえもした相手が目の前にいる。
「そ、そんな……! ボ、ボクのパンツを見たんだよ!?」
「今時パンツごときで……生憎とそういうのは間に合ってるんだよなぁ」
「もしかして……君って」
「最後まで言わせないからな? 後、俺は至ってノーマルだ。お前みたいなガキに欲情するほど落ちぶれちゃいない」
「なっ……! ガ、ガキって君だって似たようなものじゃない!」
「……まぁ、
前世の分を合わせたらもうとうの昔に
「とにかく、もう帰ってくれ。薬草ぐらいならやるから」
「むぅぅ……ボクのパンツを見たのに薬草だけって釣り合ってないんだけど?」
「お前が勝手に見せてきたんだ。こっちからお願いしたわけじゃないからな」
「ぐぬぬ……次こそは絶対に入ってみせるんだからね!」
「その情熱をもっと他のことに向けてくれ」
「――、あ、そうだ」
文句を垂れながらも立ち去ったはずの少女が、何故かそこでぴたりと足を止めた。
そして首だけを振り返らせると、その口元をにっと釣り上げる。
「まだ自己紹介してなかったよね。ボクの名前はリディア、リディア・アーチェクライ! これから誰よりも最強になる予定の冒険者だから!」
そう言って、今度こそ少女――リディアは走り去っていった。
「……なんだったんだ、あいつは」
と、ライシは呆れつつもその顔にわずかな笑みを浮かべた。
だんだんと遠ざかっていくリディアの後姿は、どこか雄々しくすらあった。
職業『自宅警備員』の俺氏、今日も冒険者たちから家を守る~ウチに金目のものはないですから! ってパンツ見せても駄目ですからね!?~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123
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