職業『自宅警備員』の俺氏、今日も冒険者たちから家を守る~ウチに金目のものはないですから! ってパンツ見せても駄目ですからね!?~

龍威ユウ

第1話:自宅警備がお仕事です!(どやぁ)


 本日は雲一つない快晴。


 さんさんと輝く太陽は眩しくもとてもポカポカとして暖かい。


 その下では小鳥達が今日も優雅にすいすいと泳いでいる。


 開けた窓から吹く、緩やかで優しく頬をそっと撫でていく微風はまだほんのりと冷たい。


 冬の名残を感じさせる風だが、それが返って心地良くもあった。


 今日のような天候は正に、絶好のお出かけ日和である――そんな会話がふと、どこから聞こえた。



「今日もいい天気だなぁ……」



 少年――ライシ・イズミは大きく伸びをした。


 それと同時にライシは視線を鋭くする。


 またか、とある方角へ静かに視線をやった。


 一人の男がいた。それだけならば別段、特になにもいうことはない。


 物陰に身を潜め、あたかもライシの様子をうかがっている素振りさえなければ、の話だが。



「おいそこのアンタ」



 ライシがそう声をかけると、男がびくりとその巨体を震わせた。


 どうやら気付かれていないと思っていたらしい――図体がでかいから完全に隠れ切れていない。



「もうさ、俺何回も言ってるよな? ウチにはお前らが欲しいものはないんだって」


「……チッ!」


「いや舌打ちはこっちがしたいからな?」



 さっさと立ち去っていく男の後ろを姿を見送る傍らで、ライシは深い溜息を吐いた。


 先程の男は、身分だけで言えば決して怪しいものではない。


 冒険者ギルドでは古株で、実力もAランクと上級者である。


 ランクに相応しいだけの実力と実績を持ち、新参者には憧れの的にもなっていた。


 それほどの男が何故、ライシの自宅を監視しているのか――転生・・してからずっと、ライシはこれに頭を悩ませていた。



「なぁんで、ウチにはお宝があるとか思ってるんだろうかねぇ」



 ライシは、俗に言う異世界転生者である。


 階段を愚かにも踏み外してそのまま落下。後頭部を強打したことで彼の人生はおそろしいぐらい呆気なく幕が引かれた。


 ヒトとはいつどこでどうなるか誰にもわからない。そして死が訪れた時はこうもあっさりと死んでしまうらしい。


 次の人生はもっと楽しかったらいいのに……、などなど。


 死ぬ間際であれこれと考えていたライシがついに意識を手放して――気が付けば、まったく見知らぬ世界にいた。



「異世界転生かぁ。まぁ? 俺もそんなこと実際にあったら面白そうだなぁとか思ってたけどさ? まさか本当に転生するとか思わないだろ普通……しかもここ、俺がよく知ってるゲーム・・・だし」



 ドラゴンズ&ワンド……ライシが20歳の時に発売されたこのゲームは、いわゆる王道ファンタジーものである。


 そのタイトルが示すとおり、中世の西洋を舞台とした世界観でドラゴンや魔法といったファンタジー要素がこれでもかと詰まっている一作品だ。


 ゲームの世界に転生した、ということで大抵の者ならば自らが主人公になりたがるだろう。


 ライトノベルや漫画でもそうであるように――しかし、ライシという男はまるで違った。


(べっつに、俺主人公になりたいとか思ってないし。チートスキルもないし、至って普通の一般市民だし……)


 ゲームの目的は、邪悪な魔法使いによって復活した古代邪龍アルガノスを倒し、この世界に平和をもたらすこと。


 ゲームであればみなが平等に主役だが、現実となると公平性は一瞬にして路傍の石と化す。


 ライシは、自らが主人公としての器ではないことをよく理解している。


 だからこそ第二の人生はのんびりとした生活を送ることを夢見た――前世はお世辞にも、平穏とは少しばかり遠かっただけに特に平穏に対する憧れが強い。



「――、おい。ここが例の家か?」


「あぁ、そうだ」


「ん?」



 ライシは咄嗟に、その場に身をかがめた。


 窓の向こうから怪しげな会話が聞こえてくる。



「どうしてこの家にはこんなにも厳重に施錠がされているんだ?」


「それは、今も誰にもわからないんだ。だが噂ではここにはすごいアイテムがたくさんあるらしい」


「そうなのか? それじゃあぜひ譲ってほしいんだが……この先危険なダンジョンにいくわけだし」



 どうやら声の主たちは冒険者であるらしい。


 ライシの口から小さな溜息がそっともれた――どうしてこうもウチは狙われるのだろうか。



「そう思うだろう? しかし見てのとおりこの家の守りは厳重だ。もし無理にして入ろうものなら即刻バレる」



(当たり前だろうが。俺からすれば逆にお前らのほうが不用心すぎるんだよ)


 と、ライシは内心でツッコミを入れた。


 時代や文明によるせいか、防犯に関する認識とシステムがずさんだった。


 インターホンがないのは致し方ないにせよ、施錠もお粗末なものが圧倒的に多い。


 それこそキーピックさえすれば簡単に解錠されてしまうようなものばかりだ。


 ライシは異世界転生者である。前世の知識や価値観が豊富にある分だけ、現状の環境で満足するはずもなし。


 自宅を守るためにもセキュリティーは大事だ。特に異世界であれば尚更厳重にすべきである。


 そうした観念からガチガチに家を守るようにした。



「じゃあどうするんだ?」


「だから家主が出払ったところをこっそりと忍び込むしかない」


「それって盗人と大して変わらないんじゃ……」



 と、仲間であろう男がそう言った。


 まったくもってそのとおりであるもっと言ってやれ、とライシは内心ですこぶる本気でそう思った。



「だが、これもすべては世界平和のためだ。それに盗むんじゃなくて譲ってもらう、だから俺たちは決して盗人じゃない」


「いや物は言いようだろうが」



 さしものライシも、このあまりにも身勝手すぎる発言には言及せざるを得なかった。


 ドラゴンズ&ワンドでは、住民の家に入ることができる。


 これはこのゲーム独自の演出ではなく、大抵のゲームでも可能とすることだ。


 そこで探索し、タンスや引き出しといった場所からアイテムを入手する。これも王道的だと断言してもよかろう。


 現実でやれば、これは立派な犯罪行為にすぎない。


 住居不法侵入罪および窃盗罪の合わせ技だ。10年以上の懲役は免れまい。


 だがあくまでもこれらは日本における事例であって、ここ――オルトリンデ王国では大きく異なる。



「とりあえず、家主が出払うのを待つしかない。だが……ここの家主は家から出ないことで有名でもあるんだ」


「どういうことだ? ちなみにだが、ここの家主はどういったやつなんだ?」


「それが聞いたこともない職業ジョブについているらしい。なんでも自宅警備員とかなんとか」


「自宅……なんだそれは。そんな職業ジョブがあるなんて見たことも聞いたこともないな」


「俺だけじゃなくここにいる全員がよくわかってないらしい。あと、これは噂だが実はこの家にはすごい宝が眠るダンジョンへの入り口があるらしい」


「ほ、本当なのかそれは……!?」


「噂だからな。なんとも言えない」


「いやいやいや、そんなもんあるわけないやろなんやねんそれ」



 当人すら知らない噂に、ついつい地元の喋り方をしてしまったライシ。


 人の噂とは実にいい加減で、それでいておそろしい勢いでどんどん誇張されていく。


 もちろん、ライシの家にはダンジョンなどというものは一切ない。


 強いて言うなれば物置として使っている地下室があるぐらいだが、広さも10畳ぐらいとお世辞にもダンジョンと呼べるだけの広さはない。



「まったく……なんでこんなことになってしまったのかねぇホンマに」



 ただ、この家を危険から守りたい。それだけしか考えていなかった。


 セキュリティーを強化するのは当たり前のはずなのに、それが返って冒険者たちの好奇心をあおる形なってしまった。


 果たして誰が、こうなることを予見できただろうか。ライシは、今度は大きな溜息を盛大に吐いた。



「――、あれからしばらく待ってはいるが。全然出てくる気配がないな」


「ひょっとして、留守なのか? だとしたらチャンスだ、今の内に譲ってもらうとしよう」


「お、おいおい本当に大丈夫なのか?」


「これだけ待っても現れる気配がないんだ。きっと大丈夫だろう」


「なぁにが大丈夫だろう、だこのボケナスどもが」


「あ……」


「ウチにはお前らが思うようなお宝はないんだよ! さっさとこの薬草持って消えろ!」



 ライシは薬草を冒険者たちに投げ渡すと、窓を勢いよく閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る