第54話
二年後。
城下の町に、装飾品を扱うこぢんまりとした店が出来た。腕利きの職人で商人の許大盟の店だ。金銀や玉を贅沢に使用する個人依頼も引き受ける。が、一方で、許家のお抱えの職人でも駆け出しの新人が手掛けたものや、ほんの僅かに傷が付いてしまった商品などを、廉価で販売していたりする。
店の様子を見て、今後、前者と後者で商売を分けるかも知れない、とは関係者の話だ。前者についてはもっと大体的に、富裕層に向けた店舗を作る予定もある、とのこと。この店は王都でのひとまずの足掛かりと言ったところだろうか。
若い女性に人気の店を切り盛りするのは、結婚したての若夫婦だった。夫は官を辞した後、妻と仕事を共にすると決めた。妻の方は許大盟の娘だという。
店を開ける前にお喋りする。店舗兼自宅となっているので、のんびりできる。
夫が開封した文を読んで辛辣に笑った。その様子に妻は首を傾げる。
「どうしたの?」
「んー? 我が従弟殿が『そちらの侍女を改めて口説きに参ります』とか書いてる。何度目だ、あいつ」
「焦っても仕方ないし、気長に行けば良いと思うけど」
以前から妻に仕えている侍女は、店の近くに居を構えている。今は結婚したばかりの二人に気を遣い、通いで店を手伝ってくれている。夫の従弟は、時々会いに来る。自分たちよりも、侍女にだろう。
「自分の妹夫婦のところにもうすぐ子が産まれるからって、そう気負わなくても良いと思うんだが」
「そうね。それぞれの速さで歩いて行けばいいんだから」
なんとなく、王城の方角を見遣る。
「王后様が、王様代理を務めて二年かぁ…。私が後宮を出る時、『自分が生きている間に、次期王候補を何人か鍛えるわ。宰相位に在っても簡単には譲らないわよ。お家騒動なんて馬鹿な真似したら、承知しないんだから』って仰ってたけど。あの方にこそ『賢夫人の贈り物』を贈るべきかしらね?」
「王后様のこと、苦手なのに?」
「公正で見る目も確かなところは認めてるわよ?」
王后の統治は仮のものとは言え、大きな問題も混乱も無く、緩やかに次の時代に繋がろうとしている。
「私が苦手にしているかは別として、王后様を讃えたい気持ちは本当だもの。…贈ったら、受け取ってくださるかしら」
「多分。褒められたら素直に喜ぶだろ、あの方は。…それはそうとして、結婚したのに未だに俺からの贈り物を、目の前の誰かさんは受け取ってくれる気配が無いんだが、そこは一体」
「さて。仕事しましょう」
夫の言葉を遮って、開店準備を始める妻。夫は苦笑する。いつものことだ。案外己に厳しい妻は、自分は贈り物を貰うに相応しくない、とか考えてるのかも知れない。…夫としては、相応しくないなんて思わないし、すぐにでも贈りたいところだ。だが、妻本人が納得しないので今は止めておく。或いはこれで照れ屋な性分なので、単に恥ずかしがっているだけかも知れないが。
今では無くとも、必ずいつか。
扉を開けたからか、新緑の風が入ってくる。今日の妻の装束は若草色。この風に色があったら多分こんなだ。
未来への望みがある。風は、未来へと送り出してくれるようにやわらかく、清々しく、優しかった。
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