18. デート
クラヴィスに連れられるまま食事をとり、サフィラは図書館へと戻ろうとしていた。
ちなみに、クラヴィスも一緒である。
「邪魔はしないから一緒にいたい」
「……勝手にすれば」
サフィラが折れた結果だった。
二人で店を出て歩いていると、露店の並ぶにぎやかな通りにさしかかる。食料品から雑貨、土産物。雑踏の中、クラヴィスがサフィラの手を握った。
「はぐれるといけない」
迷いなくサフィラの手を引く。サフィラは思わず「うん」とちいさく頷いて、彼の後に続いた。あまりにもためらいなく、当たり前に握られたものだから、抵抗もできない。
「どうせだから、観光でもしていくか?」
「きみがしたいだけだろ」
「うん」
クラヴィスはあっさり認め、サフィラに向かってはにかんだ。
「俺が、サフィラと一緒に、観光したいんだ」
その言われると、サフィラは黙り込むしかない。クラヴィスはサフィラに関わることなら、ささいなことでも嬉しがる。
だけど、こんなにはしゃぐ彼は、久しぶりに見た。
なんだか邪険にもできなくて、サフィラはそっぽを向く。
「……いいよ。付き合ってあげる」
そのちいさな呟きを聞き逃さず、クラヴィスが勢いよくこちらを向いた。
「いいのか」
「うん。気が変わらないうちに、連れていってよ」
サフィラの不愛想な物言いに、しかしクラヴィスは明るい顔で彼の手を強く握った。そして二人の時間を噛み締めるように、ゆっくり歩く。
「恋人が鳴らすと結ばれると噂の、崖の上にある鐘をつきに行きたい」
「僕たち、付き合ってないんだけど」
「うん。だから、俺が行きたいだけだ」
そう言う彼の熱っぽい目に、サフィラは何も言えなくなった。クラヴィスは「楽しい」「嬉しいな」と呟いて、サフィラの手に指を絡めた。
「……きみさ。なんで、そんなに、僕なんかのこと」
尋ねかけて、サフィラは口ごもる。クラヴィスは静かに、サフィラの手の甲を指の腹で撫でた。
「ずっと昔から好きだから、理由なんて忘れた。サフィラが、俺の恋そのものなんだ」
何を言っているんだ。いつもだったらそう言えるのに、今日は不思議と憎まれ口が出てこない。サフィラは黙りこくって、手を振り払おうとした。
それを優しくいなして、クラヴィスはもっと深く指を絡める。
「気持ちを返してくれなくてもいい。遠くに行かないでいてくれれば、それでいいんだ」
「僕は、……僕たちは、もっと離れたほうがいいと思うけど」
やっと出てきた憎まれ口は、いつもと比べて勢いがなかった。視線を地面へと落とす。握った手をゆっくり振りながら、クラヴィスは「まだ足りない」と囁いた。
「もっとくっつきたい」
そう言う彼の掌は熱い。二人の間に、じんわりと湿ったものがこもっていった。サフィラはためらいつつ、唇を噛む。
「クラヴィス。僕なんか好きでも、きみは何も得をしない」
「好きでい続けられるだけで、幸せなんだが」
当たり前のように言う彼が、歯がゆい。
「……僕が嫌なんだ。きみが、損をしているようで」
ぽつりと呟くと、「損なんてしていない」とクラヴィスは強く言い切った。サフィラはいやいやと首を横に振って、「いいから」と呟く。
「僕なんかを好きで、若さを棒に振るより。もっと楽しくて、豊かな人生を過ごしてほしいんだ」
「サフィラ」
ぴしゃり、とクラヴィスが名前を呼んだ。その目には強い光があり、精悍な眉はつり上がっている。
「お前が、俺の人生を決めつけるな。お前のいない人生なんて、俺が望んでいないんだ」
サフィラは、なおも首を横に振った。ちがうよ、と俯いて力なく言う。
「きみが、僕しか知らないからだ。他の人を知れば、きっと……」
「サフィラ」
今度は、優しい声で呼ばれた。のろのろと見上げれば、彼は真剣な面持ちで、だけどやわらかい顔つきで、サフィラに微笑む。
「俺が昔、ひどい偏食だったのは覚えているか」
「ああ。あれね」
サフィラは、随分と昔のことを思い出す。幼い頃のクラヴィスは肉も野菜も嫌いで、芋しか食べたがらない子どもだった。
「そのとき、サフィラはそのままでいいって言ったんだ」
クラヴィスは懐かしむ口ぶりで、さらに続けた。
「何か食べている限りは死なないから、って」
「なにそれ」
随分と屁理屈だ。栄養が偏るだとか、食わず嫌いはいけないだとか、もっとしっかりしたことを言えるだろうに。サフィラが顔をしかめると、クラヴィスはとろりと顔を緩ませた。
「たしかに、俺はサフィラ以外の人を知ろうとしていない。だけど、このままでいい」
「もっと他に、好きになれる人がいるかもしれないのに?」
少しいつもの調子を取り戻したサフィラが言えば、「いない」とクラヴィスは否定した。
「俺は偏食を直した後も、芋が一番好きだ」
「それ、僕と一緒にいる理由になってないよ」
そう言いつつも、サフィラはクラヴィスの手をちいさく握り返した。クラヴィスは「そうだな」と、おかしそうに笑う。
「だけど、俺はサフィラが好きなんだ」
当たり前のことだ、と彼は言う。サフィラは俯いたが、耳が熱い。きっと、真っ赤になっているのだろう。
「かわいいな」
クラヴィスが、サフィラを蕩かすような、優しい声色で言う。ああもう、とサフィラはすっかりやけになった。
「行くよ。鐘をつきに行くんだろ」
ぐいぐいとクラヴィスを引っ張って歩き出す。クラヴィスは、嬉しそうに頷いた。
「そっちではない。あちらの道を行ったところにある」
「じゃあさっさと案内して」
つっけんどんに言うサフィラが、傲慢にそっぽを向く。クラヴィスは強く手を握って、「こっちだ」と引っ張った。
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