11. 人形劇


 テストゥードーの長い昼はやがて終わり、日が沈んで夜更けになっていく。劇団員たちが大荷物を持って、いよいよ屋敷へと入ってきた。大広間に舞台が設置され、使用人たちや近隣の人々が集まってくる。

 いよいよ、人形劇が始まるのだ。


「サフィラくんは、こっちに来てくれ」


 そう言って、メトゥスはサフィラを隣の座席へ座らせた。サフィラは特に抵抗もせず、そこに収まる。

 こちらを気遣わしげに見るフェキレに手を振り、サフィラは始まった人形劇へと目を向けた。クラヴィスとアウクシリアは壁際に立ち、舞台上を見ている。


 あらすじは、こうだ。


 世界のはじまりに、ひとりぼっちだった海の女神。彼女はたったひとりで、地の神、風の神など、数多の神々を生み出す。その中のひとりである太陽神テストゥードーは彼女へ求愛し、女神はそれに応えた。


(ウォルプタース家の古い聖句。創世の蛇から生まれた、泳ぐ太陽)


 ぞわ、とサフィラの腕に鳥肌が立つ。一般的に伝承では、海の女神マーレと創世の蛇は別物として捉えられていた。

 しかしこの話では、マーレと創世の蛇――シーペンサーを、同一視しているようにも思える。


 太陽と海が交わることで、魔物や人間、さらに多くの神々が生まれた。しかしマーレは、二人の最初の子どもである魔物ウィータに殺されてしまう。


「おお、マーレ。私の母、私の妻。私たちの子は、獣だったのだ」


 舞台の上で男の人形が崩れ落ち、おいおいと泣く。そして女神の遺体を水底に沈め、彼女の新たな住まいとした。

 テストゥードーは亡きマーレを恋い慕って、死んだ魔物や人間の魂を連れて夜な夜な西の水平線に沈む。そうして、身体のない魂を孤独な彼女のもとへ連れていくのだ。海の底は冥界であり、死した女神の楽園。


(たしかにマーレは輪廻転生の象徴だ。だけど、太陽が彼女への慰めとして魂を連れてくるというのは、面白い解釈だな)


 サフィラは、舞台を食い入るように見つめた。ひとつのシーンも見逃すものかと、瞬きすら惜しい。


(それに魔物と人間をきょうだいのように扱うだなんめ、聞いたことがない)


 考え込むサフィラをよそに、舞台上では女神の弔いの宴が催されていた。神々をも酩酊させる特別な酒が振る舞われ、皆が口にする。


 魔物ウィータには、酩酊させるまじないのかけられた酒が振る舞われた。酩酊し、意識のないその身体を、テストゥードーが海へと放り投げる。こうして魔物は陸から追放され、海中をさすらうようになったのだ。

 魔物は知恵を失い、獣となり果て、母殺しの罪を永遠に背負う。人を襲っては殺し、マーレへの慰めとなる死した魂を増やすことが、彼の贖罪なのだ。


 随分と、過激な舞台だ。同時に知の興奮で、そわそわとつま先が揺れる。足の指をばらばらに動かしつつも、どこか心は冷えていた。


(家の資料にも、こういうのが載っていたのかな。僕が散逸させてしまったから)


 両親を亡くした当時、サフィラはまだ十六歳だった。社会の中で右も左も分からないまま、アルスと暮らしていくために必死だった。

 家宝や形見や、貴重品を売り払って、世間知らずなりにも当面の生活費を稼ごうとした。思い出に手をつけてでも、アルスを食わせてやりたかったから。

 そのくせ、この海亀のチャームだけは、どうしても手放せなかったのだ。ことあるごとに、「これはサフィラのものだ」と父から言われていたせいかもしれない。


 わっ、と拍手の音が会場に満ちる。我に返って顔を上げると、ちょうど劇団員の舞台挨拶が始まるところだった。


「面白かったかな?」


 メトゥスの問いかけに、サフィラはこくりと頷く。そうか、と彼はサフィラの背中を何度か叩いた。


「これから劇団員たちも交えた宴なんだが、ぜひ来てくれ。俺の娘を会わせたいんだ、きっときみも気に入るだろう」


 その目が、いやらしくたわむ。なるほど、とサフィラは頷いた。

 どうやら、ここからが正念場らしい。


「はい」


 手首のチャームを押さえて、「楽しみです」と微笑んでみせる。アウクシリアは静かにこちらを見据え、クラヴィスは冷え冷えとした瞳でメトゥスを見ていた。

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