9. アウレア島へ

 サフィラたちは、フェキレの案内でアウレア島に到着した。


 そこからすぐにある大通りに出れば、建物のひしめく雑多な街並みが広がっていた。飲み屋をはじめとした飲食店が立ち並び、夜の店もあるようだ。

 なお、フェキレのパーティーメンバーたちはそれぞれの自宅へと向かうらしく、現地解散となった。


「あ、そうそう。夜に外へ飲みに出るときは、気をつけてください」


 道すがら、フェキレが三人を振り返って眉を曇らせる。


「この辺り、あんまりよくないお酒が出回ってるんです」

「よくない酒とは?」


 酒飲みのアウクシリアが首を傾げる。そのう、とフェキレは首元を撫でさすった。


「ひどく悪酔いして、意識を失わせるような強いお酒です。安い店だけじゃなくて高級店にも出回ってるから、厄介で」


 それで、そのう、とフェキレはまた口ごもる。


「……無理矢理酔わせて泥棒したり、女性に乱暴したり、酷いことをするみたいです」

「それは」


 アウクシリアは眉をひそめる。サフィラも顔をしかめて、心なしか、クラヴィスへと身体を寄せた。


「サフィラ。ここで酒を飲むなら、俺たち二人きりのときにしよう」


 クラヴィスの寝言には、背中を引っぱたいて答えた。


「ここが俺の家です」


 案内されたのは、繁華街からやや離れたところに建てられた大きな屋敷だった。大きな蔵がいくつか建っている。サフィラがそれらを眺めていると、フェキレが「うち、酒屋なんです」と軽く言った。


 フェキレが女性の使用人に自宅に戻ったことを伝えると、粛々と中へ案内される。


「お帰りなさいませ。水浴びをされますか?」

「ああ。それから、彼らは俺の命の恩人だ。丁重にもてなしてくれ」


 はい、と使用人は従順に二人を客間へと案内する。歓待のフルーツジュースが出されたものの、なんとなく口をつける気になれない。


「しかし、でかい屋敷だな。家具もすごいぞ、ほぼほぼ輸入された高級品だ」


 ついてきていたアウクシリアの言葉に、サフィラも頷く。クラヴィスは淡々と品定めする目で辺りを見渡した。


「絨毯も、机も。随分と羽振りがいいらしい」

「そりゃあ、こんな繁華街を持っていたらね……」


 しばらく三人が駄弁っていると、フェキレが客間へとやってきた。


「改めて、俺たちを助けてくださってありがとうございます。俺は、フェキレ=アウレアと言います」


 それに慌てて、サフィラも胸に手を当てて名乗る。


「すみません、申し遅れました。僕はサフィラといいます」

「アウクシリアだ」

「俺はクラヴィス」


 フェキレは三人の名乗りを聞いて、深々と頭を下げる。


「まだ、お礼をしていませんでした。本当に、あなたたちがいてくれて助かった」


 ああ……と、サフィラは遠い目をする。息を吐いて、少し怒った表情を作った。


「さっきも言いましたが、海辺付近・海洋上で戦うなら、空中歩行だけは何がなんでも会得してください」


 クラヴィスは黙っているものの、じっとフェキレを見つめていた。サフィラへ追従するように、アウクシリアも頷く。


「空中歩行は命綱だ。そもそも、足場が安定しないと満足に戦えんのは分かるだろう。冒険者ギルドからは何も言われなかったのか?」

「いや、そのう」


 口ごもったフェキレに首を傾げると、ものすごい勢いで客間の扉が開く。


「このバカ息子、また勝手に海へ出おったな! 危ないと何度も言っただろう!」


 恰幅のいい派手な身なりの中年男がどかどかと入ってきて、いきなりフェキレを怒鳴りつける。どうやら、フェキレの父親らしい。


「だって親父が言ったんだろ! ケートスやクラーケンの一匹二匹、簡単に倒せないようじゃ男じゃないって!」

「そうだ、事実としてお前は男ではない! クソガキのタマなしだ、この間抜け!」


 サフィラたちが呆気にとられていると、「それで、そっちの連中はどこのどいつだ」とサフィラたちを鼻息荒く問い詰めた。


「俺の命の恩人だよ」

「よく知りもしない他人を家にあげるな! 一人は騎士のようだが」


 フェキレの父親は、じろじろとサフィラたちを見下ろす。


「で、きみたち。名前は」


 怯むサフィラの肩を抱きながら、クラヴィスは平然としていた。アウクシリアが真っ先に名乗る。


「俺は船乗りのアウクシリア」

「俺はクラヴィス=ミュートロギア。こちらはサフィラ=ウォルプタース」


 男はサフィラを見つめ、眉間にしわを寄せた。


「ウォルプタース? ウォルプタースと言ったか」


 なんなんだろう、とサフィラは居心地悪く膝をすり合わせた。男はそのまましゃがむ。クラヴィスの腕の中のサフィラへと、視線を合わせた。


「きみ、もしかして、ラティオとクルトゥーラの息子か?」


 いきなり父と母の名が出てきた。サフィラは硬直したのち、かくかくと何度も頷く。


「は、はい……ウォルプタース家のラティオとクルトゥーラの長男です……」


 サフィラの手首にある海亀のチャームを見て、途端に彼は滂沱ぼうだの涙を流し始めた。

 ぎょっとして身体を引くも、そのまま腕を伸ばされてクラヴィスから引き離された。サフィラはそのまま、きつく抱きしめられる。目を白黒させ、身を捩って抜け出そうとした。


「え、えっと、落ち着いてください」


 困り果てているサフィラを見て、クラヴィスはサフィラと彼の間に割り込んで引き剥がす。サフィラを抱えて、男を睨みつけた。


「サフィラが驚いているだろうが。いきなりなんなんだ、あなたは」

「いや、すまない」


 サフィラは、フェキレの父親と向き直る。彼は鼻を啜りながら、自分の膝を何度も打った。


「大変だったなあ。島を売ったと聞いた時にはもう住んでるところも分からなくて、手助けもできなかった」


 男は目元を拭い、ずっと鼻をすすった。サフィラは怒涛の展開に、半ば呆けている。


「覚えてないか。アウレアのおじちゃんだ、メトゥスだ」


 彼が言う。アウレアのおじちゃん。そういえば……、と幼い頃のおぼろげな記憶を手繰り寄せると。ひとり、似た背格好の人がいる。


「父の知り合い? で、手土産によく、流行りのお菓子をくれた……」

「誰だ?」


 クラヴィスの呟きをよそに、サフィラは彼をはっきり思い出した。しばしばウォルプタース家を訪れては、両親と話し込んでいた男性だ。


 てっきりアウレア島から来るおじちゃんだと思っていたが、本当にアウレア家の人間だったようだ。

 男はそうだそうだと頷き、胸に手を当てる。


「自己紹介が遅れたな。俺はメトゥス=アウレア。サフィラ。きみのお父上の、古い友人だ」


 サフィラの肩を、何度も叩く。


「ラティオは学生時代からの友人だった。お互い伝承が好きで、よくそういう話を集めていたもんだ」

「父さんと」


 サフィラの目が輝く。

 もしかしたら彼であれば、サフィラの知らない、テストゥードーにまつわる伝承を知っているかもしれない。

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