2. 巨大骨格の発掘

 サフィラの職場である歴史・考古・民俗学研究所は、大海にぽつんと浮かぶテストゥードー群島のなかでも小さな島にある。島々のうち、中央部の近くに位置していた。

 クラヴィスに送られるサフィラを、周りはじろじろと見る。クラヴィスは何かと有名人なので、こういうことはよくあった。

 特に親しくもない研究員たちがひそひそと噂する。


「あれ、ミュートロギア家の次男のクラヴィスか」

「隣にいるのは考古学のウォルプタース?」

「あれだろ、海蛇伝承を本当だと思い込んでるトチ狂った奴」

「やたらと距離近いし……なんかあるのかな」

「結婚してのお家再興を狙ってるのかも。弟がいるんだろ?」


 魔物学専攻だよ。古生物を研究してるからこっちに来ているだけで。

 サフィラは内心毒づいたが、声に出すことはない。クラヴィスはといえば、噂をする研究員を威嚇するように睨みつけていた。


「サフィラ、やり返していいか。お前の名誉がこうして傷つけられるのは耐えられない」

「いいって、そういうのは」

「じゃあ結婚しよう」

「じゃあって何」


 この国では土地の余剰がない都合上、地主の次男以降が女性との婚姻の機会に恵まれる可能性は比較的低い。また子孫を残さない形での家門同士の結びつきのために、同性同士の婚姻も認められている。

 名家ミュートロギア家の出身であるクラヴィス。没落貴族ウォルプタース家の末裔サフィラ。この組み合わせは、いらぬ想像や好奇心を掻き立てやすいらしい。


「ここまででいい」


 サフィラが玄関口でマントを突き返し、クラヴィスを強引に追い返した。濡れた髪を払って研究室の扉を開けると、真っ先にタオルが投げつけられる。それは顔面にぽふんと当たり、サフィラは慌ててそれを受け止めた。


「ウォルプタース、水気を切ってから部屋に入りなさい。資料が濡れます」


 仏頂面の小柄な黒髪の男性は、考古学研究室所属のリートレ。タオルを投げた手をそのままに、サフィラの頭を示す。サフィラはタオルでありがたく髪を拭い、「ありがとうございます」と礼を言った。


「いえ。資料が濡れるので」


 変わらず不愛想な彼の肩を、共同研究者のウェントスが叩く。


「リティ、素直に心配だって言えよな。ウォルプタース、庭の井戸使ってこい」

「だから職場で愛称呼びをするなと、何度言えば……」


 耳を赤くして俯くリートレを、ウェントスが熱っぽく見つめた。彼らは新婚ほやほやの伴侶同士でもある。よくもまあ同僚の前でいちゃつけるものだ、とサフィラは白い目で彼らを見た。

 もっとも二人とも、異端扱いされるサフィラを受け入れてくれる良き先輩である。サフィラは彼らを好ましく思っていた。


「じゃ、井戸借りてきます」


 すたこらさっさと着替えを抱えて庭へ出て、水を桶に汲んだ。そして物陰に隠れて、服を脱ぐ。

 濡れて貼り付いた布地を引っ張って、なんとか肌から離した。素っ裸になって、真水を全身に浴びる。べたべたの身体が少し少しはすっきりした。

 ふう、と一息ついて、髪を念入りに拭う。服を着たらそのまま太陽の方を向いて、頭の上で手を組んだ。

 指を組んで太陽へと掲げ、目を瞑る。瞼越しでも、その苛烈な光と熱を感じた。


「大いなるテストゥードーよ、始祖の蛇から生まれた泳ぐ太陽よ。汝が光り輝く限り、我らにとこしえの恵みあらん」


 今はもう、サフィラとサフィラの家族しか知らないような、古い聖句。


(今日も、弟のアルスが健やかに過ごせますように。かわいいクラヴィスが怪我をしたり、痛い思いをしませんように)


 サフィラにとって、クラヴィスは大事な幼馴染だ。

 幼い頃はちいさくて泣き虫だったクラヴィス。自分の後をついてまわる彼がかわいくて、あれこれと理由をつけて面倒を見ていた。

 成長期が訪れてからはめっきり体格が逆転してしまったものの、サフィラにとってクラヴィスは、今もかわいいひとだ。


 だからこそ、自分なんかのために、人生を棒に振ってほしくない。

 彼はしかるべき家の女性と結婚して、サフィラなんかと暮らすより、もっと豊かな生活を送るべきだ。


 サフィラが陽光で身体と髪を乾かしてから中に入ると、リートレとウェントスはすでに発掘調査のための荷物をまとめていた。準備万端らしい。

 ウェントスが大きな手を振り、身体を半分廊下に出しながらサフィラを振り返る。


「先に行ってくる。あんまり慌てず来るんだぞ」


 面倒見のいい兄貴分のウェントスの大きな身体に寄りそうように、小柄で細身のリートレが立つ。

 いいなあ、とサフィラは思った。自分とクラヴィスの姿がなんだか被って見えて、思い上がりすぎだと頬を軽くぱしぱし叩く。


サフィラも、発掘調査のための荷物をまとめた。岩を削るための工具や、砂や泥を払う刷毛はけ。それから素足に履いたサンダルごと、分厚い布で脚を覆う。きゅっと紐で固定すれば、こちらも準備万端だ。


「行くか」


 研究所を飛び出す。玄関口では、研究員たちが噂話をしていた。


「天文の知り合いから聞いたんだけど、最近日の出と日の入りの時間がおかしいんだと。夜が例年より長いらしい」

「計器の故障じゃないのか?」

「それが直しても直しても、夜が異常に長いらしくて……」


 その話に後ろ髪を引かれつつ、サフィラは仕事場へと向かった。発掘現場は、かつてサフィラの実家があった旧ウォルプタース島。現在は土地を買い取った家門の名前をとって、「ジョクラトル島」と呼ばれている。


 発掘現場に到着すると、既に作業がはじまっていた。サフィラは海に面した断崖絶壁へ空中歩行で駆けあがり、彼らに合流する。


「おはようございます」


 大きな声で挨拶をすれば、調査員たちがまばらに挨拶を返す。サフィラが異端であるとして、無視をする者もちらほらいた。

 それを気にも留めず、サフィラは発掘物が露出した面へ走る。大きさを計測しているリートレとウェントスのもとへ向かった。

 その岩壁いわかべには、巨大な肋骨のような化石が、連なって埋まっている。


「高さ……は、成人男性の二倍程度になるか?」

「肋骨らしい構造をしているし、同じ構造物がここの壁を取り巻くように露出している。……蛇か?」

「しかし、こんなにでかい蛇がいるとはとても……」


 唸る二人をよそに、サフィラは岸壁にぺたりと張り付いた。きょろきょろとあちこちを見渡し、道具を使って削り出しつつ観察する。


(胸骨はない。肋骨のような構造体がずっと続いている。背骨はどうだ?)


 サフィラはじっと、岩をにらんだ。その額には汗がにじみ、興奮で少し呼吸が浅くなる。


(間違いない、これ、巨大な蛇だ)


「サフィラ。お前はどう思う?」


 ウェントスに尋ねられ、サフィラは勢いよく振り返った。


「蛇です。恐らくシーサーペントの骨格でしょうね」

「シーサーペントはここまで大きい魔物だったか? せいぜいこの半分程度の大きさだろう」


 首を傾げるリートレに、「だから、創世の蛇ですよ!」とサフィラは思わず声を上げた。口の端が自然とつり上がる。


「やっぱりいたんだ。絶対にこれは創世の蛇です」


 それに、ウェントスとリートレが顔を見合わせた。リートレは黙ってため息をつき、眉間に指をあてる。ウェントスは呆れたように言った。


「それって、おとぎばなしのアレだろ。今度は巨大な海亀の化石を探し出すんじゃないだろうな」


 サフィラは首をいやいやと横に振る。


「これだけ大きな蛇の骨格を持つ魔物は、創世の蛇以外に考えられません。きっと伝承は本当で……」

「なあ、サフィラ」


 ウェントスは、サフィラを諭すように言う。


「そんなことはとても真実だと思えない。この島々のひとつひとつ、蛇の死体からできてるなんて、到底」

「でも、こうして骨格が出ているじゃないですか」


 サフィラは、島のてっぺんを指さした。そこにはジョクラトル邸が建っているが、昔はサフィラたちの家だったのだ。


「あそこに大きな石碑があります。今にして思えば、あれは蛇の頭骨でできていたんだ。乳白色で、溝があって、台形でずっと変な形だと」

「分かった。少し落ち着け、ウォルプタース」


 リートレが制し、「では、確かめるか」とジョクラトル邸を指さす。


「そうしなければ、お前は前に進めないようだ」


 その返事も聞かず、サフィラは走り出そうとした。ウェントスはそれをあっさり捕まえ、首根っこを掴む。


「サフィラ、ちょっと待て! 場所を離れる許可を取るぞ」


 あい、とサフィラは情けなく言った。


 こうしてサフィラは二人とともに、旧ウォルプタース邸へと向かうことになった。

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