第18話 捜索



結局いつものように夕刻まで喋ってしまった。神保は充実感を覚えながらも、簡単に終わっていく一日に寂しさも感じていた。黄昏時というべきか、逢魔が時というべきか。コンコースの窓より見える空はそんな風な胸騒ぎのする紫をしていた。


 三人は別れを惜しむ様子で冗長な会話を最後までして、むしろタイミングを失っているようであった。そこで神保がここぞを見極め、話を切り上げて「またね」とともに歩き出した。「またね」と返し、手を振る。まっすぐ離れていく背中を見送った二人はなんだか誇らしげであった。その背中はまるでこれから祖国を救いに戦いに行く英雄のようであった。「さて、私たちも行きますか」そう言って二人は改札を通った。



 彼女らとは別れたものの私はまだ帰るつもりはなかった。この日をまだ終わらせたくないという気持ちもあるが、それ以上に店内にいた時、実は私は彼の姿をちらと見たのである。いや、というよりも私の視線が誘導されたのかもしれない。夜空に浮かぶ一番星を見つけたかのように私は彼、志田豪太を観測した。しかしそれは一瞬のことであった。彼の横顔は直ちに人混みに消えていき、私もまた友人に気づかれないように視線をごまかしたのだ。だから一人になった今、私は彼に会いに行こうと思った。きっともう駅にはいないだろうと考え、スマホを手にしたが、少しばかり躊躇われて、いったん駅周辺を見てみようと思った。彼が行きそうな場所を思い当ってみたが皆目見当はつかなかった。そもそも彼の好きなものやこと自体あまり分からない。勿論全く知らないわけではない。彼は自分のことはよく語っていたし(本心かは不明)その中でも私は彼を知っている方だと思っているからだ。けれど具体的な何か、例えば好きな食べ物やスポーツ、趣味でさえ私は知らない。しかしそういう意味でならひとつ分かることがある。彼は決定されることを恐れているのだと思う。もし好きな食べ物がカレーだったとしたら、彼は何が何でもカレーを愛し続けることになるはずだ。それが自分なのだと定義する。ただそれによる重圧がそれを単なる赤くて辛い液体に変えてしまうのだと思う。決められたなら変われない。自分の正体が知られることが自分の可能性をなくすこと、自由を失うことと同義になっているのだ。相変わらず何かになりたいのに、何かになってしまうことを恐れる、とっても矛盾した存在なんだなと感じた。切ない気持ちになる。でもきっと、本当は誰だってそうで、みんな成長する中でどこかで自分に見切りをつけるのだろう。無限の可能性の中という掴みどころのない巨大な雲の中にいる不安に押し負けて安全な着地点を求め何者かになる、何者かにならねばならない。そうやって大人になっていく。ほとんどの人が自ら進んで大人にはなれない。その枠から押し出されたようにして大人になっていく。だから彼はまだ子供なのだ。まだ健気にも無限の可能性を信じているのだ。自分が幸せそのものだと言おうとしていたのだ。私は彼ほど純粋な人を見たことがない。だからこそ、いや全然文脈のつながりはないけれど、彼はやっぱりまだ近くにいるんじゃないかと思った。彼はしてほしいことをしようと頑張る人だから。私が志田君に会いたいって思っているから。きっといてくれるはず。そうだ、公園に行ってみよう。

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