第17話 写メ

 神保美奈は友人といた。帰省し、地元に帰っていた彼女は複数の友人から「〇〇日遊べる?」や「ごはん行こう!」といった誘いを受けていたため、連日映画やパフェ、遊園地を満喫していた。今日は駅の中に内設されているカフェテリアでランチをしようという話になっていた。


 各々がエスプレッソやミルクティー、フラペチーノなどのドリンクとチョコレートケーキやマフィン、パウンドケーキなどのフードを注文し、顔を見合わせて楽しみを共有している。


 あまり今まで気に留めていなかったが、旧友との再会が主たる目的である今日の集まりでは、必然的に皆の顔や服装に目が行き、神保美奈は友人らが化粧やお洒落をその姿に纏わせ、あの頃とは違った、大人の女を演出している様に少しばかり面食らっていたが、それよりもやはり皆と盛り上がりたく、久しぶりの再会に心躍らせていた彼女は逸早く話題を切り出した。


「みんな大学生活はどんな感じなの?」 


「いや、もうほんっとに楽しくて~毎日遊んでいる次第であります。」


「私はやばいほどバイト三昧なのよ~。ねえ聞いて、私木曜は午後八時まででお願いしますって店長に言ったのにさあ、あ、私ラーメン屋でバイトしてるんだけど、ほんっとありえない!『今日は延長しろっ』って言われて、断ろうとしたけど先輩方が結構大変そうにしてたからなんか帰るわけにもいかないかなって…」


「えっそれわかんないけど契約違反とかではないの?頑張れば訴えられそうじゃない?ヤバ、ブラックじゃん。」


「そうだよねー!結局余分に2時間近く働かされて、まあお給料は出るけどー。これはパワハラかもしれない。うん。よし、『えー、被告人はうら若いおなごが早く帰りたいと言っていたにもかかわらず強制的に引き留め、労働を強いたために、刑法何とか何とか条に反し、有罪とする!』ってどう?」


「いきなり刑事訴訟にはならないんじゃないかなあ。まずは民事で。ああでも強制労働にはバイトは拒否権を行使する権利があると思うから結果的に行使しなかっただけって言われちゃうかもね。証拠が必要だ。」私が大学で少し学んだことを何とか形にしていってみると、彼女たちは私を見て、笑った。


「すごいね!美奈!なんかさらに賢くなってる感じしない?確かにそうかもしれないけどそこまで適切に考えてもらえるとは思わなかった!おもしろい。」


「私と違って美奈はちゃんと勉強しているのがひしひしと伝わってきたわ。」少しばかり派手なメイクでは隠せない少女の柔和で楽し気な笑い声に安心した。彼女らの楽しそうな顔を見るのが好きだった。この時間がずっと続けばいいなとありきたりだが思った。


 時宜よくして彼女らの頼んだメニューがテーブルにゆっくりと置かれた。しかし刹那、ここで神保美奈は予感するのである。


 あっ何かが、来るかも…。 今までにない経験であった。


途端にアルゴリズムが否応もなく無色によって目の前で展開されていく。


「え~めっちゃかわいい~ヤバ、写真とろ~」各々がスマホを構える。皆の顔が見えなくなる。パシャ!


「えーすごーい」パシャ!


「おいしそ~う」パシャ!


「映っても大丈夫?」「大丈夫」パシャ!


「一緒に撮ろう~」「いいよ~」右下のボタンよりカメラレンズをくるりと内に切り替える。顔を寄せ合いそれぞれの結論の映り方を披露する。パシャ!


「それもかわいい~」パシャ!


「インスタに挙げるね~」パシャ!


パシャ!

パシャ!

パシャ、パシャ、パシャ!……。ケマル…パシャ。本名ムスタファ・ケマル・アタテュルク。20世紀のオスマン帝国の政治家でトルコ共和国初代大統領。西洋化を推進し広い分野で改革を行いトルコの近代国家の基盤を作った。

パシャ!…ミドハト…パシャ…。


「ちょっとそれよけるねー。・・・・やっぱいいや。後で送っといて。」パシャ、


…らなかった。「それでさあ…」


 あっ終了したかも。溺死寸前にようやく空気を吸えたように有色の現実が再開し、生気ある動きを、意識を取り戻した。何も特別なことではない、因果関係も明瞭であり、自然な流れであるのは頭でわかっている。が、記憶の中のあのおばあさんの言葉がこの状態をアレルギー的に否定している気がする。写真を撮る人にどれほど美しい動機があったとしても彼女からはそれが現実から乖離した世界を一生懸命映しているに過ぎず、健気ではあっても楽しくはない。たしかに私は彼女に同意した。しかしこんな排他的になるほど同情したつもりはない。だからこれは私の本来の気持ちなのかもしれない。パシャ。写真を撮ったその瞬間において私は孤独になる気がする。それはひとたび私に疎外を与えるさみしい行為なのだと感じていた。


だからひとまず安堵する。山場を越えたのだ。呼吸を整え、頭を振った。改めてテーブルに並べられたものを見る。テレビのコメンテーターみたいな人が以前言っていた言葉を思い出した。「最近人は情報を食べに来ている。インスタ映えを意識した飲食店が増え、影響力のある人物がそこにある、『話題の食べ物』を食べに行くと、それに憧れた人もまた『その人が来た場所』としてその店で食べに来るのです。」こんなことを言っていた気がする。フラペチーノはきれいな二層がくちどけを思わせる滑らかなグラデーションを存分に見せつけ、はじめ宇宙服の頭のように見えた不格好な蓋も今はスノードームをイメージさせる。チョコレートケーキも落ち着いた品のある色合いと16等分された扇形の立体がその佇まいに威厳と高級感を与えていた。しかしそんなことは女子アナや評論家、詩人などに任せてただ私はおいしく食べ、話すことに集中した。確かに情報を食べに来ているのかもしれない。でもだから何だというのか。私の本質はいつでも「楽しい」にある。友達と食べたり飲んだり話したりするのは簡単に楽しい。大事なのは動機ではない。結果なのである。「友だちとご飯を一緒に食べた、結果私は楽しい」私はそれだけで十分幸福だと思う。右手に持つ冷たいドリンクにそれぞれのわざとらしい「ぷはあ~」と笑い声が振動する。

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