第23話

 卓上鏡に映し出された自分の姿を見たポーラは、自分が一番美しかった時に戻ったような自信を感じる。


 チョーカーと真珠が室内の灯りを複雑に美しく反射させて、顔周りが明るく見えた。皺やくすみなどもいつの間にか消えてなくなっているから不思議だ。


 さらに、瞬きをすると、全盛期だった時の自分のバストアップが鏡に映っている。


 艷のある金髪に、みずみずしい青い瞳。ピンと張ったシーツのような肌の張りに、鎖骨下は女性らしいボリュームがある。


「……素晴らしいわ……!」


「まるで、夫人のために作られたチョーカーのようですね。あなた以上に、この骨董遺物が似合う人はいないでしょう」


 ノアが耳元で囁く言葉は、まるで甘美な魔法のようだ。ポーラはさらにうっとりした。


「……ランフォート伯爵様、ありがとう……」


「とんでもございません、骨董遺物を用意するなど、容易い御用ですよ」


 ノアはニコニコしながら、ポーラに顔を寄せた。


「ですが、くれぐれも複数回お使いにならないようにしてください」


「……わかっているわ……」


「夫人でしたら使用回数を守っていただけると思ったので、安心してお貸しできます」


 もちろんよ、とポーラは立ち上がった。


「そちらを装着して外を歩いてくださいね。必ず、好みの人が現れますから」


「……ええ、ええ……」


 店の外までノアは見送りに来てくれる。ポーラは侍女がいることも忘れて、通りを闊歩し始めた。彼女の後を、侍女が慌てた様子でついていく。


 心ここにあらずといった様子でいきなりすたすたと歩き出したポーラに、侍女は驚きを隠せない。


「奥様、お待ちください!」


 そんな二人の様子をにこやかに見送ってから、ノアは店舗に戻るなりくすくす笑い崩れた。


「あはは、あんなに自信満々になっちゃって!」


 ひとしきり笑い終えてから、ノアは金色のイヤーカフを外す。


 するとノアの姿が消え、瞬きを忘れるほどの美少女が現れた。


 ――ココ・シュードルフだ。


「優秀なイヤーカフね」


 それは、姿の見え方を変えられる力を持った骨董遺物だ。ココは自分の姿がノアに見えるようにし、ポーラを接待していた。


 ストロベリーブロンドをかき上げると、ココは棚に置いてあったガラス細工で作られた髪飾りで髪の毛をまとめ上げる。


『お嬢さん、私を使ってくれるの? 嬉しいわ。誰か呪い殺してあげましょうか?』


「今はけっこうよ」


 ココの声を聞くなり、髪飾りは感嘆の息をもらした。


 シュードルフの末裔であり、天使から授かった力があることを髪飾りは敏感に感じとったようだ。


『シュードルフの末裔に使っていただけるとは。光栄なことにございます』


「いずれ、あなたの役割も考えてあげるわ。誰かを呪い殺せるように、日々努力しておいてね」


 ココは言いながら椅子に座ると、先ほどポーラの顔を映した鏡を取り出して命令する。


「お義母さまの姿を見せて」


 この卓上鏡は、そのほかの鏡やガラスと共鳴することができる優れものだ。


 つまり、鏡や水たまり、ガラスなど反射するものに映りこんだポーラの様子を、映像として映し出すことができる。


 鏡が乱れ出したかと思うと、そのうちポーラにチューニングが合いはじめる。そしてほんの一呼吸ついた瞬間、ココはポーラの後姿を見つけた。


「ストップ。お義母様をチェックしなくっちゃ」


 ポーラは自分の姿がココに見られているとも知らず、愛嬌を振りまきながら街を歩いていく。


 もちろん、まともな人間はおかしな様子の彼女から離れていく。しかし、彼女のアイコンタクトを好意的に受け取った何名かは、鼻の下を伸ばして下卑た笑いになった。


 侍女に止められているのも気にせず、ついにポーラはドレスをはだけさせ、なまめかしい雰囲気全開になった。


 そしてしばらくするとポーラは自分『好み』の男性と出会ったのか、彼を上手く誘うと『高級な宿屋』に入っていく。


 ポーラが出会った『好みの男性』を鏡越しに見て、ココはくすくす笑う。


「お義母様ったら、なーんて趣味のいいこと」


 チョーカーのおかげで、ポーラには目の前の人物が年若い美男子に見えているようだが、実際は埃まみれの骨が浮き出たような路上生活者だ。


 ポーラが高級宿に思っているものも、何人もが同室になるような安宿。


 浮浪者に腕を絡ませているポーラを止めようと、侍女が泣き出しそうになっている。


 侍女の頬をはたいて追い払うと、ポーラは彼と熱烈な口づけをしながら宿の中に入っていった。

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