第2話 失踪
※この話には、未成年の喫煙シーンが出てきます。 20歳未満の喫煙は法律上禁止となっていますが、作品上の演出として読んで頂きますようよろしくお願い致します。
朝のホームルームが終わってチャイムが鳴ると、教科担当の教師がやって来て授業が始まる。今日の時間割に体育は組み込まれていないが、それでも授業中に突然具合が悪くなったりしないだろうかと、津堂はそれとなく篠山の様子を気にしていた。
しかし篠山はしっかりと教師の話を聞き授業に集中していて、保健室に行くような事はなかった。
「おーい津堂、昼メシ食いに行こうぜ」
「おー」
あっという間に時間が過ぎて昼になり、クラスで仲の良い
「いただきまーす」
「あー腹減ったぁー」
中庭にいくつか設置してあるベンチに並んで座り、蓋を開けた弁当を荻原がバクバクと勢いよく口に運ぶ。「良い食いっぷりだな」と横目で見ながら、津堂も白米から食べ始める。食事中は互いに食べる事に集中していて、おかずの唐揚げとハンバーグを交換した時以外はほとんど喋らず腹を満たしていく。
やがて荻原が先に食べ終わり、持参した水筒のお茶を飲みながらポツリとこぼした。
「あのさ、津堂は篠山さんの事どう思う?」
「?どうって?」
「いや、別に悪口とかじゃないんだけど・・・ちょっと痩せ過ぎじゃないかって」
「!やっぱり荻原もそう思うか?」
自分と同じ事を思っていたのだと知って、津堂は食べる手を一旦止めて荻原と篠山について話し始める。
「俺、急に具合悪くならないかって授業中チラチラ見ちゃってさ」
「お前篠山さんと席近いもんな。気になるけど何の病気?って気軽に聞けないし」
「聞かれたくないかもしれないしな」
「でも、それならもーちょい元気になってから出て来ればいいのに」
荻原の言葉を聞いて、津堂は考える。なぜ篠山が痩せ細った体で学校に来るのか。そうすると1つの推測が浮かび上がった。
「学校が好きだから、無理してでも来たいのかな」
「!なるほど。嫌なら学校休めばいいけど、好きなのに行けないのは辛いよな」
「うん・・・」
少ししんみりした感じで会話を終え、津堂が弁当の残りを食べ進める。休み時間も残りわずかとなって、そろそろ教室に戻るかと空の弁当箱を持ってベンチから立ち上がった所で、荻原が何かに気付いた。
「なぁ、あれ篠山さんじゃね?」
「え、どこ?」
「あの2階の渡り廊下のとこ」
荻原が指差した方を見ると、本館と北館を結ぶ渡り廊下を篠山が1人で歩いている。北館には家庭科室や理科室、音楽室といった特別教室が集まっているが、午後からの時間割に移動教室をする教科はない。
ならばどこに行くつもりなのかと篠山の行方を目で追っていくと、3階への階段を上っていくのが踊り場のガラス窓から見えた。さらに篠山が4階へと上っていくのを目撃し、津堂は嫌な胸騒ぎを覚えた。
「荻原、悪いけど俺の弁当持って先に戻ってて」
「えっ、お前どこ行くんだよ?」
「篠山が迷ってるかもしれないから、ちょっと行ってくる!」
北館の最上階は、屋上へと繋がっている。
まさかとは思うけれど、もしそのまさかだったら。忘れていた朝の夢が蘇ってきて、津堂は全速力で篠山の後を追いかける。2段飛ばしで階段をいくつも駆け上がり、ハァハァと息を切らしてようやく屋上まで辿り着いた。閉まっている重い鉄のドアのノブを回すと鍵が開いていて、勢いよくドアを開けた津堂を10月とは思えない生温かい風が出迎える。篠山はどこだろうと右方向を向くと、ちょうどそこに篠山が立っていた。
「・・・は?」
何が起きているのか理解出来ず、津堂はドアノブを掴んだまま呆気にとられる。篠山の右手の人差し指と薬指の間に挟まれているのは、どう見ても煙草だった。未成年が吸ってはいけないのはもちろんなのだが、それ以前に篠山は病み上がりで、それなのになぜ煙草など吸っているのか理解が追いつかない。
「ねぇ、ドア閉めてくれない?」
「えっ、あっ、ごめん」
ドアノブから手を離すと、重みでゆっくりとドアが閉まった。今屋上には津堂と篠山以外誰もいない。まだ頭が混乱している状態のまま、とりあえず津堂は思ったままを篠山に問い掛ける。
「あの、何でそんなもん吸ってんの?」
「吸ってみたかったからよ。父が吸ってるのを1本頂戴してきたんだけど・・・」
言いながら、篠山が煙草を薄い唇に咥えてスゥーッと吸い、尖らせた口からフーッと煙を吐き出す。その姿が妙に様になっていて、津堂は知らぬ間に見惚れていた。
「マズイ。口に合わないからあげる」
「はっ?!いらねーし!てか何でわざわざ学校で吸うんだよ。バレたら退学だぞ!?」
「大丈夫よ。バレる前にあなたを消せばいいから」
「!!?俺殺されんの!?」
口封じの為に自分を抹殺するという篠山の恐ろしい発想と発言に、津堂は言葉を失う。その津堂の顔が面白くて、篠山がフッと呆れたように鼻で笑った。
「冗談よ」
「お前なぁっ!・・・煙草なんか吸って大丈夫なのかよ?体に悪いだろ」
「問題ないわ。だって私・・・」
何か言いかけたのと重なって予鈴が鳴り、篠山が携帯灰皿に吸い殻を入れてスカートのポケットにしまう。煙草の煙の臭いは強く吹いた秋の風に掻き消され、代わりに篠山から微かに病院の、消毒液の匂いがしたように津堂は感じた。
「そういえば、あなた・・・名前何だっけ?」
「津堂だよ。同じクラスの津堂灯」
「津堂君はどうしてここに来たの?」
「え?あー・・・」
聞かれるまで津堂自身すっかり屋上に来た目的を忘れていた。夢の事は言い辛いので、代わりの理由で誤魔化す。
「篠山が北館に行くのをたまたま見て、もしかして迷ってるんじゃないかと思って追いかけたんだ」
「そうだったの。じゃあ帰りの道案内お願い出来るかしら」
「いいけど、ちょっと早足でも大丈夫か?」
「えぇ。ほら、急がないと授業に遅れるわ」
急かすように津堂の背中を篠山が押し、2人は屋上を後にした。
本鈴が鳴る直前に津堂と篠山が戻ってくると、何やら教室がざわざわと騒がしい。自分の席に戻った津堂は、隣の席の夢宮に何かあったのか尋ねる。
「なぁ、みんな何騒いでんの?」
「あ、うん。なんか黒板の日付がおかしくて・・・」
「日付?・・・何だあれ」
黒板の一番右端を見てみると、日付が9月31日になっている。9月は昨日で終わったはずなのに、一体誰がこんな悪戯をしたのだろう?というか、いつからこうなっていたのだろうと騒いでいるのだ。
「しかもね、あれ黒板消しで消えないの」
「えぇ?」
チョークで書いたようにしか見えないのに、いくら擦っても消えないのだという。夢宮によると、最初におかしいと気付いたのは津堂が先に戻ってくれと言った荻原だった。
ところが話を聞こうにも荻原はいつの間にか教室からいなくなっていて、その後チャイムが鳴っても荻原が戻って来ることはなかった。
「荻原のやつ、どこ行ったんだろ・・・」
そう呟いた津堂の机の上には、荻原に預けた空の弁当箱が置いてあった。
「起立、礼」
委員長の号令でクラス全員が椅子から立ち上がり、声を揃えて「ありがとうございました」を言って5限目が終わった。未だに姿を見せない荻原を心配する津堂は、どこにいるのか荻原に聞こうとスマホを取り出した。
「・・・あれ?えっ?なんで?」
メッセージを送ろうとアプリを立ち上げると、登録したはずの荻原の連絡先が消えている。同じく電話帳にも荻原の名前と携帯番号が見当たらない。
消えたのは連絡先だけに留まらず、荻原の机から教科書も机の横に掛けていた鞄も、一緒に食べた弁当箱も全部なくなっている。
一体何がどうなっているのかと津堂が1人混乱している間に休み時間が終わってチャイムが鳴り、次の授業の教科の先生がやって来る。6限目は担任の授業で、始まる前に一言言っておこうと津堂は席を立ち教壇へ向かった。
「あの、先生」
「ん?どうかした?津堂君」
「荻原が、昼休みからいなくなってて・・・」
津堂が伝えると、担任は出席簿を開いて生徒の名前を確認し、津堂に言った。
「このクラスに荻原という生徒はいないよ?」
「はっ?いや、そんなはずないです」
「でも、ほら見て」
担任が津堂に出席簿の中を広げて見せる。上から名前の順に並んでいる生徒の名前を、津堂が目で追っていく。
「・・・ない」
愕然とした表情で津堂が呟く。
荻原の名前が名簿から消えている。空欄になっているとかじゃなく江南の次が加東になっていて、担任が言った通り荻原は元々クラスにいない事になっている。
「先生!私もいいですか?」
手を挙げた夢宮がもう1つの異変を告げる。
「あの、黒板の日付がおかしいんです」
「日付?別におかしくないよ」
「いえ、おかしいです!本当なら今日から10月のはずだし、それに9月は30日までしかないですから」
可怪しい箇所を夢宮が指摘すると、何が面白いのか担任は大口を開けて楽しそうに笑い始めた。
「アッハッハッハーッ!夢宮さんはおかしな事を言うなぁー」
「先生・・・」
夢宮をはじめクラス全員から怯えた眼差しを向けられているのにも気付かずに、担任は暫くの間狂ったように笑い続けた。明らかに異常な担任を見て、もうこれ以上何を言っても無駄だと誰もが確信した。
「みんな、ちょっと聞いてくれ。今日の夜8時から今起きている事について話し合いたいから出来るだけ参加してほしい」
放課後のホームルームが終わり担任が出て行った後、委員長の
「津堂、ちょっといいか?」
「!うん」
帰ろうとした所を加東に呼び止められて、津堂は教室から出ようとした足を止めた。加東は津堂と荻原が仲が良い事を知っているから、それで呼び止めたんだろうと理由を察した津堂は、まだ信じたくない気持ちはありながらも荻原の連絡先の件を加東に報告した。
「津堂の話を聞く限り、荻原はこの世界から消えてる可能性が高いな」
「それってつまり死んだってこと・・・?」
「それは分からない」
肯定は出来ないが否定も出来ない。
9月が31日まである世界が現実の世界ではない事は確かだが、そこからいなくなるという事がどういう事なのか。それを知っているのは恐らく、荻原を消した者だけだろう。
「とりあえず津堂が教えてくれた事を俺が送っとく。辛かったら参加しなくていいから」
「ありがとう。それじゃ、また明日」
加東の気遣いに感謝して、津堂は教室を後にした。
家に帰ると、いつもと同じように母親が「お帰り」と津堂を出迎えた。
「ただいま。・・・なぁ母さん」
「ん?」
「荻原って知ってる?俺と同じクラスの」
「荻原君?・・・ううん、知らない」
「・・・そっか。うん、わかった」
見た目はいつもと変わらない母親に、もしかしたらと淡い期待を抱いて聞いてみたが、やはり荻原の事を覚えてはいなかった。
だが聞いた事は無駄ではないと津堂は思う。もうこの世界に荻原はいないのだと、はっきり諦めがついたから。
夜8時、津堂は加東の言葉に甘えて話し合いには参加せず会話を見るだけにした。アプリを立ち上げると、既に何人かがメッセージという名の意見を送り合っている。
最初に加東が津堂から聞いた荻原についての情報を送ると、なぜ荻原が消されたのかという疑問が浮かぶ。それに対し夢宮が「最初に日付がおかしい事に気付いたから?」と発言するが、それ以上意見は伸びず。そこから誰が荻原を消したのかという議論が始まった。
西内:神隠しに遭ったとか
山河:あり得るかも。それなら誰から消えても関係ないもん
木原:いや、実は最初に消えた荻原が黒幕で、みんな無差別に消されてくみたいな?
田井中:どっかで見たことあるぞそれwww
加東:おーい!ふざけるなら出てけ〜ヽ(`Д´)ノ
「誰が消したか、か・・・あっ」
クラスメイトのやり取りを眺める津堂の脳裏に、ある場面が蘇る。
『あなたを消せばいいから』
「いやいや、まさか・・・」
冗談だと篠山は笑っていたし、実際そんな事出来る訳がないと、あの時なら断言出来ただろう。
だが現に人が1人消えている訳で、でももし篠山が消したのだとしたら、動機は?木原が言ったように無差別に消すつもりなのか。
考えれば考えるほど篠山が怪しく思えてきて、津堂の篠山に対する不信感はどんどん募っていった。
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